五話 墓だからって死に急ぐ必要はない

「シャロン! お嬢! やっぱりこの穴で間違いねぇぜ!」


 シャーロットとリーシェッドが待機すること数分、先に洞窟に入っていたボルドンが帰ってくることでようやくそれは解かれた。


「遅いぞブタよ。今度こそ正解だろうな」

「間違いねぇ。死霊の匂いがプンプンしやがるぜ」


 そう鼻を擦るボルドンに、リーシェッドは疑いの目を向ける。実はこれで三回目の「間違いねぇ」だった。

 今回の依頼は炎霊フレイムヘイトの討伐。火山の中心に向けて掘られた複数の洞窟墓地に潜むフレイムヘイト。この地で絶命していった者の怨念が集合し、強力な悪霊となって悪さをしているから退治して欲しいというものだった。

 このフレイムヘイト、そもそも探す事が非常に難しい。普通の悪霊の気配と違い、火山の自然魔力を吸収しているため精霊に近い魔力含んでいる。それを多すぎる墓穴からしらみ潰しにするしかないせいで、戦闘前に疲弊してリタイヤする冒険者ばかりであった。


「リーシェ様。どう思いますか?」

「んー、入らないとわからんな。入口からでは相変わらず精霊みたいな気配しか感じん。フレイムヘイトの魔力なぞ感じたこともないから見当もつかんわ」

「なるほど」


 何がなるほどなのかと、リーシェッドは無駄足ばかりで少し苛立っていた。


「おいブタ。先頭は我が引き受ける。お前は後ろから着いてこい」

「おいおい、いくら他国だからといって魔王を盾にするヤツがあるかよ。さっきまでと同じようにシャロンか俺を前にしろ。というか俺を前にしろよ。なんでずっと最後尾なんだ?」

「口答えするなブタ。我の勝手だろう」


 そう言って、リーシェッドはずんずんと一人中へ入っていった。それを追うようにシャーロットも暗闇へ消えていく。残されたボルドンは肩を竦め、後に続いた。


 洞窟内で暗いのは入口だけ。少し進めば火山鉱かざんこうという炎のクリスタルが群生していて、その光で昼間のように明るくなっている。一部では『大地の太陽』と呼ばれ、装飾品としてそれなりの価値があるとか。

 そんな光に包まれながら、野生のファイヤーリザードを拳撃であっさり退けていくリーシェッド。やっと魔王の戦闘姿を拝めたボルドンは感服して眺めていた。


「流石は魔王様だな。ファイヤーリザードを数十体一人で倒して息も切らしてねぇとは。かの大森林の獣王を見ているみてぇだ」

「あんな格闘馬鹿と一緒にするな。我は魔術師、ネクロマンサーだ」

「魔法拳士なのか?」

「違う。ロッドが使えないだけだ」

「やっぱり闘士じゃねぇか」


 真相は、本人すらよく分かっていない。

 奥に進むに連れ、どんどん熱が上がっていく。死者であるリーシェッドとシャーロットには問題ないが、生者であるボルドンはどんどん体の水分が搾り取られていた。


「炎をレジストする鎧を着ててもこれだけ暑いのか。ここはとびきり深い穴だな」

「おいブタ」

「あぁ?」


 振り返ったリーシェッドは、ボルドンに向かって一つの魔法を唱える。その瞬間、彼の体を紫色の魔力が包みこんだ。


「な、何だこれは……暑くねぇ」

「【死霊の法衣】だ。気系の熱や冷気、毒なども防ぐ。ただし、物理的に与えられるものは防げんから注意しろ。あとこれも飲んでおけ」


 リーシェッドはポケットから一つの黒いポーションを取り出して投げる。普通のポーションは青や赤。黒など見たことも無いボルドンはやや顔を引き攣らせた。


「そいつは我が作ったアンデッドポーション。一度だけ絶命しても蘇る。生身の肉体がどの程度で死ぬのか忘れたからな。ただの保険だ」

「そんな貴重なものまで! おいおい、ちと過保護過ぎねぇか? 俺だって歴戦の冒険者だ。そこまでお荷物に見えるか? 舐めすぎだ!」


 手厚い介護は時に、戦士のプライドを傷付ける。しかし、そんなことはどうでもいいとリーシェッドは歩き出した。

 物申してやろうとリーシェッドに近付こうとするボルドンを、シャーロットは手を出して制した。


「どけシャロン!」

「気持ちを汲み取りなさいボルドン」

「お前も冒険者だったのなら分かるだろ! 俺は強者でいることを否定されているんだぞ!」

「強者であろうと、死ぬ時は死にます。それを彼女は身を持って知っているのです。ご家族の死をもって」

「…………」


 シャーロットの悲しげな瞳に飲まれ、ボルドンは息を飲んだ。

 リーシェッドの家系は魔界でも広く知られていた死霊術士の名家。その実力はどこへ行っても一目置かれているほどだった。

 しかし、当時の魔界を恐怖に陥れていた魔神によって呆気なく全滅させられた。最後に殺されたリーシェッドは全てをその目で見ていたのだ。上には上がいる。それは何のきっかけもなく唐突に訪れてしまうということに。

 両親の強い念と、奇跡的に残った肉体のお陰で不死者として生き返り、力を蓄えて七人の魔王と魔神を消し去ることが出来た後も、塵と化した両親は生き返らせる事が出来なかった。家族を失う気持ちは死ですら拭えないと知っていた。

 何度死んでも、忘れることはない。


「そうならそうと始めから言えよな……」


 ボルドンは気まずそうに目を閉じる。瞼の裏には、愛する妻と子供たちの笑顔があった。


「おいブタ、最深部だ。気を引き締めろ」

「任せときな。お嬢が出る幕もねぇよ」


 ボルドンはいつもより集中して戦闘に繰り出した。

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