第五話 進路

 ウィタに大敗を喫してから数日間、マレスは喚き散らすでもなく憤るでもなく、ただ呆然としていた。空って青いなーとか天井に変な模様あるなーとか、傷心であろうと遠慮なく訪れる時間を無為に過ごすそんな日々。


「お、勇者さま元気~!?」

「ハハ、オハヨー」

「……ちぇ、つまんねー」


 そんな調子なのでいつしか勇者をネタにからかわれることは減っていった。


 自分は特別なのだと信じて疑わなかった。勇者の生まれ変わりである自分はきっと他人とは違うのだろうと夢を見ていた。事実、普通では有り得ない体験をしたことは確かである。


 しかし、例え非常識な強さを持つ豪傑の魂を受け継いだとしても彼は『彼』。どれだけ類い稀な才能を持ち合わせたところで磨かれなければただの石ころだ。


「ぼくに勇者なんて無理なのかなあ……」


 それを履き違えたマレスはふと、不安を吐き出す。


「馬鹿じゃないの?あなた」


 先日ウィタにも言われた『馬鹿』というワード。言い返す気力もない。

 

 マレスが声のした方に意識を向けるとそこには眉根を寄せるガレミアの姿があった。

 

「ちょっと来なさい」


 ガレミアは顎をくいっと廊下の方へ動かすと、その方向へ身を捻る。マレスは慌ててその後を追いかけた。


 しばらく淡々と廊下を進む二人。その沈黙に耐えられずマレスが口を開く。


「あの、ガレミアさ――」

「あなた、ティーゼスくんと勝負したんだって?」

「え、うん……まあ負けちゃったけどね。あはは……」


 下手な笑顔。あまり他人に心配されたくないマレスはしばしばこうやって笑顔を作る。


 しかしそれがガレミアの神経を一層逆撫でする。


「それで勇者を諦めるんだ。馬鹿みたい」

「ぼ、ぼくだって本当に勇者になりたくて……!」

「なりたくて、何?」


 ガレミアの目がぎらつく。


「あれ、見てみなさい」


 ガレミアが指差すは窓。その向こうにはひとり剣を振るい、汗を流すウィタの姿があった。


「ティーゼスくんの家は剣の道場なんですって。だから、あなたが剣術で負けたのは仕方のないことだと思うわ。でもね、きっと家でも剣の練習をしてるいるのに、彼は朝学校に来てからもこうやって時間を削ってるの。あなたにそれができる?」


 マレスは押し黙ったまま俯く。


「私だって当主になるっていう夢がある。……周りには言ってないけど賢者にも憧れてる。だからたくさん勉強してるの。それなのに前世がすごかったからって何もしてない人が同じ夢を語るなんて、私は耐えられない」


 あまりに遠すぎて距離も掴めない道を歩み続ける。夢を追うという難しさを彼女は知っている。


「あなたは私の恩人だから応援はするわ。でも、必死で夢を追う人の侮辱は私も許したくない」


 マレスの行いを侮辱と言い切るガレミア。彼女はそれだけを言い残して来た道を引き返していった。


 一人取り残されたマレスは今の言葉を反芻しながら、窓の外にいるウィタをその瞳からじっと離さなかった。



 しばらくして教室に戻って席に着いたマレス。その少し後にウィタも教室に入ってきた。


 二十人弱のこのクラスは横に五列、縦に四~五段の配置で机が置かれている。ウィタは中央の列の前から二段目、マレスはその左隣の列の最後尾だ。


 朝礼が終わり、授業が始まると各々筆記具や教科書を机に出す。ささやかなザワつきを残しつつ、レドリー先生が杖を取り出し黒板に図や文字を書いて説明する。メモを取ったり、質問をしたり、話を聞くふりをしたり。各々が授業に取り組む。普通の風景。


 それをマレスはひたすら観察した。


 ウィタは勿論、ガレミアや教壇に立つ先生、友人、あまり話したことのないクラスメート。


 ウィタは疲れた素振りも見せずに黙々と話を聞く。時折手を小さく動かすのは何かのイメージトレーニングだろう。


 ガレミアは凄い勢いで黒板の文字や先生の言葉を紙に書き写す。説明がない間も手が動いているのはさらに深い部分まで理解して書き込んでいるからだろう。


 夢なんてないはずの友人ですら、時々茶々を入れながらもそれなりに授業に向き合っている。


 ――ぼくは?


