第28話 死体になるほど殺されたい


「なんだこいつは……」


 飴細工のようにねじ曲げられたステンレスの檻を見て、俺は絶句した。


「誰かが外からやってきて、逃がしたのかしら」 


 沙衣が恐怖におののきながら呟いた。


「だとしても、爺さんがカメラでチェックしてたはずだ。そう簡単には……」


 俺がそこまで口にした、その直後だった。背後でドアが吹き飛ぶ音がした。


「うっ……?」


 振り向いた俺の目に、黒いスーツの人影が飛び込んできた。人影は肩に小柄な男性を担いだまま、俺たちの手前で足を止めた。


「おそかったな、死神刑事。せっかく凝った仕掛けをほどこしても、力で破られちゃどうにもなるまい」


 人影は黒いマスクの内側で、含み笑いをした。


「お前は荒木の奥さんを襲った奴だな。なんとなく背格好に見覚えがあるぜ」


 俺がマスクの奥の表情をうかがったその時、ポケットの中の「死霊ケース」がなぜか一、二度震えた。


「……いい勘だ。だがそこまでわかってもまだ、真実には辿りついていないようだな」


「真実だと?」


「そうだ。……これが「真実」だ」


 そういうと、人影はおもむろにマスクをはぎ取った。


「……あっ」


「どうした?この数週間、会いたくて仕方がなかった「顔」じゃないのか?」


 俺は絶句した。マスクの下から現れた「顔」は、死んだはずの荒木丈二のそれだった。


「そういうことか……五道が持ち去ったのは魂を抜かれた「生きた死体」だったんだな」


「そうだ。お前たちが俺の死んだ場所で犯人捜しをやっている間に、俺は最強の死者へと生まれ変わっていたのだ」


「そんな事をしたってどこへも行けやしないぞ、荒木。そのスーツを脱げば、また元の「死体」へと逆戻りだ。おとなしくこの「死霊ケース」の中の「生霊」と一つになって成仏しろ。それがお前さんにふさわしい「花道」だ」


「ふっ、この世で最強の身体を手にいれたというのに、これで終われると思うか?」


 薄笑いと共に、荒木の身体から邪気が立ち上り、白い炎でできた無数の拳となった。


 ――どうやら「殺し合い」は避けられなさそうだな。……死神よ、頼むぜ。


 ――殺せといったり殺すなといったり、注文が多いな。邪気の方は任せろ。


 頭上で死神が大鎌を構えるのを確かめると、俺は押し寄せる幻の拳を無視して荒木の懐へと飛び込んでいった。死神の大鎌が炎の拳を薙ぎ払い、目の前に黒いスーツが迫った。


「むっ」


 荒木が俺の突進に気づき、身がまえた。俺は特殊警棒を水平に構えると、強く握った。


「このっ!」


 荒木の回し蹴りが俺の頭上を掠め、俺は低く沈んだ体勢から「葬鎖霊錠そうされいじょう」という邪気を封じる光弾を放った。コの字型の光が左脚を直撃し、荒木が一瞬、よろけるのが見えた。


「仕損じたか?」


 俺はバックステップで距離を取ると、再び身構えた。死神と一体化しているせいでエネルギーの減りが早い。戦いを長引かせぬよう、早めに決着をつける必要がありそうだった。


「馬鹿め、このスーツを着ている時の俺には、いかなる特殊武器も通用しない!」


 荒木は猛々しく吠えると、右腕から激しく渦を巻く炎を放った。反射的に身を屈めた俺は次の瞬間、服が脱げるように死神が消え失せるのを感じた。


「……なんだっ?」


 振り向いた俺の目に、炎の渦に絡めとられ空中でもがく死神の姿が見えた。


「さあて、邪魔な後見人がいない間に片を付けさせてもらうとするかな、刑事さん」


 そう言うと荒木は右腕を俺に向けて突き出した。左手で肘を支えると、右の拳が見る見るうちに形を変え、骸骨になった。


「これが何かわかるかい、刑事さん。こいつは冥界とアンフィスバエナが提携して開発に成功した「人工の死神」だ。最初のモニターになれる幸運を噛みしめて死ぬんだな」


「人工の死神だと……」


 俺は自分に向けて大口を開けている骸骨を見据えた。あの口から放たれる炎は恐らくアンデッドリボルバーと同等の破壊力があるに違いない。


「さあ、最高に面白いショーを始めようじゃないか」


「欲を言わせてもらえば、コンパニオンは可愛い女の子にして欲しかったね」


 俺が減らず口で時間を稼ごうとした、その時だった。


「可愛い子ならここにいるわよっ」


 甲高い声と共に、荒木の身体が浮きあがった。バランスを崩した荒木の右手から青白い炎が吐き出され、天井にぶつかって四方に散った。



 ――よし、今だカロン、マグナムをつかえ。


 死神の声が聞こえ、俺は慌ててショルダーホルスターに手を伸ばした。だが、俺がマグナムを構えるより一瞬早く、荒木が身を起こした。


「……どっちが早いかな」


 俺と荒木は至近距離で互いに狙いを定めていた。俺がマグナムの引き金に指をかけた瞬間、突然、荒木の骸骨が内臓を掻きむしるような唸り声を上げ始めた。


「わああっ」


 俺が思わず耳を塞ぐと、荒木は身を翻して瞬く間にフロアの外へと逃げ去っていった。


 不気味な唸り声の余韻が残る中、ふらついている俺の前に魔魅香が姿を現した。


「……ね、あの人、誰?お爺ちゃんをあんな目に遭わせるなんて、許せない」


 魔魅香は憤懣やるかたないといった表情で、荒木の出ていったドアの方を見つめた。


「助かったよ。今日のいかさまは忘れてやるから、もう危ない場面には出てくるなよ」


 俺がたしなめると、魔魅香は不敵な笑みと共に俺を睨みつけた。


「散々あたしの縄張りで暴れといて、えらそうに言わないで。……まあ、今日のところは変わった芸も見せてもらったし、貸しってことにしとくわ。もう少し修行してね、カロン」


 魔魅香はそう言うと黑い焦げ跡だらけのフロアを、軽やかなステップで跳ねまわった。


             〈第二十九回に続く〉

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