四十三話 愛するから殺す

獣王が治める暗黒の森。濃霧に覆われた区域の最奥に位置する獣王の城の会議室にて、六人の魔王は今後の対策に頭を悩ませていた。


「はぁ、リーシェッドが絡む事件はろくな事になんねぇよな。反省してんのかチビ助」

「…………」


今回の主犯と言っても過言ではないリーシェッドは、いつもの元気もなくただ黙り込んでいた。それほどの責任を感じ、同時に後悔に押しつぶされそうになっているのだ。

ナマイキな返しも来ないと調子の出ないオオダチは、モヤモヤの捌け口をここにいない王にぶつける事にした。


「威勢よくアレに向かってったラグナはボコボコにやられて寝込んでるしよ〜。聞いたか? あいつ貸してやった【織神】ぶっ壊されたんだぜ? 俺の神器どうしてくれるんだよって話だ。魔神に傷付けれる武器で負けんなよな〜ったく」

「その辺にしなさいよ。それほどの相手ってことでしょ。それにリーシェの気持ちも考えなさい」


見ていられず口を出すセイラ。それでも不満の抑えきれないオオダチは、吐き捨てるようにテーブルに足を乗せる。


「自業自得だろ。人間なんかと絡むからこんなことなんだよ。俺はミッドフォールの頼みで神器貸してやっただけなのにすげぇ損害だ。それより、ミッドフォールどこいったんだよ」

「奴は、被害者を出さぬ為、避難活動だ」

「あ〜、例のアレって微妙に彷徨ってんだっけ? 一箇所に居てくれりゃいいのに何してんだろうな?」

「その件も、今話し合うのだろう」


タルタロスが話を戻し、会議は続行した。

甘海を魔界へ連れてきたのは三日前のことである。リーシェッド領へ転移したラグナはそのまま甘海へ勝負を挑み、一日も持たず大敗を期した。それこそ、神器を破壊され命を吸い上げられそうになった所をミッドフォールに救われていなければ絶命していたほどに。

以来、強大な魔物へと変貌した甘海は何かを探すように彷徨い続けている。その目的すら分からず、簡単に殺せない力を手にしているせいで魔王達は踏み切れずにいた。

だからこその緊急会議。リーシェッドが生み出したことだけが確かな情報であるなら、その解決策も彼女を頼らないわけにはいかない。

オオダチはリーシェッドを嫌っているわけではない。だが、無為に傷つけるのは承知で聞かなければならない事が山ほどあった。


「リーシェッドよぅ。責めてるわけじゃねえんだが、お前一人の手に負えないってんでこうして集まってんだろ? 知ってる事は全部教えてくれねえと何も出来ねぇんだわ」

「今のアマミ姉は……我の分身のようなものだ」

「はぁ? もうちょい詳しく説明出来ねえの?」

「ここからは私が説明しましょう」


いつの間にかリーシェッドの後ろに現れたメイドを見やり、オオダチは鼻を鳴らして腕を組んだ。


「お前、リーシェッドの側近だな。魔王の会議に出しゃばるってな感心出来ねえぞ?」

「それほどの緊急性。無礼を承知で耳を傾けて頂けませんでしょうか」

「海王セイラが発言を許します。教えて頂戴シャーロット。アレが何なのか」


セイラに発言権を貰い、シャーロットは語り始める。彼女にとっても許すことの出来ない存在である甘海について。


「多少の歪みはありますが、あの人間はリーシェッド様の【第一系位召喚】。それは間違いないでしょう」

「待て待て、リーシェッドは第二系位までしか使えないはずだ。だからお前以上の従者はいないんだろう。そもそも、第一の作り方は開発者のミッドフォールとコルカドールしか知らねえはずだ」


リーシェッド以外の魔王達から「まさかお前……」という目を向けられたコルカドールは、即座にそれを否定する。


「僕は教えてないよ?」

「そうでしょうね。実際、リーシェッド様はいつも悩んでおられましたし。私を第一系位に昇華させるにはどうすれば良いものかと」

「つまり、独自で辿り着いちゃったのかな? 流石僕のリーシェッドだねぇ」

「辿り着いたというか、条件が偶然揃ってしまったのかもしれませんが……」


この条件というのが、シャーロットだけでなくリーシェッドすら理解していない。

第一系位召喚には様々な条件が存在する。

・多大な魔力容量。

・儀式に使う為の媒体。

・媒体への理解、共鳴。

・命を引き換えにする強い覚悟。

・緻密な魔力コントロール。

他にも、個人によってそれぞれの条件が存在するユニークスキルと言っても良いほどに扱いが特殊な魔法。元々は『自分をもう一人作り出す』事が目的の古代の失敗魔法を、ミッドフォールが長い時間を掛けて改良したものが召喚魔法である。第一系位とは元の形により近い意図での発動である為、もちろんデメリットの方が大きくなる。だからこそミッドフォールは、絶対の信頼を置けるコルカドールにしかその詳細を教えていない。


「まぁ、リーシェッドだから出来ちゃったってのは大きそうだね」

「…………」


コルカドールは感心したような悲しいような笑みを浮かべて彼女を見る。彼は気付いていた。これは召喚魔法であると同時に契約魔法だということに。

契約魔法は通常、自分の小間使いとして格下の魔物を自身の魔力を分け与えることで縛り付けるもの。しかし、リーシェッドはすでに一度その決まりすらも破っているのだ。最愛の家族であるシャーロットの死体にそうしたように。無機物を媒体とする【召喚】と生命を媒体とする【契約】の重複魔法を。

