9 「おい」

「おい」


「んー…?」


 寝ぼけた顔で、千里を見る。

 おでこをはじかれて、目が覚めた。



「…何時?」


「四時」


「…どうして起きてるの?」


「おまえが耳元で寝言言うから」


「……」


 あたしは、申し訳なさそうな顔で起き上がる。


「なんて言ってた?」


「いつか言うから許してーって」


「……」


「何の秘密があるんだ?」


 千里が、あたしの肩を押し倒す。


「な…何もないわよ」


「じゃ、何だよ、あの寝言は」


「…夢見てたんだもん」


「何の」


「…懐かしい夢」


「懐かしい夢?」


「うん」


「何」


「千里が…ね。」


「俺が?」


「庭であたしを抱きしめて…『おまえがお嬢ちゃんで良かった。音楽やってる女は苦手だから』…って」


「……」


 あたしの言葉に、千里はキョトンとしたあと。


「なんつー夢見てんだよ」


 眠そうに目をこすった。


「見たものは仕方ないでしょ?」


 目が覚めきってしまった。

 もう、起きようかな。



「そういえば、この家に初めて来た時だっけな」


 仰向けになった千里が、天井を見つめたまま言った。


「…うん。あたし、ビックリしちゃった」


「何」


「千里が、すごい名演技するから」


「名演技?」


「だって…」


 あたしは、小さく笑いながら続ける。


「ナンパだとか、一目惚れだとか…それに、離れていたくないだなんて、そこまで言う必要があるのかなってヒヤヒヤしてたのよ」


「……」


 あたしが笑ってると、千里はフッと優しい目になって。


「案外、本音だったりして」


 って…あたしに覆い被さる。


「え?」


 朝っぱらから、キス。



 …そういえば、東さんが。


「家に行った時は、結構マジだったんだよ」


 って、言ってくれたっけ。


「おまえだって、あの時はマジだったろ?」


「…どうして?」


「嬉しそーな顔してたぜ?」


「……」


 千里の言葉に、黙ってしまった。


 確かに…あの時は嬉しかった。

 まだ千里に気持ちは持っていかれてなかったけど…あたしを迎えに来てくれた王子様…みたいな気はしてた。


 …そんな事、恥ずかしくて言えないけど。



 千里は、また寝転んで布団をかぶると。


「…色々あったけど、おまえと一緒んなって良かったよ」


 少し早口で言った。


「…え…っ…」


 あたしが感動してると、千里はあくび混じりの眠そうな声で…つぶやいた。



「今のは寝言だかんな」




 9th 完

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いつか出逢ったあなた 9th ヒカリ @gogohikari

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