四十二話 決死の暴走

走り出し、不意を付き、一人目を気絶させた辺りまでは良かった。隣の男に二撃目を防がれても、するりと走り抜ける甘海の姿を見て作戦の成功を確信した。


しかし、予想外の出来事が起きた。


「っぐぅ!」


二人目の男へ宙で蹴りを放つリーシェッドの腹に、三人目が取り出したナイフが深々と刺し込まれる。躊躇もない。真っ二つにしてやると言わんばかりの無慈悲な突き上げ。

肌で止まるはずのそれは内臓まで貫通され、それだけでも衝撃だったリーシェッドは、次に襲い来る有り得ない事実に頭がついて行かなかった。

痛覚遮断が発動せず、抉られた内臓からの強烈な痛み。

彼女は呻きを抑えられなかった。


「りっちゃん!!」


声に反応した甘海が足を止め逆走する。大事な妹が苦しむ声を聞いて、無視出来るほど甘海は冷酷ではなかった。

痛みに意識が麻痺したリーシェッドは、そのまま壁に投げつけられて蹴られ続けた。後から追いついた後ろの三人目も含め、視界が靴の底で埋め尽くされたまま痛みに蹂躙される。

絶え間なく切り替わる視界の中、リーシェッドは考える。どうしてこうなったのかと。




そうか、魔力が切れていたから刃を通し、痛覚が切り離せなかった。


声を出さなければ、甘海はそのまま走り抜けてくれたはずだ。不意打ちに弱いな我は。


甘海は強い。でも、男達も皆幼少に武術を嗜んでいたのなら多勢に無勢か。


戻ってくるなんて優し過ぎるな。シャーロットなら命令を遵守する。我を信じてくれただろうから、それが最善だと理解出来るから。


……ままならんな。




リーシェッドが気絶していたのは数秒だろう。横向きの世界を眺めながら、遠くに聞こえる声に耳を澄ます。


「やだぁ!! やめてよ!!」

「コイツ!! 無駄に馬鹿力だぞ!! もっと痛めつけろ!!」

「服剥いじまえば女は動けなくなるだろ!! さっさと脱がせろ!!」

「いやぁああああああ!!!!」


甘海の悲鳴と肉を殴る生々しい打撃音に意識を覚醒したリーシェッドは、流れる血を握り締めて顔だけでも上げる。

そこに広がる最悪の光景。顔中痣だらけ、各所に切り傷や血で汚れ。衣服を引き裂かれた姉の恐怖にまみれた顔は、リーシェッドのトラウマを呼び起こす。


魔界で共に過ごした、親代わりも同然のシャーロットが、本当の親と見知らぬ男に蹂躙され続けた過去。まだ不死になる前のリーシェッドの眼前で玩具のように扱われる大事な姉の姿を重ねてしまう。


あの時と同じ。

自分に力が無かったから。

道楽に弄ばれる大切な者。


「…………っ!!」


リーシェッドは叫ぶ。しかし、運悪く喉を潰されて名前すら呼べなかった。泣き叫ぶ甘海と目を合わせながら、何も出来ない。

だから、祈るしか無かった。願うしかなかった。


誰か、甘海を助けてくれと。











それが引き金となる。




「ぎえゃあああああああ!!!!」

「うぁああああああああ!!!!」


突然、甘海を蹂躙していた男達が吹き飛ぶ。壁に叩きつけられ、空へ舞い上がり、一人残らず断末魔を残して即死していく。

同時に甘海の周囲に浮かび上がる見たこともない魔法陣。その高い濃度の魔素がどこから来るものなのか一瞬理解が出来なかったリーシェッドだが、手元に目を落として血の気が引いた。


リーシェッドが作り上げたオリジナルの魔石が砕けている。試作品が故、彼女の感情に同調して発動したのだった。


「……やめ…………ろ……っ!!」


力無い腕を甘海に伸ばす彼女には、正体不明の魔法陣が何であるかを本能で感じ取っていた。自身の身体から甘海の身体へ吸い込まれていく何かが危険なものであると悟ってしまった。




