三十話 眼鏡でも掛けなさい

 道なりに大きく左に曲がり続ける二人は、ドラゴンが生活する上で欠かせない共有施設を眺めながらゆっくりと歩を進めた。


「あそこの横穴が水浴び場。すっごく広い水溜まりみたいのがあって、鍾乳洞もキラキラしてるのよ」

「ほ〜」

「あっちが卵置き場。あんまり使ってるところを見たことないけど、卵が入ると入れ替わりで常に誰かがいるのよ」

「へ〜」

「で、そこの草っ原は昔畑があったの。ママが人間の真似をして野菜を育ててたんだけど、人化出来るドラゴン以外が食べても美味しく感じなくて廃止したの」

「ふ〜ん」


 生返事だが、リーシェッドは興味深く考えを巡らせていた。ドラゴンが人間の真似をすること、人間がゾンビの存在を知っていたこと。その二つを結びつけ、色んな仮説を立てて今後の活動に役立てようとしていた。

 ドラゴンの里の一部は海に面している。足を止め、海岸を注意深く見続けたラフィアは何かを思い出したかのように再び歩き出した。


「どうしたラフィア」

「さっきカラタケに生き残った同期の話を聞いたの。その中に深海龍がいたから会えるかなって思ったんだけど」

「いないのか?」

「うん、この時間は陽が強くてあんまり出てこないの忘れてた。日光が苦手なのよ」

「それは難儀だな」


 海もまた魔界から狭間へ移したのであれば、酷く深い峡谷状になっているはずだった。並のドラゴンではそこまで深く潜る術もなく、大人しく諦めたラフィアはまた里の説明を再開した。

 知り合いに会うことなくどんどん奥まで進んでいく二人は、不意に違和感を覚える。


「主」

「あぁ、狙われておるな。強い殺気だ。それになかなか遠い。誰だか知らんが強敵だぞ」

「こんな所で戦ったらみんなを巻き込んじゃう。雲の上まで登るから乗って」

「わかった」


 リーシェッドが飛び乗り、ラフィアは大きな羽を力いっぱい振り降ろし急上昇を始める。殺気は変わらず向けられたまま。確実にリーシェッドとラフィアを標的にしていた。

 雲海を抜けて地上が見えなくなり、ようやく殺気は無くなった。


「雲があるから見えないのかしら?」

「そうだろうな。もしかしたら空を飛べない…………っ!」


 殺気は消えたはずなのに、下から凄まじい速度で何かが迫っている。一瞬で空気が張り詰め、リーシェッドの直感が声帯を通して発せられた。


「ラフィア!! 避けろ!!」


 雲を突き抜けて急接近する魔力光弾を間一髪で交わしたラフィアは、背後で起こる大爆発に巻き込まれて雲海に沈んだ。


「がぁっ!!」

「ラフィア止まるな!! 雲から出ろ!!」


 態勢を立て直したラフィアが不規則に飛びながら雲の上や下に向かうも、連続で打ち上げられる高威力の魔力光弾に行く手を阻まれる。敵の攻撃は明らかに雲の中から逃がさないように戦略的な位置で爆発させていた。索敵に関しては二人を凌駕している。


「くそっ、雲の中では羽が重いか! 空中戦に長けた奴だ! このままだと撃ち落とされるぞ!」

「こんな事が出来るのって……っ!」


 ラフィアの記憶から一匹の影が浮かび上がる。空中戦のスペシャリストであり、炎ではなく暴風を撒き散らす魔力光弾を得意とする絶滅危惧種のドラゴン。

 身動きが取れなくなってその場に留まった一秒。魔力光弾が止むと同時に、それを遥かに凌駕りょうがするプレッシャーが音よりも速く接近する。


「シ、シル……」

「上だ!!」


 相手は地上にいたはずなのに、ラフィア達は雲の中にいたはずなのに、規格外なスピードで真上を取られ、そのまま強烈な打撃で真横に殴り飛ばされる。


「主! 掴んでて!」


 飛ばされながら、ラフィアの口に大量の魔力が集中する。寸前まで自分がいた場所目掛け、マザードラゴンの血を引く者にしか使えない巨大な黒炎弾を放つ。

 どこまでも飛んでいく黒炎弾は雲海を薙ぎ払い、当たらずとも姿を視認できるほど視界が開けた。

 ラフィアとリーシェッドが当たりを見回すが、どこにも敵の姿は見えない。気配すら感じることも出来ず不安ばかりが募っていく。あの速度で動けるのであれば黒炎が当たるはずもない。つまり、完全な魔力コントロールで気配を完全に消せるほど冷静な思考で動いているということだった。


「ぬがぁ!!」

「主!!」


 リーシェッドに振り下ろされた打撃を、彼女は両腕を十字にして受け止める。攻撃の際に僅かに漏れでる殺気のみでしのいだリーシェッドは、それを掴んで目の前へと投げた。

 しかし、手が離れた瞬間にまた姿は消え、残った雲の中へ隠れてしまった。


「あれは、尻尾か? ラフィア、お前の身体くらいデカい尻尾を持ったドラゴンらしい。相当なサイズになるぞ」

「いえ、あの子はあたしと同じくらいの大きさよ」

「知っているやつなのか? なぜこんなことをするのだ」

「……そんなの簡単よ」


 ラフィアは体内時計でカウントを始める。静寂に包まれた空で、その時が来るのを待った。

 途端、ラフィアの身体が反転して空を見上げる。また真上から振り下ろされた突進の尻尾強撃を両腕で完全に掴み止め、急降下をしながら敵の顔を拝む。


「目が悪いのよ!! 馬鹿シルビア!!」

「ラ、ラフィアちゃん!?」


 手足の無い巨大な胴体に頑丈な羽を持つヘルコアトル。ドラゴンの里、現頭領のシルビアはゾッとした顔でラフィア達諸共、地面に突っ込んでいった。

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