新しい生活を始めるなら「殺人可能都市」で

ちびまるフォイ

赤リングまでなら始められる既世界生活

「やぁ、こんにちは。君が私のボディーガードだね。

 聞いたよ。もともとはただの市民なんだってね。珍しいなぁ」


「これからよろしくお願いします」


「でも、どうしてボディーガードなんて選んだの?」

「一番、この都市で給料のいい仕事だったので」

「ストレートだね、きらいじゃないよ」


医者はニコニコしながら握手を交わした。

その手でどれだけの人の命を救ったのかと思うと感慨深い。


「君も知っての通り、この都市では人を殺すことは認可されている。

 裁判もされないし、逮捕されることもない。自由だ」


「やっぱりそうなんですね。怖くなってきました」


「あはは。大丈夫だよ、でも同時にこの都市の医療技術は最高峰。

 死んでも死んでも、必ず蘇生できてしまうんだよ」


「本当ですか?」


「こないだなんて、こっぱみじんに吹っ飛んだ体をつなぎ合わせ

 そこから命を吹き替えしたって人がいるくらいさ」


「こっぱ……」


「ま、それだけ医療が発達すると、私みたいな医者は狙われるんだよ。

 それは――」


「あぶない!!」


医者の後ろから現れた男が医者に中華包丁を振り下ろした。

とっさにかばって一刃を防ぐことができた。

あとは他のボディーガードが銃で男を瞬殺した。


「……とまぁ、医者がいる限り、殺人の死は訪れない。

 それだけに医者を殺して永久の死を取り戻そうとする

 過激派が私のところに来て後が立たなくてね」


「給料が高い理由がよくわかった気がします……」


「ま、君も頑張ってくれたまえ。

 仮に死んだとしてもすぐに蘇生させてあげるから」


ボディーガード生活が始まった。


殺人可能都市とのことで、

もっと人が人を殺し合う終末世界を想像していたが、

意外と普通でなんだか拍子抜けだった。


道では普通におばさんが井戸端会議しているし、

道行く高校生は当たり前に明日の遊びの予約をしている。


「驚いたかい? 意外と普通だったろう」


「はい。なんか……サイコパスみたいな人っていませんね」


「殺人が開放されると逆にみんな警戒するからね。

 それだけに殺しにくくなる。

 殺意を少しでも出そうものならすぐに察知されるんだよ」


「そういえば……さっきの人も殺意ムンムンでした。

 だから素人ガードの私でも気づけたんですね」


「そうだよ。今年はもっとも命を軽く扱う代わりに、

 命がもっとも安全と言える場所なんだ。

 殺人のせいかストレスもためにくいしね」


「そうなんだ……」


見ればたしかに誰も悩みを抱えていなさそうな顔をしている。


思えば、「殺され屋」なる職業もあったし、

殺人都市に住めば殺意レベルまで貯まったストレスも発散できてしまう。


それからの毎日は常に目を光らせ続ける日々だった。


後ろ手に歩く人がいれば凶器を持っていないか確認し、

食事の配膳係がいつもと違っているときは毒を意識する。


精神を削られるような毎日も慣れてしまえば日常となり、

1ヶ月も経てば仕事と日常の境界が曖昧になるほどなじんでいた。


「どうかな? 仕事は? やってみると楽だろう」


「そうですね。それにこの仕事のおかげで注意力あがりました。

 今じゃ万引きGメンに転職しても大成功できそうです」


「ハハハ。それは頼もしいよ」


笑った医者のうしろで何かが光った。

遠くのビルの屋上。太陽のチラつきかと思った。


バスッ。


一瞬だった。


眼の前の医者の頭が吹っ飛ぶまでの時間。

耳をつんざく女性の悲鳴が聞こえる。


「うそ……!?」


地面に転がる体は確実に即死だとわかってしまう。

頭蓋骨から原型をとどめていない。

貫いた先の地面にはライフル弾の弾痕が残っていた。


「どけ! 道を開けろ!!」


他の側近たちは死体をすぐに担架に乗せて車に運ぶ。


「なにやってるんですか。どう見ても完全に……」


「いいからお前も乗れ!!」


車は急いで人通りの少ない廃墟へと進んでいった。

担架からだらんと下がる死体の腕を見ながら、廃墟の中へと進む。


