最終話 終わりと始まり

魔界全土を巻き込んだ『甘海救出作戦』から一週間ほど経過したある日。一度は人間界に帰された甘海は再び魔界へ訪れていた。

アンデット領地を象徴する不死王リーシェッドの城その一角。あまり使われることのない医務室でカーテンに仕切られ、最古の魔王孤王ミッドフォールによる診察が行われていた。


「ミッド兄〜、まだか〜?」

「リーシェ。それ何回目だい? もう終わるから静かにしてておくれ」


業務的なパイプ椅子を逆向きに座り足をパタパタさせる不死王リーシェッド。彼女は今か今かと甘海の解放を心待ちにしていた。それはもう三分置きに声を掛けるほどだった。

中の二人がようやくカーテン開いたのは十二回目の催促をする直前。リーシェッドは餌のおあずけを食らっていた犬のように一目散に甘海へ飛びついた。


「アマミ姉だぁ。この変な男に変なことされなかったか?」

「ついでにキミも見てあげようか。少しは口が良くなるんじゃないかい?」

「うぐ、絶対説教されるから嫌だ!」


甘海に抱き着いたまま舌を出すリーシェッドに、ミッドフォールは軽くデコピンをかました。


「いてて。して、アマミ姉の身体はどうだったのだ? 後遺症はないと思うのだが」

「怪我の面で言うと健康そのものだね。だけど、しばらくは『羽』を外さない方がいい」


甘海の首から下がるフェニックスの羽。それはコルカドールが所持していたもので、聖魔力の結晶体だ。


「結局これは何なのだ? いくら聖魔力が特殊とはいえ、魔力のない人間に効果があるとは思えないのだが」

「聖魔力がどうこうというより、この羽に施された術式が関係しているのさ。コルも気の利いたことをするもんだね」

「は?」


リーシェッドが自身に身に付けている羽を弄りながら術式を探っている横で、甘海は嬉しそうに「お揃いだね〜」と微笑んでいた。


「リーシェの羽には何もされていないよ。この術式は魔力を抑え込む役割があるみたいなんだ」

「魔力を……抑え込む?」

「つまり、甘海くんの中にはまだ魔力が残っているってことさ。リーシェのではない、彼女自身の魔力がね」

「ふぇっ!?」


間抜けな声を上げるリーシェッドの為に、ミッドフォールは事前に準備しておいたホワイトボードに分かりやすく記した。


「甘海くんの魔力といっても、元はリーシェの魔力。死の属性を持つ闇魔力だ。ただリーシェの支配権にはない個人の魔力としてしっかり器が出来てしまっている。恐らくは呪いの効果で増幅した分がそのまま残った状態だね。リーシェの召喚系位で当てはめると、なんと第三系位相当の魔力量だ。それを羽が零近くまで抑制してくれているって訳さ」

「あわわわわわわわわっっっ……」

「すごーい」


リーシェッドの錯乱とは裏腹に、甘海は目を煌めかせて感動していた。


「第三ってアレだよね。ココアちゃんとかラフィアさんと同じくらい強くなっちゃったんだ私。空飛べるかなぁ?」

「アマミ姉! ふにゃふにゃ喜べるような話ではないのだぞ! いつまた死の魔力に飲まれることか……ごめんな、我のせいで……」

「いいじゃん別に。だって魔法なんだよ? 男の子も女の子もみんな憧れるもの貰っちゃったわけだ。やったぁだよ〜。ねぇねぇ、ハートのビームとか出ないの?」

「もー! ちゃんと理解しておるのか!?」

「魔力を封じる為の羽でしょうに。王らしく凛と振る舞ってはどうですかリーシェッド様」


別件で席を外していたシャーロットが戻り、甘海はごく自然に彼女の横にピッタリと張り付いた。


「えへへー」

「何ですか気持ち悪い。離れてください」

「えへへー」


わざと距離を取ろうとするシャーロットに、しつこく張り付いく甘海。

意外なことに、シャーロットからあからさまに嫌われている甘海はそれでも彼女のことを気に入っていた。曰く、理想の女性像だと。言動がふわふわした甘海では真似すら出来ない『大人感』が彼女の心に火をつけたのだ。


「シャーロットさん見てください」


ニコニコの甘海は両手をグッと握りしめる。目を瞑ったまま「むむむー」と唸っているかと思いきや、突然身体から闇が飛び出して彼女を包む。


「アマミ姉!?」


リーシェッドが驚愕の声を上げている程度の短い時間で闇は消え、中から出てきた甘海は黒肌白髪のダークエルフの容姿になっていた。


「なっ……!」

「どうですか? まだ魔法は使えないんですけど変身は出来るみたいなんです。ふふっ、肌もほんのり黒いだけなのでりっちゃんと本当の姉妹みたいですよね〜」

「…………何が言いたいので?」



甘海が変身した驚きより、無駄に煽られて苛立ちを隠せないシャーロット。もちろん、甘海は無自覚にしているわけではない。これ見よがしにリーシェッドに抱き着いてわざと挑発しているのだ。構ってもらうためにイタズラをする子供と同じようなものだろう。

二人の空気が不穏なものになっていくのに耐え切れず、リーシェッドは割って入るように手を広げる。


「そ、そんな事より! シャーロット、お前が来たということは準備が出来たのだな?」

「はい。皆様お集まりです」

「よーし、張り切って行こう!」


両手を上げてやる気満々のリーシェッド。その無邪気な笑顔に釣られ、シャーロットも毒気を抜かれて微笑んでいた。






リーシェッド城会議室。定例会。この日は雲もなくよく晴れていて、人間界でいう春の陽気に近い心地好い気候となっていた。聖王コルカドールも開幕からヨダレを垂らして爆睡している。

