第16話 危機

 自衛都市イズモで一番高い建物、クラウドタワー。

 その屋上のヘリポートに悪魔の巨体が着地する。

 衝撃でタワー全体が揺れた。


 その悪魔は大きなカエルのような姿をしていた。

 ぶよぶよと水気を含んだ身体。胴体の延長線上にある頭部には、ぎょろりと丸い二個の目。水かきの付いた三本指の手足。

 悪魔は図体の半分近くまであるガマ口をパカッと開く。

 口から複数のオタマジャクシのような悪魔が、次から次へ飛び出て、屋上の出入口に殺到した。

 途端に警報が鳴り響き、赤い非常灯が点滅する。

 オタマジャクシ型の悪魔は先を争うように階下を目指し、クラウドタワーの下へ侵攻を始めた。




 クラウドタワー二十二階、指令室。

 大小さまざまなモニターが並ぶ中、一部のモニターは砂嵐の状態となり、また一部のモニターは赤文字で警報アラートが表示されている。


「……屋上に異変発生。電波設備が破損し、外部との通信が途絶しました」

「各階のシェルター解放、避難を呼び掛けろ。電波設備を副系に切り替え急げ」


 夏見は落ち着いた声で指示を出す。

 混乱しかけていた室内は、彼の指示によって元の空気を取り戻した。

 状況確認と、各階の避難指示に忙しくする職員を見回し、夏見は手が空いている技術者に声を掛ける。


「対空設備を動かしたい。残しておいた非常用電源の供給回路を、対空設備に繋げる作業を開始してくれ」


 声を掛けられた技術者は驚いた顔をする。


「時間が掛かりますよ」

「構わん」

「分かりました。あ……五十五階の火器管制システムがダウンしてます。現地に行って一度手動で再起動しないと、リモートでも動かせない状態です」


 腰を上げて部屋を出ようとする技術者を、夏見は引き留めた。


「待ちたまえ。おそらく五十五階付近は危険な状態だ」

「え……?」

「五十八階の職員から連絡ありました! 悪魔がクラウドタワーの中に侵入したようです!」


 指令室は一気に緊張感を増す。

 鳴り響くアラート音が、余計に危機感を煽るようだ。

 夏見は両手を胸の前で組んで、どこか遠くを見るように呟いた。


「大丈夫だ」

「司令……」

「今回、我々には第一次EVEL対抗チームの、守護神が付いている」


 勘の良い職員は、夏見の言葉の意味に気付いたようだった。

 夏見はその場しのぎで適当なことは言わない。

 希望があることを確信したイズモCESTの職員たちは、可及的速やかにタワー内の設備の復旧作業を開始した。




 第二発電所を警護中の俺たちは、クラウドタワーの屋上に着地する悪魔を目撃する。悪魔の攻撃が始まったのか、タワーの上層部は照明が消えて赤いハザードランプが点滅していた。

 敵の目的は、防衛のかなめたるクラウドタワーだったようだ。


「本部からの通信、途絶しました……」


 ノートパソコンをのぞき込んで、みつるが沈痛な表情をする。

 博孝ひろたかは「くそっ!」と叫んで、トラックの側面に拳を叩きつけた。

 トラックのドアが丸く凹む。


「俺はクラウドタワーに戻る……!」


 顔を上げた博孝は、焦った表情で叫んだ。

 単純で沸点が低いこいつなら、命令を無視して引き返すだろうな。

 そしてその程度のことは夏見に推測できないはずはないのだ。

 なら、第二発電所にこいつを配置した意味は。


「それがいいだろうな。お前らはクラウドタワーに戻れ」

「神崎さん?!」


 俺の言葉に、みつるが驚いた顔をする。

 博孝も意表を突かれたような表情をした。


「第二発電所は、俺が守っておいてやるよ。さっきの射撃を見ただろ。何匹こようが、俺の敵じゃない」

「確かに神崎さんが残ってくれるなら心強いけど」


 チームリーダーとして自分の役割を思い出したのか、博孝は戸惑って言いよどむ。

 そこで意外にも竹中が口を挟んだ。


「旦那、博孝と一緒に行ってください。第二発電所の守りは、俺とみつるだけで十分だ」

「!!」

「旦那ほどの戦力をここに残すのは勿体ないんだよ」


 密かに、この場所で高見の見物を決め込もうとしていた俺は、予想外の反論に驚いた。せっかくのんびりしようと思っていたのに。


「俺の弓は建物の中じゃ使いづらいから、役に立たねえよ」

「謙遜は不要だぜ旦那。クラウドタワーの屋上に落ちてきたあの悪魔は、ユニークモンスターかもしれん。黒麒麟ナイトジラフの使い手は多いに越したことないだろう」


 竹中は冷静に言う。

 ユニークモンスターとは、上級悪魔以外で強敵になる、文字通り特別な個体能力を持つ悪魔のことだ。

 信頼できるチームの仲間から具申されて、博孝も揺れている。


「神崎さん……」


 チワワのような目で見つめられて、俺は降参した。


「ああっ! 俺も行けばいいんだろ! ついでにお前らの命令違反もフォローしてやるよ。それでいいか?!」

「はい!」


 段々、俺に向ける博孝の態度が、信頼できる上司や先輩に対するものになってきている。おかしいな……。

 俺は組織は脱退したし、胡散臭い悪魔の力を持っているのに、なんでそんな気楽に人を信じられるんだ? 


「じゃあ適当にその辺のバイクを借りましょう!」

「職権濫用だぞ博孝。それに見たところ一台しか無さそうだが……?」


 トラック運転は大型免許が必要だ。

 免許を持っている竹中は今回留守番である。

 そして駐車場には発電所の職員の通勤用らしい、中型のオートバイが一台、端の方に止まっている。


「二人乗りしかありませんね」

「マジかよ……」


 俺はげっそりした。

 何が悲しくて男と二人乗りせにゃならんのか。


 しぶしぶバイクに乗った俺と博孝は、交通規則は無視して最速でクラウドタワーの前に引き返した。

 クラウドタワーの玄関は騒然としていた。

 屋上の悪魔の襲撃で警報が出たからか、一般の職員が泡を食ってタワーの外へ避難を始めている。降りてくる人でエレベーターは使えないようだ。

 仕方なく非常用階段を登ることにする。

 

「指令室のある二十二階まで階段で登りますよ」

「二十二階……」


 空の彼方にかすむ目的地を見上げて、俺は心底うんざりした。


「……あいつら、これが嫌で俺に押し付けたんじゃないだろうな」

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