四十六話 イレギュラー

「うわ、今でかい鼓動が見えたぞ。このタイミングで呪いが発動するなんてついてねぇなぁ」

「いや、逆に戦闘中じゃなくて良かったかもしれない。後一歩のところで呪いで強化されては近接部隊の心が折れるかもしれないからね」

「それもそうか。リーシェッドはメンタル雑魚だからラッキーか」


城のバルコニーからギリギリ目視できる距離まで近付いた甘海を観察するオオダチとミッドフォールは、リーシェッドから頭を殴られて向き直った。

甘海の移動経路はほぼ誤差なくリーシェッド城に近付いており、速度も歩くほどのゆったりとしたもの。最終確認をして潜伏している部隊に合流してもお釣りが来るほどの猶予があった。

この場に集まったのは魔王と区域ごとのサブリーダークラス。馴染みある面々に顔を突合せたリーシェッドは、少し嬉しくなっていた。


「ボルドンも助けてくれんだな。それにサザナミも。感謝するぞ」

「お嬢が困ってるのに放って置けるわけねえだろ? 東側は安心して任せてくれや!」

「まぁ、これも修行だね」


タルタロス領現役最強と伝説のクインティプルが加わっているとなると心強い。この場にはいないが、放浪のレアラベルであるスフィアもすでに合流していると確認が取れているので東側の層はかなりのものだ。


「シロイトは……戦えるのか?」

「舐めているのか? これでも若い頃には」

「ただのスケベジジイじゃないのか?」

「…………その目で見ていろ」


わざわざ狭間から出てきて御隠居扱いを受けて不機嫌なシロイトだが、ドラゴンの里頭領であるシルビアと一級戦士のカラタケまで引っさげてくる気合いの入りよう。彼らの担当する北側はミッドフォールの部隊で数も少ないが、個が異常に強いから事故は少ないだろう。

他にも絡みたい面々はいたが、ミッドフォールが締めようとしていたのでリーシェッドは静かに向き直った。


「まずは包囲陣を整えてから徐々に距離を縮める。甘海が召喚を行えばまた広がるの繰り返しだ。魔王は東西南北に固めるけど、それぞれの間を埋める副将達も気を抜かないように」


ミッドフォールは改めて、それぞれの陣地を言い渡すことで意識を固めさせる。


「東部隊。炎王タルタロスと震王ラグナ。副将は重戦士ボルドン、サザナミ、スフィア。回復力が出来るスフィアを上手く動かせれば無傷で防衛出来るはずだ。連携は手を抜かないように」

「うむ」


代表として、タルタロスが答える。しっかりと炎鐵を装備し準備も申し分ない。ラグナの傷も癒えて十分に活躍を期待できる。


「続いて西部隊。海王セイラと獣王オオダチ。副将は海の悪魔クラーケン、幻獣オルトロス。数だけでは東が一番多い。激戦区になる可能性が高いから前線はオオダチが指揮してくれ」

「おうよ! セイラの秘宝【マーメイドハープ】もあるから無敵だぜ!」

「私の力を自慢げに語らないでよ……」


セイラの神器、秘宝【マーメイドハープ】は他者の底力を上げる。これがオオダチの戦闘スタイルとかなり相性が良いのだ。


「北部隊は僕、孤王ミッドフォールと烈王ガルーダ。なのだけど、僕は他にやる事があるから代役に狭間のフェニックスが担当する。さらにドラゴンの頭領シルビアと実力者のカラタケ。もちろんペティもここだよ。正直戦力でいうと北側が一番強い。北に逃げられる可能性が高いから少し偏らせてもらったよ」

「戦闘……嫌いだなぁ」


自信なさげに漏らすガルーダだが、単純な戦闘力でいうとミッドフォールやコルカドールとそう大差ない。第一系位のペティ・ジョーやドラゴンまで引き連れているとなると最早種族値の暴力としか言えなかった。


「最後に南部隊。不死王リーシェッドと聖王コルカドール。副将は上級グーラであるシャーロット、精霊魔術師ココア、マザードラゴンのラフィアにコルの第一系位アリス。十分な戦力だけど、アンデットの四人が近接部隊に入る上にコルは別の作業や補助で抜けるから、防衛大将はアリスの一人で行ってもらう。南には聖域があるから近付いては来ないだろうけど、アリスは大丈夫そうかい?」

