二十九話 昔は学校があったのよ

「あなたに娘がいたなんて、それにしても随分小さい子なのね。最近生まれたの?」

「言うなよ。バタバタしてて番が出来るのが遅かったんだ。まだ二歳で酷いやんちゃでな、全く誰に似たんだか」

「あんたそっくりじゃない」

「よせやい。俺は真面目な優等生だったろ」


 カラタケ宅に寄ったラフィアは、リーシェッドにオオゾラの相手を頼んで二人きりで話す事にした。彼の番は狩りへ出掛けているらしく、夕方まで帰らないらしい。

 ラフィアが知る頃より一回り大きくなったカラタケは、昔と同じように無駄に大きな声で笑う。


「ラフィア、お前が戻ってくれて安心した。シロイトが匿ってくれちゃいるが、やっぱマザードラゴンって象徴がいねえと里が締まらねぇ。心から歓迎するぜ!」

「悪いけど、あたしは用事でここに来ただけだからすぐに外へ出ていくわよ」

「なんだなんだ、久しぶりだってのに随分他人行儀じゃねぇか。外で何かあったのか?」

「うん、実はあたしもう死んでるの。そこにいるちっちゃい魔王の従者、アンデットドラゴンとして生き返っただけだもん」

「し、死んじまってたのか……。そうか、大変だったんだな」


 俯くカラタケに悪いと思いつつも、ラフィアはこの里について少し聞いてみることにした。


「カラタケ、他のみんなはどうしてるの?」

「他の奴らか。なんて言うか、言い難いんだけどよ。魔神の話は知ってるのか?」

「ええ、少しだけね」

「大体予想出来てるとは思うけど、マザードラゴンが寿命で死んじまったのをきっかけに魔神の野郎が攻めてきてよ。同期や古参のドラゴンはその戦争でほとんど死んだ。ちょうど遠征から帰ってきたマークツーがぶっ飛ばしてくれなきゃ俺も生き残れなかっただろうな」

「そう……」

「この里で生き残った知り合いだと、俺の他に深海龍のアーティン、お前に変わって頭領をやってくれてるヘルコアトルのシルビアくらいだな」

「アーティンとシルビア! 彼女達も生き残ったのね!」

「アーティンは海の中にいたし、シルビアは卵を守ってくれてたから戦わずに済んだんだ。これも、マークツーが来るまで前線を抑えてくれたマントルとクレイドラゴン先生、頭領代理のハウンドドラゴン先生のお陰だ」


 一人ずつ名前を聞く事に、ラフィアは罪悪感に駆られた。

 当時ドラゴンの里でたった一つの学校があり、その建物を建てたのが土魔法を操るクレイドラゴン。じゃじゃ馬なラフィアが何度も破壊しては徹夜で修繕し、たまに過労で道端で土を吐きながら気絶していた損な役回りの先生だった。断れない性格でいつも仕事を山積みにしていた。

 ハウンドドラゴンは音波を操る実力者。ラフィアが通っていた時代の生活指導員で、マークツーとラフィアが登校していると毎日茶化しにくるお茶目なドラゴンだった。マザードラゴンが引退すると代わりに校長を務め、マザードラゴンが死ぬと代わりに頭領になるという永遠の二番手であったが、みんなのお姉さんのように慕われていた。

 マントルはラフィアの同期の一人。誰よりも大きな山のような体躯を持ったマウントドラゴンの彼はマークツーの親友で、タルタロスに匹敵するパワーを持ちながら口数の少ないネガティブドラゴンだ。狭い教室で過呼吸気味に息を細くしていたのは同期の中では鉄板のネタだった。

 そんな彼らが死闘を繰り広げている姿など、ラフィアには想像もつかない。別の場所でオーガの大群に押し殺されたラフィア不在の間、必死に里を守ってくれていたかと思うと彼女の心ははち切れそうになった。


「ごめん……あたし、マザードラゴンなのに……」

「仕方ねえよ。全部タイミングのせいだ。お前は何一つ悪くねえ」

「…………」

「それより、気になるんだろ? マークツーのこと」

「…………うん」

「俺はアイツがどうしてるのかわからねぇ。何せ、魔神が消えたと同時にどこかへ行っちまったらしいからな。でも、その事ならシルビアが何か知ってるかもって話だ」

「シルビアが?」

「最後に見たのはアイツだ。いまはラフィアが使ってた縄張りを守ってるから行ってみりゃいい」


 外で遊んでいたオオゾラが急に家に入ってきて、カラタケの膝の上に乗る。カラタケはその頭を撫でながら、最高の笑顔を旧友に向けた。


「アンデットにしろ、お前に会えて良かった! 今日はなんて良い日なんだろうな!」

「あたしもよ。色々聞かせてくれてありがとう。また来るわね」

「ああ! いつでも待ってるぜ!」


 カラタケ親子に別れを告げたラフィアは、外で待つリーシェッドと目を合わせ、そのまま歩き出す。


「もういいのか?」

「えぇ、ごめんね。今回いっぱい待たせちゃうかも」

「ふふ、気を遣わんでいいぞ。思うようにやるべきだ」

「ん」

「その代わり、帰る前には我ともいっぱい喋ろうな。あっちでは会話は出来んから、とことん話すぞ」

「わかってるわよ。あたしも言いたいこといっぱいあるんだから」


 横に並ぶ二人は、軽く笑って目的地へと急いだ。

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