六話 酒はほどほどにな

「たったこれだけなのか!?」

「一体の討伐なので妥当かと」


 そういって、受付台に並べた銀貨を小袋に詰めた炎の精霊はリーシェッドへとそれを渡した。

 苦労してフレイムヘイトを発見し、何とか一匹倒すことが出来たリーシェッド一行。しかし、フレイムヘイトはまだまだいろんな墓に眠っているとの事。討伐数によって報酬が変化する事を見落としていたリーシェッドは、また山を登って一から墓地を巡ることを想像して心が折れた。


「もうそれでよい。晩飯くらいにはなるだろ……」

「おいおいお嬢。晩飯にいくら使うつもりだよ。銀貨三枚分なら半月くらいは贅沢に生活出来るぜ」

「そうなのか?」


 外食どころか食材を買いに行くことが少ないリーシェッドは、あまり金勘定に詳しくない。それこそ、国を動かす資金の運用ばかり横で見ていたせいか金貨以下の使い方がイメージ出来ないのだ。お小遣いですら別のメイドに管理させていた。

 三人が一度外に出ると、空は鉛で埋め尽くされたように黒くなっていた。夜になると火山から黒煙が登り辺り一面に広がる。星は見えないが、その分街の灯りは絶やさないため随分明るかった。


「さて、約束を果たしてから城に戻るか」

「約束だぁ?」

「ブタ、シャロンと飯が食いたいのであろう。我は外してやるからさっさと行ってこい」

「待ちなよ!」


 リーシェッドがどこかへ歩きだそうとすると、ボルドンは急いで止めた。


「何だ?」

「なんだなんだ他人行儀じゃねえか。俺達はもう仲間だろ。お嬢も一緒に酒を呑もうぜ!」

「仲間? 我とお前がか?」

「そうさ、あんたにとっては民の一人かもしれねえがよ、小っ恥ずかしいが俺は初めてパーティーを組んだんだぜ? 誰がなんと言おうと、背中を預けたあんたは大事な仲間だ!」

「…………そうか」


 仲間という言葉に、リーシェッドはしっくり来なくて首を捻る。彼女にとってシャーロットは家族。後は従者でしかない。同じ魔王の六人もライバルと呼ぶのが正しく、明確に仲間と呼べる者はまだいないのだ。

 納得はいかないが、何となく言い分として理解したリーシェッドは腕を組んで向き直った。


「仕方ない。仲間になってやろう。我が呼び出したら地の底まで駆けつけ、命の限り尽くせ」

「……そりゃ奴隷じゃねえのか?」


 どちらもよく分からないといった様子で、横に立つシャーロットは微かに頬を緩めた。






「だーかーらー! ブタはもう少し立ち回りを考えろバカぁ! 武器を振り回せば勝てるなんて雑魚の考えだろ! だからオークゴッドになれないんだぞもー!」

「お、オークゴッドってなんだぁ??」

「知らんわそんなもん!!」

「おいお嬢、ちょっと飲み過ぎなんじゃねえか? ほら水飲め水」

「我に口答えするなブタぁ! お前は魔法も使わんし戦闘舐めてんのかこらぁ〜も〜!」

「あいたぁ!! し、シャロン何とかしろ!」


 半分しか目の開いてないリーシェッドは、机の上に足を乗せ向かいに座るボルドンの胸倉を掴む。魔王の力で頭を殴られたボルドンは溜まったものでは無いと助けを求めた。


「実は、酒を飲んだのは初めてでして。とても興味深いですね」

「先にそれを言えよ!!」


 ボルドンが叫んだ瞬間、リーシェッドは糸の切れた人形のように崩れ落ちた。先程の荒れ具合が嘘のように、容姿相応の可愛らしい寝顔で眠ってしまった。

 受け止めたボルドンはそのまま元の席へ戻し、シャーロットが膝枕をして寝かせることにする。

 静かになった酒場には他に客はおらず、いつの間にか閉店も近い時間になっていた。やっとの事で酔っ払いから開放されたボルドンは、大きなため息をついて手元の酒を飲み干す。


「こんな酒も飲めねぇ子供が魔王なんてな。魔界も世知辛いもんだぜ」

「そうですね」

「シャロンはコイツに仕えて長いのか?」


 問いに、シャーロットは少しの無言を返した。彼女がリーシェッドの世話役として仕事を受けて、まだ二百年にも満たない。当時の記憶を蘇らせるのも昨日の事のように簡単だ。

 ただ、余り良い記憶ではなかった。


「この子は、人間に生まれた方が良かったのかも知れません」

「なんだ突然」

「生前から魔術の才に溢れ、必然的に戦いに身を置く道しか残されておりませんでしたが、本来はただただ優しいお方なのです」

「…………」

「それが何の因果か、不死となったせいで何度も死と蘇生を繰り返し、強大な力を所持しているせいか敵もまた強大。何も分からぬまま魔王と称されて身の丈に合わない生活を強いられております。この子の人生、『楽しい』が余りにも少ない」


 頬の熱さを誤魔化すように、膝の上で眠る女の子の髪を撫でる。

 シャーロットはずっと見てきた。前進しか知らない不器用で無知な【お嬢様】を。だからこそ普通に友を作り、笑顔で溢れる生活を与えられてあげられればと強く思うのである。


「まぁ、いまさら王を投げ出すこともしないでしょうね。意思の強いお方なので」

「……あぁ、俺には詳しくはわかんねぇがよ」


 ボルドンは、俯いたシャーロットを指さした。


「こんなに想ってくれる奴がいるなんて、幸せじゃねぇわけがねえぜ?」

「ブタ……」

「ここでブタ呼び!?」

「すみません。こういう雰囲気は苦手でして。控えてください」

「おめぇが作った空気だろ!!」


 しんみり空間はどこへやら。ボルドンとシャーロットは閉店まで冒険者としての昔話で盛り上がったのであった。




 ボルドンと別れを告げたシャーロットは、いまだ眠る小さな主をおんぶして町から遠ざかっていく。


「ん、ん〜……シャーロット?」

「起きましたか?」

「あぁ、でも身体が重い」

「では、しばらくこのままで」


 黙って歩く。背中の少女が静かになりまた寝たのか気にしつつも、シャーロットは星の見える辺りまで歩みを進めていた。

 不意に、頭に触れる優しい感触。シャーロットは歩きながら、それが何なのかを理解した。


「……リーシェッド様」

「シャーロット」


 随分、懐かしい声色だった。


「ありがとな」


 短く切られたその言葉。何に対してと口にしていないのに、シャーロットには伝わった。


「いえ」


 星が大地を照らす道。シャーロットの表情は相変わらず堅いままだったが、ほんの少し、主を抱える手が震えていた。

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