他の魔王のように自分を守らせるための召喚ではない。リーシェッドは基本、誰かを守るために召喚や契約を使う傾向があった。そんな優しい彼女が好きなコルカドールは、これ以上の原因を口にしない。



「経緯はどうであれ、無機物にしか使えない第一系位召喚を、魔力を持たない生命である人間に使ったんだからイレギュラーだらけだろうね。対策をするには甘海ちゃん本人を少し調べたい所だよ」

「それなら、俺が見てきたぞ」


乱暴に扉が開いた音で、数人が立ち上がり構えを取る。だが、扉を開けた勢いで倒れた者を見て皆が表情を一変させた。


「ラグナ! 起き上がって大丈夫なのかよ!」

「悪かったオオダチさん。神器壊されちまった……」

「それどころじゃねぇだろ! 死の魔力に命吸われてボロボロのクセに無理すんじゃねえ!」


駆け寄ったオオダチはラグナを担ぎ、ひとまず彼の為に準備した八つ目の席に座らせる。

息をするのもやっとのように見えるラグナは、何度か吐血しそうな咳払いをして情報の共有を優先した。


「みんなに知っておいて欲しい事がある。彼女、甘海と呼ばれる人間が置かれている状況はこちらとして最悪のものだ」

「どういうこと、だ?」


タルタロスの問に、ラグナはリーシェッドを見つめながら話し始める。


「奴の力を一言で表すなら。暴走を続ける不死王そのものだ。リーシェッド本人が無意識に暴れ続けているよりずっと厄介かもしれない」

「主であるリーシェより厄介?」

「そうだ。セイラもその目で見ているだろう。今の奴は意識がない。ずっと防衛本能だけで動いている戦闘兵器なんだ。そして、一番手に負えないのは……なぁリーシェッド。お前に問いたい」


死にかけのラグナから言葉を受け取り、緊張したように俯いたまま目を向けるリーシェッド。その様子で確信を得ながらも、彼は言葉でそれを証明する。


「お前、あの人間に全部取られただろ」

「……………………うん」


どういう意味か理解出来ない魔王達は首を傾げる。事態の深刻さを誰よりも理解しているラグナだけは、大きな溜息を落として絶望していた。


「はぁ……終わりだな。もう奴を止める手段なんてないのかもしれない……」

「おいラグナ。説明しろって」

「あの人間、甘海はリーシェッドの全てを持っていった。魔王の中でも頭抜けた魔力容量、生命を吸い取る死の属性。そして、死んでは蘇り力を増す【呪い】も含めた全てだ」

「「「!!!!」」」


総員絶句。リーシェッドが魔王足る魔界最悪の【呪い】。それが奪われてしまった。魔王の魔力をそのまま使われるだけなら最悪殺せば良いと踏んでいた者達の希望が絶たれる。

ラグナは続ける。殺されかけるまで粘って得た情報を知ってもらうため。


「呪い持ちなのは戦いながら気付いていた。リーシェッドには悪いが、何度も殺したからな。しかし、奴が『人間』であることが更にまずい状況を作り上げ、俺は負けてしまった……」

「人間だからだと?」

「人間は生まれながら魔力を持っていない。つまり、制御魔力の使い方どころか抵抗魔力を扱えてすらいない。呪い持ちが、死の魔力を使うってのに、抵抗魔力が無い。魔界の王達ならこの意味が分かるだろう?」


ラグナの差し出した情報に、魔界最強の一角であるコルカドールも流石に表情を崩した。

抵抗魔力。魔物なら赤子にも無自覚に扱えるこれが使えなければ。例えば、火の魔法を使うと自身が燃える。氷の魔法を使えば自身が凍る。つまりは魔力をレジストする為の魔力だ。自分の魔力に攻撃されるのだから、他者からの魔法もノーガードで受け止めることになる。

タダでさえ攻撃を受ければ一瞬で死に、蘇り強くなる甘海。さらに自分の『死の魔力』で殺され続けることで、呪いは再現なく発動する。時間を許すほど天井知らずに強くなるバケモノと化していた。


「幸いと言えば、回復速度が追いついていないことだろう。放って置いても一日に二度は死に、その度に強くなるわけだから厄介な事に変わりはない。死ぬ瞬間は身体を覆う魔力が心臓の鼓動みてえに大きく脈打つ。相当苦痛だろう。楽にしてやるなら早くしてやるべきだ」


最後の言葉はリーシェッドに投げられた。シャーロットと共に聖杯で覗いていたラグナも分かっている。守りたいから、愛しているから甘海を変貌させた。どうしようもなくて、事故が起こった。

沈黙が訪れる。事態は最悪。魔神を相手に奮い立った作戦会議の時より事は性急で、そして気まずいものであった。

殆どを黙りこくっていたリーシェッドが立ち上がり、皆に背を向ける。それが、答えだった。


「セイラ、タルタロス、コル……神器の手入れをしておいてくれ」

「お、おい。リーシェッド……」

「オオダチ……被害が広がらないよう民を守って欲しい……アマミ姉は……」


およそ最善。

しかし、ここにいる誰もが、リーシェッドの口から聞きたくない言葉に耳を塞ぎたくなった。




「アマミ姉は……我が殺す。……我の力は我にしか止められんものな……」




リーシェッドが去った会議室は、再び長い沈黙を迎えた。

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