第42話 旅立
俺の記憶を導くように、夏見は淡々と、俺たちが出会った頃の出来事を時系列順に語る。
内容は惨憺たる悲劇だったが、穏やかな暖かい風と舞い散る花びらのせいで、悲惨な過去が優しい子守唄のように聞こえた。
「
「……なぜですか」
ほじくり返すのが嫌でずっと避けていた疑問を、今ようやく投げる。
今ならお互い、冷静に傷に向き合える。
「私も人並みに、混乱していたのだよ。日和の死をお前のせいにしたかった。お前を憎みたかった。苦しむお前を見て、密かに溜飲を下げていたのだ」
夏見はさらっと懺悔した。
「だがお前が一人で東京へ行ってしまった後、後悔した」
その言葉に、俺はドキリとした。
話が核心に近付いている。
「寂しい、と思ったのだよ」
俺もだ。思わず口に出しかけた台詞を飲み込んだ。
「私にとってお前は、血の繋がらない弟のようなものだった。憎もうとしても憎みきれなかった。日和の思い出を共有できるのは、今となってはお前しかいない」
一人、東京で想像を巡らせた。
夏見は本当は日和を殺した俺を憎んでいるのだろう、と。夏見は表だっては俺を責めなかったし、俺たちは喧嘩をしたことは無かった。
想像は半分当たりで、半分外れだったのだ。
ああ……実際の現実って奴は、なんて酷く優しいのだろう。
「憎んでくれて、良かったのに……」
日光を遮っていた雲が、頭上を去った。
明るい陽射しが俺たちを包み込む。
俺と夏見の間には数十年ぶりに和やかな空気が流れていた。
「お前は私の家族だ、優。ハル君を追いかけて新京都へ行くのは構わないが、きちんとイズモに帰ってこい」
「……ああ。土産を買ってこれるか、分からないけどな」
ずっと黙って俺たちの話を聞いていた
「晴れてきましたね」
夏見の許可も取り付けたことだし。
俺は、荷物をまとめて新京都へ向かうことにした。
イズモと新京都の間は一か月に一回、定期便でバスが運行している。それに乗せてもらって、平和に一般人の振りをして新京都へ行くつもりだ。バスの護衛にイズモCESTが付いているが、今回そちらには「神崎優は休み中なので緊急以外は仕事しない」と伝わっている。
バス停には、葵さんが娘の葉月と一緒に見送りに来てくれた。
葉月はすっかり元通り、元気になった様子だ。
「優さん。絶対にハルちゃんを連れて帰ってきてね!」
「頑張るよ」
葉月は俺に激励をくれる。
ハルの奴、良い友達を持ったじゃないか。
乗客の列の最後尾で、バスに乗り込む直前、息を切らせてリュックを手に私服の青年が飛び込んできた。
「待ってください! 俺も行きます!」
「
俺は呆気にとられる。
博孝は、作戦中に勝手な行動をしたせいで謹慎になっていたはずだった。
「司令には、許可をもらっています。というか、司令が神崎さんを護衛しろと……」
「なんだよそれ」
思わず、博孝と幼馴染の葉月の方を見る。
葉月は笑って手を振った。
どうやら葉月と事前に話が付いているらしい。
「告白したんですが、振られました」
「へえ?」
「新京都から無事帰ってきたら、考えてもいい、と。その間に婚活して他の男を見つけるかもしれないけど、そうなったらゴメンね、と言われました」
「おいおい」
博孝の頭上に暗雲が漂っている。
こいつ、本気で玉砕してきたのかよ。
「
「あー、博孝。ちょっと
俺はバスの席に座りながら、博孝にうながした。
博孝は通信機器をポケットから取り出して、操作する。
「どうせ俺なんて……あ!」
予想どおりか。
本当にこいつらの恋愛って、可愛いな。
博孝が開いた画面には「待ってるから、絶対無事に帰ってきて。 葉月」と表示されていた。
「葉月……」
感動に打ち震える博孝から視線を逸らして、俺は遠ざかっていくイズモを眺めた。
「お前、適当なところで帰れよ。恋人が待ってるだろ」
「神崎さん」
「俺の戦いは、普通の人間にはキツイからな」
新京都は因縁の地だ。
いまだ行われている人間と悪魔を掛け合わせる実験。
竜になったハルが襲ってくる可能性も含め、俺の旅路には危険が伴う。
俺はいい。
だけど博孝たち、普通の人間は……
「いいえ、神崎さん。俺のようなイズモCESTのEXメンバーは、普通の人間ではありません。人間にESPを付与するUファクター、人間の第六感や霊能力といった超能力を引き出す薬は、
「!!」
「
博孝の説明に、俺は思わず座席の手すりを強く握りしめた。
夏見の奴、なんてことをしてくれたんだ。
人類と
「神崎さんがいなければ、俺は葉月と共に
「……馬鹿が。勝手にしろ」
「はい。勝手にします」
俺は手すりに頬杖をついて、目を閉じた。
博孝は荷物から携帯ゲーム機を取り出して遊び始める。
まったく何で男二人で旅になんか。どこかで可愛い女の子が加わってくれないものだろうか。
他の乗客が掛けた音楽がイヤホンから漏れだす。春の花をイメージしたJ-POPだ。
儚いピンクの花びらがすっと眼前を通り過ぎた気がした。
イビルフロンティア ―人魔共存戦線― 空色蜻蛉 @25tonbo
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