四十五話 決戦直前

決戦当日の朝。作戦の舞台となるリーシェッド領の中心地、リーシェッド城の会議室にて顔を合わせた魔王フルメンバー。その一席で堂々と意志を述べるリーシェッドは完全に負の念を振り払っていた。


「というわけだ。このタイミングで勝手を言っているのは分かっている。だが、アマミ姉を殺すわけにはいかない! 頼む、力を貸してくれ!!」


深々と頭を下げるリーシェッド。魔王の座を剥奪される覚悟で全てを伝えた。

しかし、魔王達から放たれる返答は余りにも軽いものであった。


「あ〜はいはい。そうだろうと思ったぜ」

「初めからそう言えばいいのに、リーシェったらヒステリーに浸り過ぎなのよね」


オオダチとセイラからいつもの軽口。予想外過ぎてリーシェッドの口が開いたまま塞がらない。


「は、反論はないのか!? ラグナ! お前は死にかけたんだから一発くらい我を殴りたいとか……」

「いや、勝手に殺そうとしたのは俺だし力足らずで負けたのも俺だ。責める理由がこれっぽっちもないのだが……」

「菩薩か何かかお前!!」

「ボサ、ボサツ??」

「あ、あの、日本の優しい神様みたいな?」


思いの外いつも通りの会議でリーシェッドは面を食らってしまう。三日前はもっと緊迫したムードだったはずなのにと記憶を疑った。

リーシェッドが頭を抱えているのを気にもせず、帰ってきた大黒柱であるミッドフォールは作戦をまとめる。


「さて、では予定通り『甘海救出作戦』を進めていこうと思う」

「予定通り!?」

「リーシェ、今大事な話をするんだよ? 少し静かにしてもらえるかな」

「は、はい、すみません」


わざわざ持ち上げた尻を再び椅子に下ろす。


「では改めて。まぁ簡単に口で言ったものの、今回の作戦は非常に難しい。難易度を決めると、魔神討伐の次に位置するほど困難であることは間違いないだろう。僕やコルを含めた全ての魔王に協力してもらってもね」

「あ〜懐かしいな。そう言えば魔神討伐の時も言い出しっぺはリーシェッドだったか? あん時も一番ヘボだったのに今の方がヘボいんだから笑えるな」

「ふふ、そうだったね。オオダチとリーシェが初めて喧嘩したのもあの時だっけ? リーシェの見事な負けっぷりが今でも鮮明に思い出せるよ」


我を侮辱するのは注意しないんだなと不貞腐れるリーシェッド。これには基本喋らないタルタロスやガルーダですら吹き出していた。


「だがどうすると言うのだ? 正直、今のアマミ姉は前の我より圧倒的に強いぞ。ミッド兄やコルが相手でも簡単には……」

「方法は一つだね。っとその前に、参考までにリーシェはどうやって殺すつもりだったんだい?」


以前、リーシェッドは自らの手で甘海を殺すと言った。それは【呪い】の特性を真に理解している彼女にしか出来ない手段だ。


「……コルの聖域で永遠の眠りにつかせてから、呪いを外側から死の魔力で破壊する。死の魔力は我にしか使えないし、暴走させる必要があるから我も一緒に死んでしまうが」

「随分荒っぽい事を考えていたんだね」

「それしか方法はないのだ。我に呪いを施した親の書物にはそれしか載っていなかった。呪い事態が未完成の禁呪だからな」

「ならそれ、忘れていいよ」

「へぇ!?」


ミッドフォールは足を組み、自慢げに語る。


「前提として、彼女はリーシェの契約を被せた特殊な【第一系位召喚】を受けたことで今の状態なわけだ。忘れたのかい? 契約も召喚も、作り出したのは僕なんだよ」


そう、全員が軽口を叩けるのはミッドフォールがこれを伝えたからである。発明した本人ならば、誰も知らない抜け道や対策はもちろん持っている。第一系位召喚ですら、既に実践済みのミッドフォールなのだから。


「結論から言うと、契約の条件を満たしているのであれば主に当たるリーシェは従者から魔力の吸い上げが可能なんだ」

「吸い上げ?」

「そう、契約は自身の魔力容量を渡すことで成り立っている。死の特性を引き継いだのは召喚時に魔力を与えすぎたからに過ぎない。分けることが出来るのなら、奪うことも出来るわけさ。逆に、従者から主の魔力を引っこ抜くことは不可能なんだ」

「つまり、アマミ姉の魔力を返してもらえば終わり?」


想像より遥かに簡単な解決法にリーシェッドは胸踊らせた。

しかし、ミッドフォールは首を振る。


「今回に限ってはそう単純なものではないんだよね。リーシェが直接触れる必要があるし、従者もある程度抗う事が出来る。力関係が逆転してる今のリーシェッドがいくら奪おうとしても意味が無い」

「え、なら無理じゃ……」

「そこで、今のリーシェと同じくらいまで魔力を消費してもらうわけだよ。バンバン魔法を使いまくってガス欠にさせてから引き抜けば成功さ」

「ガス欠に……か」


リーシェッドとしては、それは可能なのかと心配なところだ。彼女本人は、魔神戦を含めただの一度も魔力切れを起こしたことがない。それは驚異的な回復力、不死の力と死ぬ度に強くなる【呪い】の相乗効果だ。特性ごとそのまま甘海に渡しているのなら、甘海が魔力切れを起こすとは到底思えない。