そんな気も緩みそうな室内。円卓のど真ん中で土下座する少女の姿あり。


「この度は誠にご迷惑お掛けしました」


先の無邪気さはどこへやら。残りの七賢王に囲まれて渾身の謝罪を決める不死王リーシェッド。もはや恒例行事と言えるほど見慣れた土下座だ。


「全く、破天荒も極めりゃ見事なものだぜ」


開幕、獣王オオダチからのコメントで始まるのもまた恒例であった。

彼等王達は誰一人本気で怒っている者はいない。器の大きさが成すものか、はたまた謝礼として目の前に置かれた財宝によるものかは定かではないが。

扉側にシャーロットと共に立っていた甘海が一歩踏み出し、ぺこりと頭を下げる。


「私からも、本当にすみませんでした」

「いいのよ。貴方は巻き込まれただけで全部この子が悪いんだから。それに、こんなのよくある事だし」

「よくある……ですか」

「大小はあるけどね」


海王セイラのウィンクで甘海は胸を撫で下ろし、同時に土下座する妹が心配になってきた。人間界ではいい子にしていたが、魔界では破天荒扱い。まだまだ教育が必要なようだ。


「そうだ。アマミ姉が頭を下げることはないのだぞ? それにほら、我が連日徹夜でかき集めた金品や宝具で皆もご満悦なのだから」

「お前は反省しろよ」

「この通り! この通り!」


地面へ額を擦り付けるリーシェッド。甘海の心配は増すばかりである。

リーシェッドから譲渡された古びたコインを指で遊ばせる孤王ミッドフォールは、ピンと跳ねたそれをキャッチして本題に入る。


「それで、人間界に行った目的は果たしたのかい?」

「おぉ! もちろんだともミッド兄! これは魔界全土を豊かにする知恵となるぞ!」


立ち上がり、指をパチンと鳴らすリーシェッド。事前に言いつけてあった通りシャーロットが横へ並び報告書を読もうとするが、何やら言い淀んでいる様子だ。


「本当に読むんですか?」

「早くしろよ。こういうのはテンポが大事なんだから」

「では……」


咳払いを一つ。シャーロットは顔を赤くして報告書を読み上げる。


「『にんげんかいのごはんはおいしい。楽しかったです』」

「わぁああああああああぁぁ!!!!」


瞬間移動さながらの速度でシャーロットの口を塞ぐリーシェッド。従者と同じように顔を真っ赤にして首を振る彼女は、口を何度かパクパクさせて混乱していた。


「馬鹿! なんで初めから読むのだ!」

「初めからも何も終始こんな感じです。私も恥ずかしいので我慢してください……」

「ポイントを掻い摘んで要約しろ! 我を笑い者にする為に自分も辱めを受けるってどんだけ性格ねじ曲がっているんだ貴様!」

「リーシェッド……」

「違うんだラグナ! 先輩をそんな目で見るんじゃない!」


唯一の後輩である震王ラグナからも哀れみを受ける少女。彼に先輩面することはもう叶わないだろう。


一悶着あったが、何とか農業について説明するに至った。内容を噛み締めた王達は関心を持ち、中でも烈王ガルーダは乗り気だ。


「それは面白いね。まずは僕の領地で試してみるのはどうだろう。外敵も少ないしハーピーは世話好きだから向いてるだろう」

「逆に、俺の領地は向かない。植物、育ちにくいからな」


炎王タルタロスはお手上げ。火山地帯のタルタロス領ではそもそも食べられる植物が生殖していないのだった。同じくセイラの領地も海で難しいと判断される。

リーシェッドが取り仕切ってまとめると、実験領土として上がったのはガルーダ領、オオダチ領、リーシェッド領、そしてコルカドール領。まずは比較的簡単なジャガイモから始めることになり、リーシェッドに代わって甘海が説明に参加する。


「えっと、ジャガイモはですね……」


会議は講習会へと移行し、日が暮れ始めるまで続いたのだった。






「アマミ姉はすごいな。普通、あんなに堂々と話せるものではないのだぞ?」


定例会を終えたリーシェッドは会議室の扉の前で甘海を労う。魔界を牛耳る権力者を上から数えたメンツを相手に、甘海は縮こまることなくやり遂げたのだ。

えへへといつものように笑う甘海。彼女は頬を掻きながら斜め上を見ていた。


「ミッドフォールさんには優しくしてもらってたし、りっちゃんのお友達だと思えば何だか嬉しくって」

「本当、アマミ姉は変なとこ図太いと言うか。それより良かったのか? あれでは今後も頻繁に魔界に来なくてはならない感じになってしまうぞ?」


リーシェッドは眉をひそめる。話の流れとはいえ、甘海は農業管理代表として役柄を任されてしまった。リーシェッドとしては余り魔界との干渉をして欲しくはなかったのだが、甘海があっさりと承諾するもので割り込む隙もなかったのだ。


「別にいいよー。りっちゃんとも会えるし、それに魔法少女になりたいし」

「……前のような生活は出来ないのに?」

「人生は一回きりだしね。きっと二つの世界で生きられる私は幸運なんだよ」

「アマミ姉……」


魔界には辛い思い出しかないはず。それなのに、甘海の笑顔に淀みはない。

人間は強いなと、リーシェッドは静かに微笑む。


「そっか、じゃあこれからもよろしくな!」

「うん! シャーロットさんも!」

「私に話しかけないでください」


リーシェッドの後ろでへそを曲げたシャーロットを見て、二人の少女は楽しそうに笑った。






人間界への侵略は破綻したが、相応の価値を手に入れた不死王リーシェッド。魔界を収める彼女の奮闘はまだまだ続いていくのだろう。


なぜなら、彼女は不死なのだから。

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魔界は我々が支配した 琴野 音 @siru69

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