シャーロットを蘇らせたものと似て非なる魔法。決して生者に使ってはいけない禁忌。


【第一系位召喚魔法】の発動だった。




心臓の音が鳴り響いて止まない。リーシェッドは恐怖していた。闇の魔力に包まれ、まるでリーシェッドと同じ血を分けたように肌や髪の色を変質させる甘海の姿に。

そして、変貌が完了すると同時に訪れた声に、リーシェッドは驚愕を隠せなかった。


「全く、やっぱり一人で行かせるべきではなかったようですね」

「シャー…………ット……」


いつの間にか背後に現れた廻廊。コツンとアスファルト踏み締め、馴染みあるダメ出しを零すメイド長。

リーシェッド第二系位召喚。側近のシャーロットがそこに立っていた。


「…………めん…………我が……」

「おや、喉を潰されたのですか。やはり廻廊は時差が酷いですね。本当は追われている時に飛び込んだのですが来てみればどうして、意味のわからない状況です。ほら、これでもどうぞ」


シャーロットはエプロンのポケットから真っ赤なポーションを取り出すと、それを主に向かって投げつけた。すると、煙を出しながらリーシェッドの外傷が治癒されていく。

何とか立ち上がる力を取り戻したリーシェッドだが、ふらついて倒れかけてシャーロットに抱き止められる。


「シャーロット……どうして……」

「覗いていましたからね。えぇ、一時も目を離さず。それより、この程度しか回復しないのですか? 高級なポーションだと言うのに、やはり市販は駄目ですね。後で店主に文句を言いましょう」

「……………………」

「軽口も言えないとは、よほど怖かったのですね。ですが、『これ』どうしましょうね」


表情を崩さず、先程の犯罪者集団より圧倒的に厄介な存在に目を向けるシャーロット冷や汗を拭う。

いつ殺しに掛かってもおかしくない従者の服を掴んで、乞う詫びるように見上げるリーシェッド。その情けない顔をする主の頭へ、シャーロットは溜息混じりに手を乗せる。


「魔王の顔はどこへ落としてきたんでしょうか。心配しなくても、彼女は殺しませんよ。そもそも私より強い相手に手出しは出来ません」

「お前より…………強い?」

「まぁ、私をここへ連れてきてくれた方なら話は別かも知れませんが」


シャーロットは不機嫌に顔を背ける。

そう、そもそも廻廊は魔王レベルの魔力が無ければ使えない。

闇の魔力に覆われた甘海は、急速に魔力を高める。彼女がリーシェッドと同じ魔力でガードを堅めると同時に、上空から巨大な水龍が襲いかかった。


「硬いわね。思ったより手を焼きそう」

「セイラ……」

「ご機嫌ようリーシェ。色々話もしたいけど、ちょっと私の魔力じゃ抑えきれないわねこの子。一度魔界に連れていきましょう。お願いできる? 力比べは得意でしょ? 」

「全然状況が把握出来ねぇんだけど。回廊に入れりゃいいのか?」

「早くしてよ。私の魔法じゃ抑えきれないんだから」

「はいはい」


廻廊を繋げた海王セイラ。共に付き添って出てきた震王ラグナ。これほど頼り甲斐のあるお迎えは他に無いのだが、リーシェッドは慌てたようにラグナへ忠告する。


「ラグナ! 素手でアマミ姉に触れるな! あの魔力は我のと同質、死の魔力に食われるぞ!」

「心配無用。俺にはこれがあるからな!」


常人の目にも止まらぬ速度で突進をするラグナの拳には、強大な魔力を宿した緑色の手甲が輝いていた。

リーシェッドはそれを見て息を呑む。タルタロスの不動の槌【炎鐵えんてつ】と並ぶ神器。獣王オオダチの最終兵器である断罪の手甲【織神おりがみ】。万物を切り裂くことの出来る破格の攻撃力を持つとされている。

オオダチの神器を装備したラグナは甘海の纏っている魔力だけを切り裂く。しかし、無尽蔵に湧き出る死の魔力を削り切ることは不可能。抑え込むように防壁ごと甘海を掴みあげたラグナは叫ぶ。


「セイラ! 廻廊をこいつの後ろに作れ! そのまま魔界まで押し切る!」

「分かったわ!」


注文通り新たな廻廊を開いたセイラは、ラグナを守るように水の防壁を纏わせる。それが死の魔力に食い尽くされるまで数秒が勝負と、ラグナは全力で廻廊の中へ甘海を押し込んで行った。

残された三人は息つく暇もなく、ラグナの後を追って魔界への道へと飛び込んだ。

最後に発せられたシャーロットの言葉を、リーシェッドは心に刻みながら。


「覚悟は、してください」

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