 大仰な夢を語っておいて、努力もせず、面倒なことは笑って誤魔化してきた。


 マレスは途端に孤独感に襲われた。


   *


 昼休憩。


 弁当を食べ終えたウィタは鞄を持って教室を出た。また剣の練習だろうか、そのまま出口のある方へ向かう。


「ウィタくん」


 それをマレスが呼び止めた。


「この前は僕が悪かったんだと思う。ごめんなさい」


 この前勝負をしてからというものの彼らは関わりがなかった。しかしその少年が突然話しかけてきて、あまつさえ謝ってきた。流石のウィタもたじろぐ。


「でね、その……またぼくと勝負してくれないかな」


 馬鹿だの偽物だの罵ってきた相手へのお願い。それは非常に屈辱的で、しかしマレスに必要なことだった。


 あの日は熱が入り、思わず口走ってしまって少しだけ気まずさを感じていたウィタだが、それでも彼はマレスのことが嫌いだった。


 ウィタはその真っ直ぐ向けられる視線を払うように背を向けた。


「勝手にしろ」


 ウィタは振り返ることなく返答する。


 そのまま遠ざかる背中を絶対に逃がさないようにと、マレスは彼の姿が消えるまで熟視し続けた。


   *


 終礼が終わり、てんでに帰り支度をする生徒たち。その中で一人、座ったまま浮かない顔をしている生徒がいた。


「なんであんな酷いこと言っちゃったんだろう……」


 机にぐったりとへたれてモゾモゾと動く様子はまるでとんがり帽子が喋っているようである。ガレミアは今朝、マレスに厳しく言ってしまったことを後悔していた。


(き、嫌われてたらどうしよう……)

「ガレミアさん、どうかされましたか?」


 様子がおかしいことに気付いたレドリー先生が声を掛ける。


(べ、別に嫌われたって構わないけど? でもまあ、ちょっと言い方が悪かったところもあったし……)

「ガレミアさん?」


 しかし思い悩むあまり彼の言葉が耳に届いていないようだ。


(よし! 謝りに行こう!)

「ガ、ガレミアさん!?」


 上の空の女生徒が突然立ち上がり、ものすごい速さで帰り支度を整えると嵐のように教室から出て行ってしまった。


「き、気をつけて帰ってください……」


 呆気にとられているレドリー先生は既に見えなくなったガレミアを見送った。



 さて彼はどこにいるだろうと探していると、ちょうど玄関から出ていくのが見えた。ここからなら声は届くはず。


「オ、オリゅ……ッ!」


 しかし呼びかけようとして盛大に噛んでしまった。顔が熱くなる。


 そんなことをしているうちに少年の姿が見えなくなっていた。ガレミアは急いで外へ出て彼の後ろ姿を発見すると、すぐさま追いかけた。


 柱や建物の物陰を縫って、機会を伺うように移動する。何度も話しかけようと試みるが、恥ずかしくてまた隠れる。その繰り返しをしているうちにやがて市街地、街の入口を抜けて林道に差し掛かった。


 この辺りになるとほとんど隠れられるものがない。ガレミアは意を決して物陰から呼びかけようと思ったその時、マレスが突然立ち止まった。


 慌ててもう一度隠れるガレミア。


 そしてマレスは人影を確認するようにきょろきょろと辺りを見渡すと、柵を乗り越えて森林の中に入ってしまった。


(えぇっ!? オ、オリユーズくん!?)


 森林は魔物の住処。その森に子供一人で入ることは極めて危険だ。


 ガレミアが困惑しているうちにマレスは奥へと進んでいく。


(と、とにかく追いかけなきゃ……!)


