第34話 作戦

 いや、思考停止してる場合じゃない。考えろ神崎優。久しぶりってだけで、危機的状況なら今まで何度も乗り越えてきたじゃないか。

 

「敵は頑丈で攻撃が通らない……だけど何も、あのダンゴ虫を直接、攻撃する必要は無いんだ」

 

 俺は深呼吸して、黒麒麟ナイトジラフの弓を取り上げた。

 火炎戦車ファイアタンクに踏み潰されるまで、もう十メートルも無い。策を仕掛けることのできるギリギリの距離だ。

 

「いくぜ、本日二回目……"あけ天泣てんきゅう"!」

 

 手持ちの技の中で二番目に威力の高い矢を、俺は目の前の地面に向かって放つ。

 赤い光がゼロ距離で炸裂した。

 火炎戦車ファイアタンクの節足が何本か吹き飛ぶ。

 俺の足元まで地面が陥没し、クレーターが出来た。

 クレーターに突っ込んだ火炎戦車ファイアタンクがつんのめって止まる。

 

「よっしゃ!」

 

 狙い通りだ。

 俺は、クレーターに頭を突っ込んでいる火炎戦車ファイアタンクに向かって跳躍した。

 踏みつぶされるのを待つ必要はない。

 敵の装甲の上は、安全な場所だ。

 勢いよく装甲に着地する。

 

 火炎の名前の通り、足元の悪魔の装甲は、激しく炎がくすぶっている。

 しかし俺には関係なかった。

 悪魔イービルの力で全身を防御する。

 オーラのような、この力は、俺の全ての技の原型だ。種を明かせば、黒麒麟ナイトジラフの弓につがえる赤い光の矢も、この力を集約して作っている。

 勿論、初めから魔法の矢のような事ができた訳じゃない。

 最初の頃は普通の物理的な矢を使っていたのだが、悪魔イービルの力に本格的に覚醒して以来、矢を持ち歩くのが面倒になってしまった。

 

「"叢雨むらさめ"!」

 

 足元の悪魔の装甲めがけて、連続で同じ場所を狙って矢を打ち込む。

 雨だれ石をうがつ、なんとやら。

 何回もやれば穴が空くだろう。

 俺を振り落とそうと、火炎戦車ファイアタンクが身体をよじる。

 矢を浴びせた装甲の一部が凹んでいく。

 もう少しだ。

 しかし、唐突に手応えは消え、俺は空中を落下することになった。

 

「わっ」

 

 火炎戦車ファイアタンクの巨体は消え失せた。

 俺は穴の中に着地して周辺を見回す。

 

「危ないと思って転移で逃げた……?」

 

 辺りの地面は焼き焦げ、独特の臭気が漂っている。

 跳躍して自分の作ったクレーターから脱出すると、目の前の半壊した道路に、ちょうどイズモの支援車両が止まったところだった。

 博孝が車両のドアを開けて身を乗り出している。

 

「逃げなかったのか?」

「途中で引き返してきたんですよ! とにかく乗ってください!」

 

 俺は武器を亜空間に収納すると、支援車両に駆け寄って、車内に乗り込んだ。

 車の中には、さっき火炎戦車ファイアタンクの鼻先から助けた花梨かりんの姿もあった。自分のチームの支援車両に乗りそびれたようだ。

 運転席の竹中がアクセルを踏み込み、車両は急発進する。

 

「神崎さん、火炎車両ファイアタンクは五十キロメートル先に転移しています!」

 

 みつるがノートパソコンから目を離さずに言った。

 五十キロということは、数回、転移を繰り返せばイズモに入ってしまうということだ。

 博孝たちも、その可能性に気付いたのか、青くなっている。

 

『……諸君、聞こえるかね?』

 

 車内に備え付けられた一番大きなモニターに、映像が表示された。

 映像の中央には制服を着た男が静かに座っている。

 

『こちらは本部の夏見だ』

「司令!」

 

 にわかにテレビ会議が始まる。

 画面の端に小さく、他の支援車両に乗っている遠征チームの面々がライブカメラで映し出されていた。おそらく他の車両では、俺たちも同じように画面の端に映っているのだろう。

 

『先ほど報告は受け取った』

 

 夏見は両手を杖の上に重ねて、冷静な表情で言った。

 

『当初、火炎戦車ファイアタンクを罠に掛けてひっくり返し、ワイヤーで動きを止めて、黒麒麟ナイトジラフでとどめを刺す作戦だった。だが長距離転移をした火炎戦車ファイアタンクに作戦は頓挫し、イズモに危機が迫りつつある』

 

 黒麒麟ナイトジラフは、悪魔の超再生を止め、細胞を自壊させる機能がある。攻撃力の高い博孝や花梨が、黒麒麟ナイトジラフ火炎戦車ファイアタンクの柔らかい腹を攻撃して倒すのが、予定していた作戦だった。

 

『そこで、念のために準備していた作戦βに移行する……みつるくん、敵の転移位置は予測できたかね?』

 

 お得意の台詞「念のため」が夏見の口から飛び出す。

 みつるは手元のノートパソコンのキーボードを凄まじい速度でタイプした。

 

「はい、夏見司令。火炎戦車ファイアタンクがイズモに向かっていると仮定すると、出現ポイントはこの通りです」

 

 画面に地図が映し出された。

 イズモに向かって、赤い点がいくつも散らばっている。

 

「途中の通過ポイントを絞りこむには情報が足りません。イズモ直前なら、出現位置は確定するのですが」

『ならば確定できるイズモ直前のポイントで戦闘を開始する。そこが同時に防衛ラインになるだろう。もう、後には引けない』

 

 夏見の言葉に、遠征チームの面々から溜め息が漏れた。

 あの巨大な火炎戦車ファイアタンクがイズモの防壁にぶつかり、街に侵入すれば……。

 最悪の想像が今、現実になろうとしている。

 

火炎戦車ファイアタンクは、複数の悪魔が合体して生まれた。その結合を解除できないか、斎藤に抗生物質を開発させていたのだが、先ほどようやく出来上がったところだ。そちらに送るから、火炎戦車ファイアタンクに打ち込んでみて欲しい』

 

 斎藤って、保健室の斎藤先生だろうか。

 しかし抗生物質を火炎戦車ファイアタンクに打ち込めと言っても。

 

「装甲が頑丈過ぎる。また爆薬を仕掛けて腹を狙うのか」

 

 俺は腕組みして呟いた。

 みつるも浮かない顔をして言った。

 

火炎戦車ファイアタンクの転移の間隔が読めません。支援車両を最高スピードで飛ばしても、先回りできるかどうか」

 

 敵がポンポン転移しないことを祈るばかりだ。

 

「装甲は頑丈……いや!」

 

 何か考え込んでいた博孝が、不意に顔を上げた。

 

「口だ! 火炎戦車ファイアタンクの口の中を狙えばいい!」

「あ!」

 

 花梨が今気付いたように目を見開く。

 そうか。彼女を捕まえて飲み込もうとした時、火炎戦車ファイアタンクは頭部の口を開いていた。あそこは、抗生物質を打ち込むのにちょうど良い場所だ。

 

『何か餌でも置いて、口を開かせれば良さそうだな。そして、遠距離からピンポイントで奴の口を狙う必要がある……神崎、狙撃を頼めるか』

 

 夏見は画面の向こうから、こちらを真っ直ぐに見る。

 黒麒麟ナイトジラフの弓を持つ俺には、超長距離の狙撃も可能だった。

 

「任せてくれ」

 

 俺は気安く請け負う。

 吸血娘や特効馬鹿のお守りよりかは、断然、俺向きの仕事だ。

 

 

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