第29話 Fairy Sweets

 四人ほぼ同時にオレンジペコーを口にすると、平井お嬢様の口が開く。

「つまり瑠夏は、自分に取り憑いたウンベルト氏の為に喫茶店を開きたいと。そちらの青田さんとご一緒に」


「そうです。それに貴族院選挙の時の功績はすべてウンベルトのおかげです。こんなこと申し上げても信じてくれないから黙っていましたが……」


「でも、父の劣勢を分析し、それをウンベルト氏に向かって助言を求めたのも貴方。そして、それを実行したのも貴方……でしょ?」

「そ、それは……」


「選挙は候補者一人の人望やカリスマでは為し得ません。多くのスタッフによる分析、最善の判断、そして、それを実行する行動力です。少なくとも瑠夏はその二つは持っていますわ」

「で、ですが……」


「まぁそれは置いといて、ところで瑠夏、貴方はどんな喫茶店をお作りなさるおつもり?」


 そういえば、漠然ばくぜんと喫茶店ってだけで、どんなモノかはまだ聞いていなかったな。先生方のような喫茶店ではダメなんだろうか?

 意を決したように、織音さんの口が開いた。


「『スィーツカフェ&バー』。女性用、いえ、女性専用のスィーツもお茶も、そしてお酒も楽しめるお店です」

「へぇ~」

 そうなんだ。おっと、思わず声が出ちゃった。


「瑠夏、バーってことはお酒も出すのよね。それこそ朝から深夜まで営業するの?」

「いえ、ターゲットは主に帰宅途中のビジネスレディーです。居酒屋のような雑踏あふれる雰囲気ではなく、バーのような薄暗く敷居の高くない、気軽によれてスィーツもお茶も、そしてお酒も楽しめるお店です」


「なぜ、その発想になったの?」

「同人誌の感想を送った時に、色々と意見を聞いたのです。夜は意外と女性が気軽に立ち寄れるお店はないですからね」

「そういうこと……」


 そこまでやっていたんだ。同人誌を書いている人ってごく一部のプロを除いて昼は普通にお仕事をしている人たちだから。


「もちろん資金面や土地建物はまだまだ未定ですが……」


 平井お嬢様は眼を閉じてなんか考えている。

「瑠夏、よく聞いてちょうだい。貴方のようなお店はこの近くに、いえ、もしかしたら中須商店街にできるのかもしれないよ」

「えっ……」


「これでも貴族院議員の事務所に名を連ねる人間よ。支援者の方々からの噂は毎日のように入ってくるわ。『Dragon's Tail』の支店成功に気をよくした首都のお店が、虎視眈々とこの地を狙っているのよ。ただでさえ我が市は喫茶店王国ですからね」

「そ、そんな……」


「この辺りで土地か空き室を探しているって、不動産を営んでいる支援者の方から寄せられたわ。私がお茶好きだから話してくれたの。そのお店の名は


『Fairy Sweets(フェアリースィーツ)』」

「フェアリー……スィーツ」


「私もお店のホームページを見たけど店内は明るく、そうね……『ボイジェン』のコンセプトカフェみたいかしら? 女性向けで手軽に入店できるたたずまいね。お酒は別料金だけど、定額でスィーツもドリンクも食べ放題、飲み放題のバイキングのお店。正に瑠夏、貴方が考えているお店に近いわね」


「……」

 ただでさえ青白い織音さんの顔が白くなっている。


「誤解しないでね瑠夏、貴方に含むところはなにもないのよ。あくまで情報提供。それ以上でもそれ以下でもない。お望みならそのお店について調べてもいいわよ」

「……」

 織音さんはうつむいたまま微動だにしない。今にも倒れそうだ。


「なんにせよ瑠夏の本心が聞けただけでも今日は収穫がありましたわ。青田さん、”身内”のゴタゴタにお時間を取らせてしまって申し訳ありません。あと、私のマティルデ、そして戸辺のマリーが不快な言葉を申したこともお詫び致します」

「あ、いえ、そんな、こちらこそマルゲリータが暴走しまして、申し訳ありません……」


 貴族院議員の娘なんて、それこそ権力をかさにきて好き勝手やるイメージだけど、そんなことないんだな。

 もっとも、今では議員本人のみならず身内の失言でもSNSであっという間に広まって炎上するから気を使っているのかな。


 このままお開きになったけど会計時、私が

「あ、自分の分は払います」

 戸辺さんが

「いえ、有権者の方からの意見交換会ということで、経費で落とします」


 帰り道、無言の織音さん。私もなんと声をかけたらいいかわからない。

 生き馬の目を抜く首都で勝ち残ったお店と、素人同然の人間が考えたお店。織音さんには悪いけど勝敗は明らかだ。


「すいません青田さん、ちょっと考えてきます」

 いつもどおり別々でお店に戻るのだけど、その様子がちょっと違う。


「あ、あの……」

「大丈夫ですよ。むしろゼロから考えるいいきっかけになりましたから……」

 淡く微笑むその顔は、夕日を浴びても白く見えた。


 ――ある日曜日。


”プルルルル!”

 仕事が終わり、フリース姿の私は、ノートパソコンでいろいろな喫茶店の情報を集めていると、携帯が鳴った。

 織音さんかな? アレ、お店の番号? 先生かな?


「はい、青田です」

「ごめんねぇ~青田さん。スワン、白鳥よぉ」

 白鳥さん!?


「お疲れの所申し訳ないけど、今よろしいかしらぁ?」

「あ、はい、どうぞ」


「電話ではなんだから、悪いんだけどぉ~下までお願いできるかしらぁ~?」

「はい、わかりました。すぐ向かいます」

 椅子から立ち上がりドアへ向かうと


”ビッタァァァァ~ン!”


 イタタタタ……。

 えぇ!? なにもないのになんで転ぶの?

(貴女! その格好で殿方の前に出るおつもり!?)


 おお、そうだった。イカンイカン。お店ではおじさんおばさん相手だから、織音さん以外の殿方とは久しく会っていなかった。


(全く世話が焼けるわ。少しはマティルデが取り憑いた、あの貴族院議員のご令嬢を見習いなさい!)

”ふん! こちとら庶民の出だい!”


(この世界では庶民が議員になるんでしょ! ほら、さっさと着替えてお化粧する!)

 だんだんお嬢様がおつぼね、いや、おしゅうとめさんみたいに思えてきた……。


 パーティードレスではなく、こんのワンピース姿でお店まで降りると、テーブルには白鳥さん、目黒さん、乾さん、そして隼さんが座っていた。

 皆さんそれぞれ白、黒、茶色、そして黄色のタキシードをまとっていた。


 あれ? 日曜の夜はバーはお休みのはずじゃ。

 それに織音さんは?

 白鳥さんが椅子を引いてくれて腰掛ける。


「あ、ありがとうございます」

「いえいえ、どういたしまして、それじゃ、私が口火を切らせてもらうわね」

「あ、はい」


「青田さん、貴女はカルラ、織音と何かあったのかしら?」

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