「…………」


無言で首を縦に振る物静かな女の子。どう見ても戦闘に不向きな丈の長いワンピースを着ているが、あのコルカドールの第一系位であるのならばと皆信頼していた。

ただ、アリスを初めて見たリーシェッドは複雑な気持ちであった。


「我より……ずっと可愛いではないか」

「ん、僕に何か言ったリーシェッド?」

「知らんわ色男」


コルカドールから顔を背ける少女。

決してこの場でするやり取りではない。


全員が持ち場に戻って時を待っている間、コルカドールはリーシェッドの肩を叩いてフェニックスの羽を差し出した。


「ん? どうしたのだ?」

「調査中にちょっと小細工をしてみたんだ。首尾よく甘海ちゃんを無力化出来たら首に掛けてあげて」

「わかった」


リーシェッドの首から下がる飾りと同じく魔力の塊であるフェニックスの羽。コルカドールが好きな子とのお揃いの首飾りを簡単に渡すということはそれだけ重要な役割を担っていると受け止めた。


「リーシェッド、いまはどれくらい魔力残ってるの?」

「んー、残りカスだな。そこら辺の下級精霊と同じくらいか、まぁ少しマシな程度」

「それは削り甲斐があるね」

「コルは何をするんだ。具体的に」

「舞台を作る」

「は?」


イマイチ理解出来なかったリーシェッドに、コルカドールは優しく微笑む。微笑みながら、ゆっくりと甘海を指差した。


「さぁ、標的が目標地点に到着するよ。カウントダウンだ」


甘海が、リーシェッドの為の演習場その中心地を目前としていた。

彼女の足取りに合わせてコルカドールが秒読みを始め、いよいよ開戦の時は来た。


「三……」


リーシェッドとシャーロットは、黄金の翼をはためかせるラフィアの背に跨り、目を閉じる。


「二……」


リーシェッド以外の全ての魔族が息を飲み、作戦の第一段階に備えて各々が構えを取る。


「一……」


全ての魔王が目を見開き、全軍にそのタイミングを伝えるため声を合わせる。


「「「零」」」




全くの同時。

甘海を中心に四つの方角から魔王達のとてつもない魔力の塊が柱となって天に昇る。それを追うように身を潜めていた全軍が魔力を放出し、彼女を取り囲む円形の魔力包囲陣が完成した。

余りの大規模な魔力流動に、リーシェッドは身を震わせてそれに見惚れる。まるで星々が強く瞬き、星座を描いているような美しさ。それでいて自分がちっぽけに感じるほど巨大。天地を揺るがし、空気が張り詰める。これに感動せずにはいられなかった。


「リーシェッド、来るよ」

「あぁ!」


コルカドールの声で我に返ったリーシェッドは、ラフィアの背を叩いて浮上させる。これだけの力を向けられている甘海は、間髪入れずに大規模な召喚の魔法陣を浮かび上がらせていた。なんの滞りもなく、ここまで予定通り。

しかし、相手はイレギュラーから生まれた第一系位の死神。全てが思惑通り進むはずもなく……。


「なんだ……これ」


リーシェッドは唖然とする。

甘海が召喚したアンデットの数に。


「五……六千はいる……っ!」


地を埋めるようなおびただしい数のゾンビやスケルトン。空を舞う上位アンデットの死霊まで様々なクラスを交えた召喚のはずなのに、その数はリーシェッド本人が単体で出せるおよそ五十倍。しかも、甘海自身の魔力はまだまだ十分に残っていた。

