第34話 毒蛇の牙を前に、鳩は戦う


「これがお前さんの言ってた「亡者」との戦いか。ひでえもんだな」


 牛頭原は吐き捨てるように言うと、俺の身体を見た。


「この男はまだ息がある。俺たちの仲間に頼んで外に運びだしてもらうが……いいか?」


 俺は頷いた。半分亡者になりかけているとはいえ、やはり見殺しにするには忍びない。


「ところでお前さん……撃たれてなかったか?」


 俺は口元をねじ曲げながら「まあな」と笑った。牛頭原には見えていないが、俺の傍らには死神がたたずみ、骨の指で俺の身体から弾丸を抜いているのだ。


「……うっ?」


 俺の身体から弾丸が勝手に押し出されるのを見た牛頭腹が目を見開いた。


「これがお前さんの力か。すげえもんだな。たしかに「不死身」だ」


「よしてくれ。銃に関しちゃ撃つより撃たれる方が慣れてるってだけのことさ」


 俺はそう言うと、床に転がっている弾丸を拾いあげた。アンデッドリボルバーの中でも殺傷力の低い弾丸だ。由沢にはその程度の装備しか与えられていなかったということか。


「ところで牛頭、危険を冒してまで侵入してきた目的はなんだ?」


 俺が問いかけると、牛頭原の目が険しくなった。


「五道だよ。亡者か何か知らんが、俺が長年、身を捧げてきた組をめちゃくちゃにしやがった。やりすぎと言われようと、落とし前はつけなきゃならない」


「五道は、俺が今、相手にしていた連中と同じ「亡者」だぞ?勝算はあるのか?」


「あってもなくてもやるのさ。どうやら奴はこのビルの地下に潜っちまったらしい」


「地下に?」


「詳しいことは知らんが、地下に巨大な空洞があって「冥界」と呼ばれてるらしい。面白れえじゃないか。「天界」ビルの地下が「冥界」だなんて。まったくふざけた話だ」


 俺は状況を理解しつつあった。今や「アンフィスバエナ」は亡者に乗っ取られ、地上で行われていた研究は消滅、地下の冥界を模した空間で、人間を亡者にするスーツをせっせとこしらえているというわけだ。


「行くのか、下に」


「ああ。ここには地下に通じているエレベーターが二基ある。一つはこの部屋から最も遠い突き当りのエレベーター、もう一つは荷物搬送用の大型エレベーターだ」


 俺たちが乗ってきた奴だな、と俺は直感した。


「わかった。俺たちも荒木の死体を探しに行かなきゃならない。お前さんの言うことが本当なら、きっと荒木も地下にいるに違いない」


「……生きていたら冥界で会えるかもな。じゃ、またな」


 牛頭原はそう言うと、身を翻して廊下の方へと姿を消した。俺は振り返って沙衣とケヴィンを見た。死体搬出用のコンテナはアルミの骨がねじ曲がり、原形を留めていなかった。


「行こう……歩けるか?」


 俺が問いかけると、二人は心もち青ざめた顔で頷いた。


「こうなると死体は担いでいくことになるが……まあ、しょうがないな」


 俺たちはすっかり亡者の好みに塗り変えられたビルの中を、エレベーター目指して進んでいった。


                  ※


 エレベーターに乗りこんだ俺たちは、ケージの内部が変わり果てていることに戸惑った。


 箱の内部は芦田が待ち構えていた部屋と同様に、赤黒い物質が伸縮を繰り返す生物の体内に似た空間に変わっていた。


「兄貴ィ、足が埋まっていきます」


 ケヴィンが泣きそうな声で言った。


「今、地下へのボタンを押した。到着するまで堪えてくれ」


 俺はケヴィンをなだめながら、一方で壁に飲みこまれてゆく自分の手足を引き抜くことに集中していた。やがてケージの下降が止まり、扉が開いた。俺たちは壁に吸い込まれそうな手足を必死で動かし、どうにか扉の外へ逃げだすことに成功した。


「なんだここは……」


 俺たちの目の前には、洞窟のようないびつな通路が伸びていた。俺たちは互いの無事を確かめ合うと、暗い通路を奥へと進んでいった。数分ほど歩くと周囲が突然開け、地下とは思えない巨大な空間が目の前に現れた。


「……まずい、待ち伏せだ!」


 俺は叫ぶと、二人に背後に隠れるよう促した。巨大洞窟に似た伽藍の奥に、数名の人影が立ちはだかっていたのだ。


「待っていたぞ、死神刑事。ここが貴様の「本当の」死に場所だ」


 伽藍の中央で黒い特殊スーツの男たちを従えていたのは、身体全体を蛇に似た生物をと融合させた芦田だった。


「芦田……完全に「亡者」と一体化したな。愚かな奴だ」


「愚かなのはお前の方だ……冥界の掟も知らず、我々の懐に飛び込んできたのだからな」


「冥界の掟だと……」


 俺が身がまえた瞬間、芦田とその取り巻き立ちの身体から邪気が溢れ出した。あるものは鳥、あるものは蛇とさまざまな邪気が炎をまとって俺たちに襲いかかり、俺はすぐさま死神を呼びだした。


 ――悪いが、雑魚を頼む。俺は芦田を倒す。


 ――こうなるともう殺すしかないぞ。覚悟はできているか?


 ――ああ、残念ながら、このへんで刑事の時間は終わりのようだ。


 俺は芦田が放つ炎の蛇に向かって突進すると、特殊警棒から放たれる気の渦で、炎を薙ぎ払っていった。背後では死神が大鎌を振るい、亡者の邪気を次々と断ち切ってゆく気配があった。


「兄貴ッ、ポッコさんが……」


 ふいにケヴィンの声が耳に飛び込み、俺は芦田の攻撃を薙ぎ払う手を止めた。


「ケン坊!」


 振り変えると、沙衣に襲いかかる邪気たちに、ケヴィンの放つコヨーテの霊が応戦しているのが見えた。コヨーテは次第に押され、複数の生物が混じった怪物が沙衣の前に迫っていた。


「ポッコ!」


 俺は思わず叫び、マグナムを抜こうとした。だが次の瞬間、予想だにしない光景が俺の目に飛び込んできた。沙衣の背中から透明な羽が現れたかと思うと、身体を包みこんで邪気の攻撃を遮ったのだった。


「あれは……」


 俺はふと、初めて沙衣と荒木の殺害現場に行った時の事を思いだした。あの時、窓から飛び込んできた鳩の霊が沙衣の中に入り、それから彼女は死霊が見えるようになったのだ。


「まさか、あの時の鳩か?」


 巨大な透明の羽は敵の執拗な攻撃をことごとく跳ね返し、沙衣を守っているように見えた。


「すげえや、ポッコさん!」


 ケヴィンが状況にふさわしくない歓声を上げ、俺は「少しの間、持ちこたえてくれよ」と呟くと再び芦田の方に向き直った。


              〈第三十四回に続く〉

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