第32話 疑惑
俺は走りながら、遠くから近付く悪魔の気配に向けて弓を引き絞った。
「……"
赤い光の矢を空に向けて放つ。
途中で分裂した矢が四方に散っていった。
気配を頼りに適当に撃ったから、命中率はそう高くないだろう。しかし、多少は数を減らしたはずである。
「優さん、ハルさん!」
キャンプに駆け込むと、みつるが俺たちを見て声を上げる。
「待ち伏せするつもりが、逆に待ち伏せされたか」
俺は博孝に話し掛けた。
博孝は、俺の指摘に表情を曇らせる。
「まだ分かりません。たまたま悪魔の群れに行きあっただけなのかも」
「お二人さん、とりあえず
「竹中さん」
見た目はこのチームのメンバー最年長、体格の良いおっさんの竹中が、ごつい拳銃とコンバットナイフを手に割り込んだ。
「私も戦う!」
ハルは折り畳み式の警棒を取り出す。
新京都で訓練されていたらしく、ハルは武器の類いを一通り使いこなせる。
雑木林の向こうから、悪魔の赤い目が光っているのが見えた。
数だけは多い
「テレパシーで戦術支援します。指示する方向の群れをやっつけてください!」
みつるがノートパソコンを手に告げる。
敵の数が多いので、効率の良い殲滅方法を考えて指示してくれるようだ。
「みつるの指示に従って、散開!」
博孝が戦闘開始を告げる。
博孝と竹中とハルは、敵に向かって駆け出していく。俺は遠距離で戦えるので、みつるの隣に立って
俺たちはそれぞれ武器を携えて、戦闘に突入した。
百匹くらいの
「やられたわ」
「サポートチームの車両が襲われて、用意していた爆薬が使えなくなった」
爆薬が狙われたのであれば、敵がこちらの行動を読んで戦略的に攻撃してきている事は明らかだ。
「敵に作戦が漏れているのかもしれない」
博孝が苦々しい表情で呟く。
他の班のリーダーも同様に考えていたらしく、深刻な表情で頷いている。
「内通者と言えば、怪しい奴が私たちの中にいるんじゃない?」
花梨は剣呑な様子で言った。
「博孝、あんたのチームに最近、夏見司令のコネで入ってきた怪しい奴がいるじゃない」
「?!」
俺はサブリーダー役として打ち合わせに参加していた。
花梨の指摘に、他のメンバーの視線が俺に集中する。
「そいつ一体なんなの? ゼロナンバーの
「花梨、神崎さんに失礼だぞ」
「司令の知り合いだか何だか知らないけど、正体が分からないのに、信じられないわ!」
俺の素性は、博孝を初めとする限られたメンバーしか知らない。
敵意を向けられて俺は、どうしたものか悩んだ。
花梨以外の班長たちは、花梨ほど積極的に疑ってはいないが、俺を胡散臭い奴だとは感じているようだ。顔をしかめている。
「……俺の事が信じられるかどうかは、実際の行動を見て判断してくれ」
何か言い掛けた博孝を手で制止し、俺は静かに言い放つ。
「それよりもどうする? 作戦を続行するか、イズモに戻るか」
打ち合わせの本題に戻れと促すと、花梨は嫌そうな顔をしながらも、俺から視線を外した。
「……
爆薬は無いので、弱点を突くチャンスは失った。
しかし、未知なるユニークモンスターの情報を少しでも収集するのが後進のためだと花梨は主張する。
「だが我々が全滅すると、イズモに情報を持ち帰る者がいなくなる。撤退の判断は慎重にしないと」
他の班長が続いて意見を述べた。
ここで逃げ帰ることはできない、というのが全員の共通認識のようだ。
博孝たちは爆薬無しの作戦について話し合いを始めた。
会議の後、テントから出て博孝と歩きながら、俺は夜空を見上げて溜め息を付いた。
「どうしたもんかなー」
「シシャモですか?」
「ちげーよ」
皆で仲良くキャンプとはいかなくなったのは確かに残念だ。
しかし問題はそこではない。
「今夜中に、二回目の襲撃がある、と言ったらお前は信じるか?」
俺の言葉に博孝は目を見開いた。
「俺たちが油断している隙を狙って、ですか? 確かに二回目の襲撃があれば脅威です。皆、気を抜いてしまっている」
「先日のクラウドタワーの一件で、
「転移……?」
「空間を渡って、一瞬で距離を移動する。移動中は別の空間にいるから、レーダーにもESP能力でも察知できない」
一瞬で距離を詰めたり、別の場所に転移するといった能力を持つ悪魔は、ユニークモンスターか上級悪魔に限られる。
イズモCESTの一般的な隊員はおそらく、そういった転移能力を持つ悪魔との交戦経験が少ないはずだ。だから二回目の襲撃についても、致命的な危機が訪れる可能性は考えていない。
「……その話。もっと詳しく聞かせてください」
博孝が立ち止まって真剣な顔をする。
俺は肩をすくめた。
「いいけど、自分のチームのテントに戻って、飯を食いながら話そうぜ。この際、シシャモじゃなくて良いから。腹が減った」
会議って奴は、どうして参加するだけで疲れるのだろう。
戦う方がずっと楽だと、俺は思った。
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