余りにも規格外。ここから想定される甘海の魔力容量の限界値は、魔神のそれを遥かに凌駕する。

リーシェッドの絶望を知ってか知らずか、こちらの総大将であるミッドフォールから全体に向けて意思疎通魔法が繋がれる。


『全魔王に作戦の変更を伝える。アンデットを速やかに掃討し、包囲陣を収縮させる。収縮後の戦闘は主力部隊のみ。それ以外は遠距離魔法でのサポートに尽力せよ』

「なんだと!?」


思わず声を漏らすリーシェッドは、ミッドフォールの作戦の意図が理解不能だった。

予定では引きながら応戦し、全滅を確認次第また収縮する。相手の魔力が桁外れに多いのであれば、それに合わせて更に引かなければ数に押されてしまうはずだ。

リーシェッドは急いで意思疎通魔法ミッドフォールへと飛ばし、その真意を確かめることにした。


「ミッド兄! なぜ逆に近付く必要がある! いくら主力部隊でも死人が出るぞ!」

『リーシェ、落ち着くんだ』

「自分の魔力は自分がよく知っている! あの量の魔力であれば収縮は悪手! 別の即死魔法の射程距離が伸びていれば如何に魔王であれとタダでは済まん!」

『安心して。甘海の魔力量は大して増えてない。予想の範疇なんだよ』

「しかし、あの召喚は……」

『さすがイレギュラーだね。どうやら召喚魔法との相性が僕とも比べ物にならないくらい異常に高くなっているみたいなんだ。魔力が増えたのではなく。消費量を限界まで減らす事に成功しているらしい。だからこそ、召喚を使わせるわけにはいかない』


リーシェッドは『イレギュラー』という言葉を聞いて無理矢理口を紡ぐ。これ以上はミッドフォールの邪魔をするわけにはいかなかった。

まるで夢のような事をやってのけた甘海。しかし、そもそもが召喚と契約を魔力暴走させて無理矢理ねじ込まれた存在である彼女であれば何が起こってもおかしくはない。ここはミッドフォールに従うに徹すると決めたリーシェッドは、意思疎通を切断して魔力を再度溜める。


「どうでした?」

「心配ない。甘海は天才だと言う話だ」

「面白くはないですね」


シャーロットは前髪をフッと吹き上げてつまらなさそうに標的を目に収めた。





変更後、陣形は速やかに収縮していく。召喚を使わせないためには絶え間なく攻撃を続け、尚且つまだまだ数の減らないアンデットを止めなければならない。遠距離持ちが総出で集中砲火を浴びせる様は人間界の花火に良く似ていた。

遥か上空から全貌を眺めるリーシェッドは、戦争そのものである大掛かりな交戦に感服する。


「西と東。オオダチ組とタルタロス組は手堅いな。確実に安全に処理しておる。流石歴戦の魔王ともなれば上手い指示を出しおる」

「前衛の入れ替え方などは参考になりますね。サポートも上手いです。これを機にしっかり勉強させて頂きましょう」

「北のガルーダとドラゴン共は派手だな。今のところ連携をする必要が無いほど一方的だ。やはり空を飛べるというだけでかなり有利らしい」

「ペティ・ジョーの活躍が大きいですね。手の空いた地上側を完全に捌いてます。変幻自在、影さえあればどこにでも瞬間移動出来るというのは大きな強みです」

「……南は……なんというか、凄いな」


各地の順調な動きを分析していたリーシェッド達だが、一時的に南部隊に置いてきたココアと部隊長のアリスの働きを見て言葉も出なかった。

精霊魔術師のココアはさておき、見た目通り魔法を主体として戦うアリス。なんと、南部隊で働いているのはこの二人だけであった。他の魔族がサボっている訳では無い。二人の広域魔法が強力過ぎてやることがないのである。

南は聖域の影響で敵の絶対数が少ない。しかし、恐らく第六から第五に渡る上級アンデットが迫っているにも関わらず、まるで小さな島を海に沈める気でいるんじゃないかと思うほどの大砲撃に為す術なく消滅させられている。ココアの種族値を考えれば準魔王クラスなのは間違いないが、コルカドールの従者アリスは明らかに魔王の中でもトップクラスの攻撃力を持っていた。

炎の海に炙られ、破壊光線で消し炭になっていくアンデットを見ていると、リーシェッドとしては複雑な気持ちであった。


「自信無くなるなぁ……目眩がする」

「お気を確かに。並の魔族ならこうはなりませんよ。むしろ一人で全てを相手している甘海を称えるべきでしょう」

「うーむ……」


その時だった。

甘海の魔力が強烈に鼓動する。


「これは呪い……いや違う。アンデット全体の力が底上げされているのか?」

「呆れますね。一体いくつ隠し球を持っているのでしょうね。人間にしておくのが惜しいまでありますよ」


自立型のアンデットをさらに強化するなど、見たことも聞いたことも無い新魔法を放つ甘海は、戦争の中心で集中砲火のレジストを続けながらも空を見つめていた。

リーシェッドがいるその場所を。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る