 ガレミアも柵を乗り越え、草木を掻き分けながらマレスが向かった方を目指す。ガサゴソ、と枝が邪魔でなんとか足を進めているとようやく視界が広がった。


 開けた空間には草木があまり生えておらず、その中央より少し奥側に大きな木が立っている。そしてその木の根元にマレスが座り込んでいた。


(何をしているのかしら)


 ガレミアが様子を窺っているとマレスはおもむろに護身用の木剣と先日トゥーリットから貰った杖を取り出した。そして木剣を手に取り、一人で素振りを始める。


 ウィタの見よう見まねに過ぎないが、マレスなりに強くなろうと考えたのだろう。


 不格好だが真剣だ。剣を降るたびに腰につけた鈴がリンと鳴る。


 木陰から見守るガレミアは結局謝ることはできなかった。


   *


 又の日の昼休憩の時。


「あ、オリユーズくん」

「レドリー先生こんにちはー」


 マレスは廊下でレドリー先生と出くわした。


「最近は頑張っているようで偉いですね」

「うん、ちょっと頑張ろうとかなーって。へへ」


 あれからマレスは授業も真面目に受けるようになっていた。それに気付いたレドリー先生は少し感動していた。


「そういえば英雄辞書にはオリユーズくんの目的の人物は載ってましたか?」

「あー、えーとね……」


 載っていた、が今のマレスはに頼ることを嫌悪していた。彼は『彼』として努力をしようと胸に決めていたのである。


「なかった! 気のせいだったみたい。あはは」

「そうですか。それは良かった」


 レドリー先生はまたも無遠慮な発言をする。もしそうだったら後々大変だろう、と彼なりに少年のことを想っての言葉なのだろうが、やはりどこかズレている。


「うん! 先生ありがとう!」


 しかし能天気な彼もまたズレていた。


   *


「うぐっ」


 ウィタの一太刀がマレスの腹部に直撃し、鈍い声が漏れる。いくら軟化するとは言え、当たり方が悪ければそれなりに痛い。


 剣術の授業。マレスはウィタに挑戦するものの、瞬殺。多少剣が手に馴染んできたとは言え、所詮は付け焼刃。素人の練習方法では道場で研鑽を積んできたウィタに勝てる道理はない。


「もう一回!」


 負けて、負けて、負けて、何度も負けた。挑戦した数だけ悔しさが心を砕こうとする。


 それでも彼はどうにかして変わろうと闇雲に立ち向かった。


   *


 そんな日を何日も続けてきた。今日も痛めつけられたマレスは大木の下で剣を振るう。


「くそっ、くそっ!」


 悔しさを剣に乗せる。マレスの思考ではどうすれば彼に勝てるのか分からなかった。それほどの惨敗。分かるのはウィタとのあまりにも広い力の差だけ。剣術のいろはは授業の説明で得た知識のみ。今はとにかくそれを頼りに剣を振り回すことしかできなかった。


 少し離れた草陰ではガレミアが黙視していた。表向きの理由は危険な場所にいる少年を見張るため、本音は早く仲直りしたいからである。あれからこうして毎日影から見ているが、蒼色の服装は草木と擬態して存外バレにくいようだ。


 じっといつ訪れるか分からない機会を窺う。一生懸命な彼を瞳に映す。


 いつものように剣の動きに合わせてリズムよく聞こえる呼気、そして腰元で揺れる――


(あれ、鈴は……?)



 ガサッ、ガサガサガサッ



 ガレミアから見て右奥方向。更地と森林の境の草木が激しく擦れる音。それとともに現れたのは八匹の魔物の群れだった。


 ――氷狼


 白と灰色が入り混じった獣毛をなびかせ、背中は氷晶のような突起で覆われている。霜のような吐息は草花を白く染め、その度に尖鋭な牙がこちらを覗く。突き刺すような眼光と低い唸り声が意味するのは目に映る人間への殺意。


 退くマレス。ふと、踵に何かが触れる感触がした。




(どうしよう、どうしよう……!)


