二十四話 お前が背負って歩けよ

 ミッドフォール領とタルタロス領の間に高くそびえる霧の山脈。そのふもとに着地したリーシェッド達は濃霧の中で足を止められていた。


「コル、なぁコル? 着いたってば早く起きろよ〜……」

「…………」

「も〜起きないぃい! 我はどこへ行けばいいのだ!」


 霧の影響で空も飛べず、本格的に眠りついてしまったコルカドールをおんぶして歩くリーシェッドはひとまず山頂目指して歩いてみることにした。こんなへんぴな場所に来たところで向かう先も思い浮かばず、山頂付近に生える薬草じゃないかと予測を立てたペティ・ジョーに従う。


「はぁ、眠い……」


 コルカドールの魔力に当てられてリーシェッドにも睡魔が襲いかかった。聖域の外に出ている分多少効果が薄いが、長時間密着しているとどうしても動きが鈍る。背負い直しては歯を食いしばって耐えるしかなかった。

 本当に寝入っているなら、起こすことは出来ない。リーシェッドはコルカドールが寝るを知っているからだ。


「ラフィア〜、ちょっと乗せてやってくれないか?」

「……(フルフル)」

「そうか、嫌なんだな。本当は我以外乗せたくないんだもんな。最近色んな奴を乗せたから機嫌も良くないか」


 リーシェッドはラフィアとの契約を思い出して諦める。ドラゴンの中でも原種の血統であるマザードラゴンのラフィアは誇り高く、認めた相手しか背に乗せない。それが例えリーシェッドより強いコルカドールやミッドフォールであっても同じこと。リーシェッドを主と認めたならその一人以外は全員積荷扱いだ。アンデットになって多少緩くなっても、本心では仲の良いシャーロットすら乗せたくないのである。

 そんな調子で山の中腹まで上がって来たリーシェッド達だが、とうとう一歩先も薄れてしまう濃霧の中で倒れ込んだ。


「はぁ……ちょっと、寝るか」


 倒れた拍子にコルカドールの寝顔が横に並ぶ。抱き枕にしたいと零していた彼の顔を思い出して、おもむろに彼の頭を抱き寄せる。


「ふっ……先に……抱き枕にしてやったぞ」


 霧に冷えた地面に倒れた二人は息を合わせるように深い眠りに落ちていく。辺りに何者かの気配があるのは気付いていたが、そんなことはどうでもよかった。リーシェッドの鼻をくすぐる少年の柔らかい香りが、抗えない安心感を与えていたのだ。







「下がるんだリーシェ! タルタロス前へ!」

「ぐっかはぁっ!! タル、タロス、頼む!」


 半身を失ったリーシェッドへ巨大な拳が襲いかかり、入れ替わるように前へと立ったタルタロスがそれを炎鐵で相殺していく。

 轟音と共に余りにも巨大な憎悪が仰け反ると、大技で追撃を仕掛けるオオダチとセイラ。空を舞うガルーダが敵の四肢を巨大な羽根で射抜くことでようやく尻餅をつかせた。


「行けるねリーシェ!僕に合わせて!」

「うぬぅ!!」


 ミッドフォールの影が敵の腕を地面に縛り、リーシェッドの闇が足を縫い付ける。何日もの戦闘の中でようやく数秒の拘束に成功した。


「コル! 今だ!」


 最後方で淡く光を放つ傷だらけのコルカドール。誰もが彼の名を叫び、終焉の一撃をその目に焼き付けた。

 溜められた力の解放と共に世界を飲み込むのではないかというほどの光をその身に纏ったコルカドールは、カッと目を見開いて笑った。そして、巨大な敵を中心に規格外の聖域を発動させて浄化する。


「さぁ、僕と眠ろう」


 彼が指揮者のように指を振るうと、足から腕、そして胸から頭と少しずつ消滅させていく。魔界の大地を揺さぶりながら、その身を犠牲にして悪意を飲み込む神の子。聖王コルカドールは完全勝利の旗を掲げた。







「………………シェ……」

「んん……」

「リーシェ…………きて」

「ん……コ、ル?」

「んちゅっ」

「んんんんーっ!?!?」


 リーシェッドの意識が戻った時、眠っていたはずのコルカドールは彼女の唇に自身のそれを重ねていた。微睡む視界で暴れるリーシェッドは闇雲に彼の頭を掴んで引き離し、盛大な前蹴りでコルカドールを宙に舞いあげた。


「なななな何をしとるのだこの強姦魔!!」

「だって起きないからさ? 王子様のキスでお姫様は起きるって聞いたことがあるんだ。成功だね」

「なぁにが成功だ馬鹿たれ!! この!! 馬鹿たれ!! この!! あぁっ!!」

「痛い痛い」


 地面に落ちて来たコルカドールを何度も踏みつけるリーシェッド。それを見ていたペティ・ジョーは腹がよじれるほど大笑いをしていた。

 ひとしきりコルカドールをボコボコにしたリーシェッドは、服を払って辺りを見回す。いつの間にか霧が晴れて、森も無くなっていた。代わりにそこにあったのは広い岩肌と石造りの祭壇である。


「ここは……?」

「君が寝ている間に目的地に着いちゃったんだよ。随分険しい顔していたけどなんの夢を見てたの?」

「それは……どうでもよかろう」


 魔神との最終局面で見せたコルカドールの笑みを思い出して、目の前の強姦魔に重ねるのが不愉快だったリーシェッドは唾を吐く勢いで顔を逸らした。まだ残る唇の感触に心臓が勝手に暴れることがさらに不愉快で、ついでとばかりにコルカドールを蹴り上げる。

 それでもピンピンしているコルカドールは、立ち上がるや否や祭壇に登って振り返る。


「リーシェッド、君への依頼はこの先にある。さあおいで」


 手を差し伸べられ、引き寄せられるように祭壇に立つリーシェッド。繋いだ手をそのままに、コルカドールの魔力が祭壇に注がれる。

 光に包まれたリーシェッド達は、眩しくて目を閉じる。

 そして、次に瞼を開いた時には全く知らない土地に立っていた。


「なんだ、ここは……」


 辺りに山肌どころか木々すらない。それどころか色んな古代種の魔物が暮らす街並みが広がっていて、幻ではないリアルな賑わいを見せていた。


「あら?」

「え、お前……ラフィアか?」


 隣りにいたはずのスカルドラゴンは黄金の鱗をその身に纏い、失ったはずの張りのある透明な声を出していた。何が起こっているのか分からないリーシェッドは混乱しながらラフィアの頭を撫でてみる。


「コル……ここはどこだ」

「魔界の隠された土地。魔王以外の統治者がいる狭間の世界だよ」

「狭間……」

「ラフィアは統治者の影響を受けて生前の姿に戻ったんだろうね」


 何がなにやらと、考えるだけ無駄だと悟ったリーシェッドは目の前にあるものを受けいることにした。聞いて理解するより、自分の目を信じる方が早い。

 コルカドールはリーシェッドの前に立ち、満を持して依頼を口にした。


「リーシェッド、君にはここの統治者であるフェニックスの羽を手に入れてもらうよ」


 その言葉に、リーシェッドとラフィアは驚きを隠せなかった。

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