すると、奥には1人の男がいた。


「こんにちは、ボディーガードさん」


「あなたは……?」


男は仮面をつけて表情はわからない。


「実はわたしが本当の医者なんだよ。そっちは影武者。

 さぁ、治療するからその死体を寝かせてくれ」


治療代の上に寝かされた死体は、

近代医療機械と見たこともない薬でどんどん元の姿を取り戻す。


数十分もすれば、血だらけの服を着た、傷一つない人間ができた。


「はい、治療完了」


「す、すごい……!」


「君もこれまで守ってくれてありがとうね。

 これからも影武者のことをよろしく頼むよ」


「あ、いや! 問題はなにも解決してないんですよ!

 影武者さんを蘇生させても、また外に出れば狙われます!」


「そうなの?」


「すご腕のスナイパーに狙われて殺されたんです。

 生き残ったのがバレたら、確実にまた殺されます。

 ここは殺人都市だから歯止めが効かないし……」


「ハッハッハ。それはないよ」


仮面医者は手を叩いて笑った。


「君はこの都市に来る前に、目に施術をされただろう」


「あ、はい。蘇生しやすくするための手術とかなんとか……」


「それはウソ。本当は眼球リングを埋め込むためなんだよ。鏡を見てごらん」


鏡で自分の瞳の奥を見てみると、瞳の奥に緑のリングが見えた。


「一般には知られてないけど、

 この都市で重罪を行うほどリングが変色する。

 赤色になったらもう危険人物。

 赤リングの人はコンビニすら出禁になるよ」


「重罪っていうと?」


「殺人と、それ以上のものが1つ」


「それじゃ、影武者を殺した人は……?」


「経験者であるほど、生活がしづらくなっていくはずさ」


その時は半信半疑だったが赤リングの影響は絶大だった。

医者を殺せばリング色の変色は早く、一発でレッド。


電車も乗れないし、都市の外にも出られないし、

買い物もできないし、人と関わることもできない。


数日後に橋の下で餓死している男が見つかった。


「これがスナイパー……惨めなものですね……」


「本当の意味で殺人都市で、殺人をするのはおろかなんだよ。

 どうせ誰も殺せないんだから自分が死ぬだけなのに」


赤リングであっても、蘇生治療は受けれるので、医者のもとに運んだ。

蘇生された人間は緑リングとなって日常に戻る。


「悪人でも救ってあげるんですね」


「赤リング以下の人間は死んでも蘇生させるんだよ。

 それに、再犯率も驚くほど少ないんだ」


「まぁ……孤立して、餓死する辛さを味わったら……」


医者は死の恐怖がこの街の平和を守っていると言っていた。

ここ以上に平和で危険な場所はないだろう。


「ところで、ボディーガードくん」

「はい?」


「君の契約期間は1年だったけど、どうかな。

 君さえ良ければ本契約として採用されてはくれないか?」


「え! 本当ですか!?」


本契約なら給料はぐんとアップして生活も安定する。

断る理由なんて何一つもない。


「君の働きにはみんなが感心しているよ。

 ぜひ、この先も殺人都市に住んで、私を守ってくれ」


「ありがとうございます!

 これで生活が楽になります! がんばります!!」


「よかったよ。これからもよろしく頼む」


本契約が成立し、握手をかわした。


「でも、君はどうしてそこまでお金が必要なの?

 借金があるようなタイプには見えないけど」


「ええ、実は、今度子供が生まれるんですよ。

 子供はお金がかかりますから、貯めていたんです」


「そうか……」


医者はうなづいた。


「君は、この殺人都市の最大の問題ってなんだと思う?」


「え……問題なんてあるんですか?

 誰も死なないし、平和で良い場所だと思うんですけど」


「食料だよ。死んでも蘇生するから口数はいつも同じってことさ。

 そして、この都市における殺人以上の重罪はなんだかわかる?」




その後、病院で子供が生まれたのをきっかけに

俺と妻と子供の瞳は赤リング以上の、黒リング色に変色した。

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