 突然の非常事態に青ざめるガレミア。動揺。数週間前、魔人に出くわしてしまった時を思い出す。


 落ち着け。目を逸らすな。考えろ。


 ガレミアは自分に言い聞かせる。


 懐から杖を取り出す。魔法において相当の実力を持つガレミア。魔法での応戦を考える。だが魔物相手なんて想定したことがない。もしかしたら一匹や二匹なら撃退できるかもしれない。しかしそのあと、俊敏な彼らを対処することができるだろうか。


 ――できない。


 苦しそうに顔を歪めたガレミアはその光景から背を向けた。




 ――マレスが足元を見るとそこには自分の鞄が落ちていた。慌ててそれを拾い上げる。


 その間にも魔物の群れはじわりじわりと距離を詰めてくる。徐々に大きく聞こえる唸り声が恐怖をより駆り立てた。


 マレスは鞄に手を突っ込み、その手を魔物へ向けた。手には魔除けの鈴。魔物にとって好ましくない音と魔力を発するそれを前に魔物は僅かにたじろぐ。


 しかしこれはあくまでも魔物を近づかせないための道具。獲物を前にした彼らにとってはちょっとした段差程度の障害に過ぎない。


 一匹の氷狼が先頭を切る。


 地面を一蹴りして急加速。一気に距離を詰めると、少年からわずか数メートルのところで跳躍の姿勢をとる。狙いは首元。顔を傾けてグロテスクな口の中を見せつけるようにマレスに襲いかかった。


「っでァアッ!」


 鋭い軌道。しかしそれは鈍い打撃音とともに地面へと叩きつけられる。斜めに薙ぎ払ったマレスの剣が氷狼にクリーンヒットした。


 剣を練習してきたこと、魔物が直線的な動きをしたこと、そしてなにより以前魔人に襲われた経験がこのような状況でも彼の平常心をギリギリ留めさせていたことが幸いした。


 運悪く頭部に直撃をもらった氷狼は昏倒。動くことができない。しかし、それを合図とばかりに動き出す氷狼の群れ。彼らにも学習能力がある。今度は右に左にサイドステップを踏みながらの接近。


 魔物はおろか対人ですら経験が浅いマレスは駆け引きに弱い。その生物的な独特の動きに惑わされる。


 一匹が動いた。飛びかからず、地を刻んでマレスに突進する。


「っがぁ……ッ」


 反応が遅れたマレス。辛うじて剣で身を守るものの、肺の空気が全て押し出されるかのような重い衝撃を受け止めた反動で後方に大きく吹き飛ばされ、鞄と剣が宙に散らばる。


「う……ぅ……」


 よろめきながらもなんとか立ち上がる。結果的に距離を取ることになったが状況は依然最悪。剣は遥か前方に投げ捨てられ、全身を激しく打った影響で体が悲鳴を上げる。そして左腕からの出血と凍傷。すれ違いざま、魔物の爪が腕に届いていたのだ。


 血は止まらない。魔物も待ってくれない。恐怖が少年の心臓を掻き毟る。


(死ぬ、のかな……)


 絶望が視界を侵食する。


 だがその時、視界の端で太陽が反射して光る何かに気付いた。


(宝石……?)

 

 マレスは追想する。ガレミア家に招待されたその帰り、トゥーリットから渡された餞別。その後「あなたは危なっかしいから」と母に持たせられた二つの品。一つは懐にしまってある杖。そして鞄に投げ入れておいた、二つの赤い魔石。


