第20話 生死

「冗談、ですよね……?」

「いいや、本気さ」


 単純な博孝ひろたかは、敵対していた最初の出会いが嘘のように、すっかり俺と打ち解けてしまっている。

 だが、それでは駄目なのだ。


「俺の半分は、純粋な悪魔イービルなんだよ、博孝。いつ暴走して人を襲いだすか、分からない。だから俺は、人のいない放棄都市・東京で一人暮らしをしていたんだ」

「……神崎さんは、何のために戦っているんですか?」


 先ほどハルに投げた問いかけを、博孝は俺の瞳を見つめて言う。

 きっと俺の瞳は淡い赤に輝いていることだろう。

 ここまでパカパカ景気よく悪魔の力を使って、補給しなかったツケが回ってきている。これ以上戦えば、俺は飢餓に我慢しきれずに仲間を襲うかもしれない。


「俺は、死に場所を探すために戦っている」

「……!」


 俺の答えに、博孝は絶句した。

 コマンドを打ち込んだ火器管制モニターが反転し、システムが再起動を始める。

 先ほどまでエラーの赤だった画面の色が、正常を示すスカイブルーに変わった。


「屋上へ行くか」

「……神崎さん、俺は」

「大事なものを見失うなよ、博孝。好きな娘を守りたいなら、迷わずに斬れ」


 博孝は反論を探して見つからなかったようで、黙り込んでしまった。

 一方、部屋の外にいたハルは俺たちの会話を聞いていない。


「何かあったのか?」

「別に。行こう」


 俺たちの微妙な空気に気付いて、ハルは声をかけてくる。答えて説明するのは面倒なので、俺は適当にごまかした。

 屋上までは、また徒歩で階段を上がる必要がある。

 天井付近から悪魔の気配と重苦しいプレッシャーを感じた。

 息を吸うのも緊張するような、独特の雰囲気が辺りを支配している。


 無言で階段を登っていると、博孝が思い出したように呟いた。


「妙ですね。皆、どこへ行ったんでしょう」

「んん?」

「二十階より上のフロアに勤務している人たちですよ。夏見司令によると、大半は各階の悪魔避けシェルターがある部屋に避難したそうですが」


 博孝の言う通り、五十五階より上のフロアには不思議なほど人の気配を感じない。

 しんと静まり返った廊下には俺たちの声だけがこだましている。


「……いやあああああっ!」


 不意に、屋上の方から悲鳴が聞こえてきた。

 俺たちは顔を見合わせると、駆け足になって最後の階段を駆け上る。

 屋上はヘリポートが設置されているが、白い線で敷かれた円の中にはヘリコプターや小型飛行機ではなく、同じ質量を持つカエルの化け物が鎮座していた。


 竹中の予想通り、ユニークモンスターのようだ。

 場合によっては上級悪魔よりも手強い、特殊な能力を持つ悪魔イービル


「敵影、視認。ユニークモンスターだと断定。仮に、大悪魔蛙ラージフロッグと呼称する!」


 博孝は、指令室から持ってきたヘッドセット型の通信機器に向かって怒鳴る。

 情報収集のため小型カメラや集音マイクなどを持ってきているのだ。


「これを。下がっていてくれ」


 俺は情報収集機器が入った鞄を、隣のハルに押し付けた。

 ハルは不満そうな顔で「嫌だ」と言ったが無視する。俺と博孝が前に出て戦う間、彼女に情報収集してもらった方が効率が良い。


「死にたくない……死にたくないっ」


 ラージフロッグの前には、悪魔に憑依されて操られた人たちが二列に並ばされている。彼らは順々に前に進まされていた。

 悪魔は図体の半分を占める巨大な口を開き、人間を次々と丸呑みにする。

 死に際で意識が戻ってきた人たちが、ラージフロッグの前で悲鳴を上げている。しかし、悪魔に憑依されていて身体は思うように動かず、自ら悪魔の口の中に飛び込むしかない。

 悲鳴を上げた人間を飲み込んだ後に、口を閉じて咀嚼する悪魔。

 その口元からはみ出た青白い手足からは、真っ赤な鮮血がしたたっている。


「止めろーっ!」


 悪魔が何をしているか、一拍おいてその光景を理解した博孝は激昂し、漆黒の刀を持ってラージフロッグに突進する。


「っつ、あの馬鹿」


 俺は舌打ちした。

 ああいったユニークモンスターに正面から突っ込むのは、悪手でしかない。


「うおおおおおっ!!」


 雄たけびを上げて刀を振りかぶる博孝に向かって、ラージフロッグは巨大な口を開けた。

 不気味なピンクの長い舌がうねり、すさまじい速度で博孝を薙ぎ払う。

 悪魔の前に並ばされていた人たちも巻き添えをくらった。


「だから言わんこっちゃない……"鳴弦"!」


 俺はすぐさま黒麒麟ナイトジラフの弓を取り出し、弦を弾いた。

 悪魔に憑依されていた人たちが音波にバタバタ倒れる。

 これで良かったのか分からない。

 倒れた人たちは悪魔に踏みつぶされるかもしれないし、俺たちの戦いの邪魔になる。だからといって、悪魔に操られたままだと絶好の人質だ。


「おい、博孝!」


 吹き飛ばされてタンクにぶつかり転がっている博孝に、俺は急いで駆け寄った。

 

「生きてるか、おいっ」

「神崎さん……」


 博孝は咄嗟に受け身を取ったらしく、意識はあるようだ。

 だが悪魔の攻撃で胴体を袈裟懸けに切られており、制服から血がにじんでいる。

 人間はもろい。

 アニメや漫画では致命傷を負った人間が立ち上がって戦闘を継続する描写があるが、現実は悪魔に一発でも攻撃をくらえば終わりだ。怪我をすれば集中力がにぶるし、動きにくくなる。


 血を吐き出しながら上体を起こす博孝の背中に手を回す。

 博孝は青白い顔で俺を睨んだ。


「俺は……神崎さんは、人間だと思います」

「何を言ってるんだよ」

「死に場所を探してるなんて、嘘でしょう。あんただって本当は、迷ってるんだ」


 図星を突かれて、俺は息を呑んだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る