第2話 見習い魔女の普通の一日

第1節 朝の風景と二匹の使い魔

魔女見習いの朝は早い。

日の出と共に目が覚めるのはもはや習性だ。


「あぁ、眠てえ……」


まだ薄暗い中をもそりもそり私が体を起こすと、二匹の獣が寄ってきた。

使い魔のカーバンクルとシロフクロウだ。


カーバンクルは、お師匠様が召喚した幻獣だ。

何故か私に懐いたため「あんたが気に入ったようだね」とそのまま引き継がれた。


シロフクロウは、親鳥が死んでしまったヒナを私が拾って使い魔にしたのだ。

お師匠様いわく「白い色彩をまとうのは神の使いだよ」とかなんとか。

どうでもいいな!


お師匠様には山ほど小動物の使い魔がいるのだが、私の使い魔はこの二匹だけ。

どっちもとても聡明で魔力が強いとはお師匠様談。



「この子達は智恵を持ってる。とても賢い子たちだよ。あんたよりもずっとね」

「はは、ご冗談を」



あの時のお師匠様、冗談を言う顔ではなかった。

まさかね。


「おはよう諸君」


私がなでてあげると、二匹とも嬉しそうに目を細めた。

羽毛と獣毛を程よくモフると、そのまま眠りに落ちそうになる。

そこで慌てたように使い魔二匹に叩き起こされるのが、私の朝の風景。


「ふわぁあ……」


あくびを大ボリュームで解き放しつつ、ポットで水を沸かす。

お茶を入れると、そのままお師匠様の書斎に向かった。

ノックをすると「お入り」と聞き慣れた声がドア越しにする。


「失礼します」


ドアを開けると、すでにお師匠様は老眼鏡をかけて本に目を通していた。


いつからそうしていたのだろう。

私は、永年の魔女ファウストが眠ったところを見たことがない。

一流の魔女になると、眠らないなんて日常茶飯事なのだろうか。

私にはちょっと信じられない感覚だ。


「おはよう、メグ」

「おはざます。これ、紅茶っす」

「悪いね」


私が入れた紅茶をゆっくりと口にして、お師匠様はほぅと一息つく。


お師匠様が紅茶を飲んでるのを横目に、私は起き出した小動物たちにエサをやる。

奴らは朝飯を求めて、毎度毎度私の足元に集まるのだ。

人を自動餌やり機か何かと勘違いしているのではないか。

肯定するように彼奴きゃつらは業務用のひまわりの種やらトウモロコシやらをわらわらと食べだす。


「よーし、ご飯上げるからね。わしゃしゃしゃしゃしゃ、よしゃしゃしゃ」


小動物をしつけるうちに、私自身も怪しい飼育法を身につけるようになった。

こうしてると、自分が魔女ではなく飼育員ではないかと思うことがある。


書斎を出てふぅと一息。

そのままキッチンに向かう。


頭にフクロウ、肩にカーバンクルを乗せた異様な状態のまま、朝食を作る。

パンとサラダとベーコンエッグ。それからフルーツ。

もう何年と変わらない、朝ごはんの形。


作り終える頃、どこからともなくお師匠様がやってくる。

向かい合って二人でもそもそとご飯を食べる。

私達の食卓は、いつも穏やかだ。


「メグ」

「へい」

「今日はちょっと留守にするからね」

「ふい。今度はどこっすか」

「欧米だよ。政治家と魔導師の会合さね。十時間以上のね」

「はえー、大変ですね」

「ニュースでも言ってたろう。ちったあ政治経済にも興味持ちな」

「政経より今日の昼ごはんのこと考えてるほうがお似合いですよ私には」

「否定はしないね」

「否定して」


朝食後、お師匠様を玄関に見送る。


「それじゃ、任せたよ。二、三日留守にするからね」

「二日でも三日でも、二ヶ月でも任せてください」

「そんなに留守にしたら家がなくなっちまうよ」

「どういう意味?」


私がまばたきをすると、もうそこにお師匠様はいなかった。


「じゃあ掃除すっかぁ」


私の独り言に応えるように、フクロウとカーバンクルが返事した。


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