第14話 断線――17時4分、鴬台

 昼過ぎにようやく市街地と幹線道路に除雪が入ったと報じられたが、もちろん住宅地の細かいところはまだまだで、住民が除雪した雪をどこに置いたらいいかもはっきりしない。ともあれ、玄関から門までの雪は自力で除けた。除雪に使えそうなスコップの類が物置にあったのはラッキーだった。

 夕方になると、やっと家の前まで除雪車が来た。それまで午後の五時間近くをかけて慣れない雪はねをして、何とか車も掘り出したところでえいしらは何度目かの休憩を取った。

 白音が先に汗をシャワーで流して、入れ替わりに鋭児がシャワーを浴びている間に熱い珈琲を入れる。

 夕食には少し早いけれどこれだけ働いてお腹が空きそうだし何か作ろうか、と思っていると、突然キッチンの照明が消えた。玉切れかと思った瞬間、浴室から、うわぁ、という変な声が聞こえてきた。


「どうかした?」


 声を張ったが返事はない。白音は浴室と続きの洗面所を覗いた。浴室には明かりがついていない。


「パパ? なに、今の声?」


 浴室のドアがゆっくり開く。何だか青ざめた鋭児の顔が出てきた。


「……どうしたの」


「お湯出なくなった」


「は?」


「ちょっとブレーカ調べて……停電じゃないか、これ」


 それはまずい。この家は給湯も煮炊きも全部電気だ。……暖房もだ。


「あたし見てくるから、パパ身体拭いて服着たほうがいいよ。とにかくあったかくして。キッチンに珈琲あるからそれ飲んでて!」


 うぅ、と情けない声を出す鋭児を置いて、白音は玄関に走った。試しに照明のスイッチを押す。点かない。そのまま壁際のインテリア椅子を持ち、ブレーカの前に置いて上に乗ってみた。切れている。入れても戻らない。外は? もう街灯がつく時間のはず。明かり取りの窓から屋外を見る。信号機に光がない。

 停電だ。

 この家一戸の停電ではなく、地区の停電だ。

 これはまいった。とにかくニュースを得なければならないが、テレビは見られないから、ラジオしかない。


「パパ、やっぱり停電みたい! うちってラジオある? 電池で動くやつ」


 ないかも、と厳しい答えが返ってきた。それはそうだ、今時ラジオはネットで聴ける。

 どうする。居間に入ると急いで服を着て出てきた鋭児が身体を擦りながらキッチンに入っていくところだった。


「さみぃ」


「珈琲そこ。ね、車のキー貸して」


「え? ああ、そうかラジオか。でも携帯端末ワンドで聴けない?」


「このまま長時間充電できなかったら困る。バッテリ温存したほうがいいよ。いま車から充電するやつもないんだ、こないだ壊しちゃった」


「あー、俺も持ってない。モバイルバッテリも充電してねえや、やべえな。まあ分かったとにかく車ね。俺も行く」


「コート着てマフラーと手袋して、靴下絶対履いてね。珈琲も持って来なよ。車の中なら暖房入る」


「うぅ」


 車のキーを受け取ると、玄関に掛けっ放しのオーバーを着て、白音は外に出た。湯上りの肌が急に冷える。掘り出したばかりの車は、ドアを開けるときに氷の剥がれるバリッという音がした。

 イグニッションを回す。あまり機嫌良さそうではないが、エンジンは掛かった。ライトをつけると残油はほぼ満タン。それを確認するとライトを消し、ヒータを全開にした。排気筒は除雪した時きちんと掘り出してある。

 ラジオをつけてチャンネルを迷い、最大手の公営放送と地元コミュニティ局をザッピングした。

 少し遅れて、着膨れた鋭児が助手席に乗り込んでくる。珈琲を白音の分も持ってきていた。


「どう」


「やっぱりこの辺一帯停電みたい。少し前から停電し始めて徐々に範囲が広がってる。断線元がまだ除雪の入ってない地区だとすると、すぐには復旧できないかもって」


「うえー、それはやべえなー……」


 次々に最新の情報が読み上げられていく。停電地区は意外に広い。冬の日はもうとっくに落ちて、世界は曖昧な夜に包まれ始めている。

 気圧はまだ冬型だ。今夜も相当に冷える。まだまだ降る、と気象予報士は警戒を呼び掛けている。

 どうしようか、と話し合いながらラジオをしばらく聴いていると、鋭児のポケットで携帯端末が電子的なハーモニーを鳴らした。

 通話相手は、誰か白音の知らない他人からのようだった。

 鋭児が隣で話している間に白音は考える。まだしも動けるうちにこの家を離れて鴬台まで歩いていき、何でもいいから乗れるバスをつかまえて空の上に出たほうが身動きが取りやすいのでは? どうせ仕事も飛んでるしママのいる実家の方に行けば雪はない。でもこの雪閉せっぺいで飛べるバスがあるか? 鴬台に停泊したまま動けないでいる巡航船のホテルに泊まるのはどうだ? ……いや、考えることは皆同じだろう。潜り込めるかどうか。

 そのとき、鋭児の声色が変わる。雪よりも冷えた声になる。

 嫌な予感がした。


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