その事を理解しているミッドフォールは、やっと作戦の本筋を話し始めた。


「全てを踏まえた上で作戦を考えた。まず、甘海くんの周囲に包囲陣を敷く。これには数が必要だけど、魔界には荒くれ者が沢山いるから協力者は多く確保出来ている」

「包囲してどうするのだ?」

「リーシェッドの基本戦法は死霊の召喚魔法だろ? 召喚は馬鹿みたいな魔力を食うからそれで大半は削れるはずだ。リーシェの魔力が防衛本能で動いているのであれば、数を揃えれば間違いなく召喚する」

「ほ、ほう」

「ただ怖い事が一つ。死の魔力の召喚は文字通り命を吸い取られる。安全に立ち回る為には殆どの王を包囲に割かなければならない。これにはガルーダ、オオダチ、セイラ、タルタロス、ラグナにお願いしたい」


名を呼ばれた五名は頷き、元よりそのつもりでいたようだ。彼らの国の戦士を派遣しているところもあり、文句無しの采配だった。

しかし、これではリーシェッドに不安がよぎる。


「あの、ミッド兄……」

「なんだい?」

「その作戦には、アマミ姉の足を止める近接部隊が必要なはずだが……ミッド兄とコルはそっちだよな?」

「いや、僕らは近接に参加しないよ? リーシェッド達が頑張るんだ」

「いや無理だろ! 我よりずっと強いのに我と従者数名だけでどうやって止めるんだ! 瞬殺されてしまうわ!」


子犬と像のような実力差。一気に勝てるビジョンが薄れてきたリーシェッドは絶望した。


「だから難しい作戦だって言ってるじゃないか。死の魔力で攻撃されるんだから、近接は不死者にしか務まらない」

「コ、コルはどうなんだ? 相性的にいけそうじゃないか?」

「むーりー」


うたた寝していたコルカドールは、寝ぼけ眼を擦って両手を天に向けた。


「前も言ったけど、聖魔力と闇魔力の相性なら別に僕は闇に強いわけじゃないよ。対極だからお互いが弱点なのさ。リーシェッドが僕に近付いて眠くなるのは、単に僕の方がリーシェッドより強かったから。今の甘海ちゃんは多分同等くらいだもの。お互いに食いあって消滅しちゃうねぇ」

「なんと……」

「そういうわけさ。大丈夫。遠距離からの攻撃や補助を担当するから思う存分戦っておくれ。超遠距離持ちのガルーダとセイラも兼任してもらうからさ」


以上が作戦。結果として不安の方が上回ることになったリーシェッドだが、これより確実で安全な案は思いつかないので口を閉ざした。


「さぁ、作戦は以上。戦況によって細かく指示を飛ばすから、皆はいつ何が起こっても対処できるよう心の準備をしておいてね。では解散」


閉会した途端、皆がそれぞれの担当する区域に赴く。これからそれぞれの部隊での作戦会議が開かれるため動きは迅速であった。

残されたリーシェッドは、悩みながらも立ち上がる。そこへ、同じく残っていたミッドフォールから最後の助言を聞かされた。


「リーシェ、魔力の吸い上げにはイメージが大事なんだ」

「……うん」

「本当のこと言うと、魔力を全て引き抜いても【呪い】を取り除けるかは確証がない。だから、君の中のイメージを高める必要がある。【呪い】だけが残ると甘海くんはこれまでの比じゃないくらい死の苦しみを味わってしまうかもしれないんだ」

「…………」

「頼んだよ。王としての器を見せてくれ」


言うだけ言って影に消えていくミッドフォール。リーシェッドは頭をかいて会議室の扉を開ける。

扉の外にじっと待機していたシャーロットを見上げ、行くぞと顎で差した。


「獣王オオダチにボコボコにされたのですか? 初耳です。ぷぷっ」

「全部聞いててそこを取り上げるか!? 意地が悪いにもほどがあるだろ。いま心の準備をしとるのだ余計な事を言うなシャーロット」

「徹夜で考えた作戦も話すことなく論破されましたものね」

「余計な! 事を! 言うな! アホぉ!!」

「はいはい、行きますよ」


背中にしがみついてポカポカとシャーロットの頭を叩くリーシェッド。しかし、上位アンデットにしてグーラである彼女には痛くも痒くもない。しかも魔力が無いので最早撫でているようなものである。傍目には仲の良い姉妹にしか見えないのであった。


「なぁシャル……シャロ、シャーロット」

「ん? また甘えん坊モードですか? ならシャルでいいですよリーシェ」

「違わい!!」


叩く手を止め、今度は静かにしがみついた。


「……………………守ってくれよ」

「ふふ、命に替えても」


信頼し、身を預ける少女と頭を撫でる側近。

その光景は、間違いなく姉妹であった。















「あ、今のは『死んでいるのに命をかけるとはこれ如何に』というハイレベルなギャグなのですが」

「…………少し黙っててくれないか?」

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