第35話 麗しき妖魔が亡者を食らう


「さて、おとなしくお縄につく気があれば、人間に戻るチャンスをくれてやる。あくまで抵抗するつもりなら、マグナムを使わせてもらう」


 俺は死神の大鎌を逃れて懐に飛び込んできた蛇を「気の中和」で消滅させると、改めて芦田に警棒の先をつきつけた。


「馬鹿め、邪気だけが武器と思うなよ」


 芦田が地の底から響くような声で叫んだかと思うと、伽藍のあちこちから戦闘スーツに身を包んだ亡者たちが現れた。


「援軍か。いくら数を頼んだところで……うっ?」


 俺がマグナムのホルスターに手をかけた瞬間、亡者たちが一斉にスーツを着用したまま、怪物へと姿を変え始めた。あるものは双頭の鷲、あるものは人の顔をした獅子と、形は様々だったが、全員が邪気を放ちながら俺たちに狙いを定めていた。


 ――どうだ、死神。片っ端からやれそうか?


 ――ふむ、わからんな。一応、試しては見るが


 俺の頭上で、死神が一回り大きくなるのがわかった。死神が鎌を振るい、邪気に支配された亡者の身体を切り裂くと、亡者たちは血を流しながら人間の姿に戻っていった。


「馬鹿な連中だ。冥界の力を借りても、闇に引きずりこまれるだけだというのに」


 俺は突進してきた獅子の頭部を、気の渦を纏った拳で粉砕した。獅子は一度、床に叩きつけられた後、上半身をいびつな人の姿に変えた。


「死……ねえっ」


 飴のように崩れた亡者が手にしていたのは銃――アンデッドリボルバーだった。


 俺がマグナムを抜くより一瞬早く亡者の銃が火を噴き、銃弾を食らった俺は大きくのけぞった。


「口ほどにもないな、死神刑事」


 亡者が再び銃口を俺に向けかけた、その時だった。ふいに空中から鋭い爪のある手が現れたかと思うと、亡者の頭部を鷲掴みにした。呆然としている俺の前に現れたのは、巨大な手で亡者を宙吊りにしている「鬼」だった。


「――麗!」


 鬼の下にはピンクのレザージャケットに身を包み、唇に薄い笑みを浮かべた麗がいた。


「ごめんなさい、遅くなっちゃって」


 麗はまるで待ち合わせに遅れたかのような口調で言うと、鬼に獅子を握り潰させた。


 危険を顧みず飛び込んで来た麗に俺が小さく「助かったぜ」と呟いたその直後、今度は伽藍に悲鳴に似た叫び声がこだました。


「わあああっ」


振り向いた俺の目に、鷲に宙吊りにされたケヴィンの姿が飛び込んできた。


「ケン坊!」


 俺が鷲の元に駆け出そうとした、その時だった。どこからともなく現れた巨大な赤い蛇が、鷲をいきなり頭から飲みこんだ。同時に鷲の爪がケヴィンを離し、細い体が床に激突した。


「あはは、丸呑みしちゃってごめんなさいね。普段はもっと上品なんだけど」


 蛇を頭上に従えていたのは、赤いミニのワンピースを着た美紅だった。


「ありがとう、お二人さん。恩に着るぜ」


 俺が亡者の一人が落としたリボルバーを拾いあげると、突然、立て続けに銃声が轟いて背中に衝撃が走った。振り向いた俺の目に芦田がリボルバーを構え、狂気の笑いを浮かべているのが見えた。


「くそっ、なぜ死なん……死ねっ、死ねえっ」


 芦田の銃が続けざまに火を噴き、肩と胸を撃たれた俺はがくりと片膝をついた。


「貴様、いいかげんに……」


 俺が血の混じった唾と共に悪態をつこうとした瞬間、ふいに何者かが芦田の身体を羽交い絞めにするのが見えた。銃を取り落とし、狼狽する芦田の横から覗いたのは、明石の顔だった。


「刑事さん、今です。……俺ごとこいつを撃ち抜いてください」


 明石は血走った目で俺に懇願した。俺は一瞬、躊躇した。明石は亡者ではない。

 リボルバーで狙いをつけながら撃てずにいる俺の耳元で、ふいに死神が囁いた。


 ――わしが盾になる。思う存分、撃つがいい。……ただしタイミングを誤るなよ。


 そう言うと、死神が俺から離れる気配があった。俺が引鉄に指をかけた直後、芦田と明石の間に黒い影がするりと潜り込むのが見えた。今だ。


「悪いがこれまでだ……死ぬ前に人間の姿に戻れることを祈ってるぜ」


 俺はそう言ってリボルバーの引鉄を立て続けに引いた。数発の銃弾が芦田を撃ち抜き、同時に黒い影がふっと消え失せた。芦田の身体がその場に崩れ落ちると、背後から呆然とした表情で立ち尽くす明石の姿が現れた。


「刑事さん……」


「無謀な注文はこれきりにしてくれ、明石さん」


 俺がそう言葉をかけると、明石は力尽きたのかがっくりとその場に崩れ落ちた。


「カロン、この人は私たちが外に連れだすから、あなたは目的を果たしに行って頂戴」


 麗が俺に向かって叫ぶと、美紅が滑るような足取りで明石に近づき、抱き起こした。


「麗、思った通り素敵な男性よ。たっぷり介抱してあげましょう」


 麗と美紅に支えられて立ちあがった明石は、肩越しに振り向くと口を僅かに動かした。


 ――ありがとう、刑事さん。


 俺は明石に親指を立てて見せると「もう死ぬんじゃないぜ」と亡者流のエールを送った。


             〈第三十六回に続く〉

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