 魔石は使い捨てだが魔力を込めて起動させると、一定の魔法と同等の効果を発揮する。言わば自衛の道具。


 マレスはそれを急いで拾い上げる。そして魔力を込め、迫り来る狼の集団へがむしゃらに投げつけた。


 魔石が魔物の目の前に落ちる。その瞬間、魔石に仄かな光が灯ると同時に、怒号のような大炎がそれを中心に燃え広がった。


『ギャオオオォォン!』


 避けきれなかった二匹の狼が呻き声を上げ、苦しそうにのたうち回る。避けた者たちも突然の攻撃と仲間が焦げてゆく臭いで進退窮まっている。


 残りの魔石はひとつ。対して氷狼は五体。


 状況は未だ不利。お願いだからもう来ないでくれ。マレスは心の中で叫ぶ。


 それに答えるように魔物が動く。答えは――拒否。


 無慈悲にも再びこちらを目掛けて向かって来る彼らを見て、マレスも魔石を振りかぶった。


「ぎ……ッ!」


 しかし神は残酷である。すでに満身創痍なマレスの体に走る激痛。腕が振り切れず、力なく放られた魔石は魔物の遥か手前で落ちてしまった。


 燃え盛る炎を悠然と避け、迫る魔物。


 マレスに残されたのは懐の杖だけ。それを取り出し魔物に差し向ける。魔物はその構えに警戒するように足を忍ばせて慎重に距離を詰める。


 マレスもそれに合わせて後ずさる。


 一歩、二歩、三歩、四歩。ドンと背中に何かがぶつかる。そこには大木がマレスの退路を塞ぐように立っていた。


 追い詰められたマレスはそのまま尻をつく。


 魔物はじりじりと歩を寄せる。


(死にたくない)


 この数日間、魔法の練習もしてきた。そのおかげで【灯】ができるくらいには成長した。


(死にたくない、死にたくない、死にたくない)


 重要なのはイメージ。考えろ。手本はさっき見た。敵を飲み込み、焼き尽くす炎。執念を象る業火。


 僅かに火の粉が舞う。


(生きるんだ。強くなるために)


 だが、つい最近まで生活魔法すら満足にできなかったマレス。ましてや子供の魔力量では氷狼を倒せるほどの戦闘魔法を撃てるわけがないのだ。


(だから――)


 火が燻る。


「ぼくは……ッ、進むって決めたんだァァァ!」


 ――カチッ


 息を吹き返すように杖を渦巻く火炎。それはあっという間に少年よりも大きく形を変え、激しい音を立てながら燃え盛る。


 飲み込み、焼け尽くし、執念を象る命の炎。


 杖の先を起点として円錐状に放たれたそれが前方の魔物を喰らう。


『ギャウンッ!』


 断末魔を焼き尽くすほどの威力。確かにイメージ通りにできたとは言え、道具ではなく自分の力だけで成したことをマレスは信じられずにいた。


 もちろん悠長にしている暇はない。


「よし、次も……って、あ……れ……?」


 杖が手から零れる。勃然と体の自由を奪う疲労感。マレスは抗うこともできないまま地面に崩れた。


『ガァルルァァァアッ!』


 好機と見た魔物たち。一斉に地を蹴る。確実に仕留めるために歩調を合わせつつ、それぞれの方向から接近する。


 既に意識も混濁してきたマレスはそれをただ眺めることしかできなかった。


 魔物との距離は幾許いくばくもない。あと五回も地面を蹴れば、その牙は少年の肉を噛みちぎるだろう。


 そして残り四歩。不思議と恐怖心はなかった。絶体絶命のこの景色がどうしてか優しく美しく映る。


 三歩。また母を困らせてしまう。ウィタにも結局勝てなかった。懺悔、後悔。どこからか流れてくる涙で土が湿る。


 二――



「ひぃ、ふぅ、みぃ、よ……やるな少年。よくぞ耐えた」


 

 突如、景色に横一文字の亀裂が入る。


 それはたった一振りの太刀であった。血よりも赤黒い紅蓮の斬撃で魔物は悲鳴を上げる間もなく絶命する。


 濛々と立ち込める焔を払い、そして現れる一人の人間。何か語りかけているようだったが、意識が徐々に薄れていくマレスはそれを聞き取ることができなかった。


 覚えているのは緋色の景色とクセのかかった長めの白髪、そして胸の温かみだけだった。

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