第25話『アルバム』

 玄関でご家族と話した後、会長さんと私は2階にある綾奈先輩の部屋に行くことに。いよいよ、先輩の部屋に入るんだ。どんな感じなのかワクワクする。


「ここが私の部屋だよ」


 先輩の部屋の中に入ると、意外とシンプルな内装だった。ただ、絨毯やベッドシーツが淡い桃色だったり、ベッドにネコのぬいぐるみがあったりと可愛らしいところもあって。


「素敵なお部屋ですね、綾奈先輩」

「ありがとう。紅茶かコーヒー、日本茶を淹れてくるけれど何がいい?」

「私は温かいコーヒーでお願いします」

「私も同じく」

「あたしは砂糖とミルクをたっぷりと入れてほしい!」

「えっ、香奈の分も? しょうがないなぁ、今日は特別にお姉ちゃんが淹れてあげるよ。みんな荷物は端の方に置いて、適当にくつろいでて」


 一旦、綾奈先輩は部屋から出て行った。学校の綾奈先輩とは違って、姉としての姿が垣間見えた気がする。

 綾奈先輩の言うように部屋の隅の方に荷物を置いて、私はベッドの近くにあるクッションに腰を下ろした。先日抱きしめられたことで覚えた先輩の匂いが、この部屋にいるとほんのりと感じられる。


「泊まりじゃなければつい先日も来たけど、百合ちゃんを見ていると私まで初めて来た感じがするわ」

「百合さんは初めての場所だとソワソワしちゃうタイプですか?」

「そうだね。上京してから何日間はずっとソワソワしていた気がする。特に駅周辺の人や建物の多さは地元じゃ味わえなかったからね」


 それに圧倒されて、一時は学校とスーパーマーケット以外には行かない方がいいと思ったくらい。それも、美琴ちゃん達とお出かけする中で慣れていったけど。


「そうなんですね。そういえば、お姉ちゃんが百合さんは海沿いにある東海地方の町から上京してきたって話していましたね。そうだ、ちょっと耳を貸してください」

「百合ちゃんに何を訊こうとしているかしら」


 本当に、香奈ちゃんはどんなことを訊こうとしているんだろう。興味津々な表情をしているし。

 香奈ちゃんはゆっくりと私に近づいてきて、


「百合さんってお姉ちゃんのことが女の子として好きですよね?」

「……そ、そうだよ、香奈ちゃん」

「やっぱり。家に来てからの反応ですぐに分かりました」


 まさか、香奈ちゃんに綾奈先輩への好意をすぐに見抜かれるなんて。私、そんなに嬉しそうな様子を見せていたのかな。ううっ、恥ずかしくなってきたよ。


「百合ちゃん、顔が赤くなっているけど、香奈ちゃんに何を訊かれたの?」


 会長さんは横から私のことをそっと抱きしめてくる。


「ええと、その……綾奈先輩のことが女の子として好きですよねって」

「ああ、なるほど。家に入ってから笑みを絶やさなかったもんね」


 そういえば、会長さんも綾奈先輩とデートをしているときの様子を見て、私が先輩に好意を抱いていると感付いたって言っていたもんね。顔に出やすいタイプなんだな。


「綾奈先輩、私の気持ちに気付いているのかな……」

「お姉ちゃんはサキュバス体質ですから、女の子から好奇の目で見られているのは慣れていると思います。百合さんの想いは気付いている可能性は低そうです。ただ、この体質が分かってから、こうして家に泊らせるのは愛花ちゃん以外初めてです。百合さんが他の女性とは違うと思っているでしょうね」

「それは私も同じかな。前に言ったかもしれないけど、あのいじめがあってから、有名人や二次元以外の女の子の話をするのは百合ちゃんが初めてだから」


 妹の香奈ちゃんや親友の会長さんにそう言われると、何だか嬉しくなってしまう。表情が緩んでいるのが分かる。綾奈先輩と気持ちが重なっていたら嬉しいな。


「ええと、香奈ちゃんも会長さんも、私が先輩のことが好きだっていうのは絶対に言わないでくださいね」

「分かりました!」

「もちろんよ。それに、この前は私から綾奈に言わないって約束したし。安心して」


 2人なら大丈夫そうかな。私も綾奈先輩にバレてしまわないように、好きな気持ちを態度や表情に出してしまわないよう気を付けないと。


「お待たせ。何だか話が盛り上がっていたけれど、どんなことを話していたの?」

「初めての場所に来るとソワソワするっていう話をしていたのよ、綾奈」

「百合は初めてだもんね。愛花や私は上級生だけど、気を遣わなきゃいけないとか考えなくていいからね。はい、コーヒーを淹れてきたよ。砂糖とミルクは各自の好みで。クッキーも持ってきた」

「ありがとうございます。いただきます」


 喫茶ラブソティーのホールスタッフとして1年以上働いているからか、みんなの前にコーヒーを出すときの綾奈先輩はとてもかっこいい。

 砂糖やミルクは入れずにコーヒーを一口飲む。


「……美味しいです」


 お店のコーヒーもいいけど、このコーヒーの方が美味しい気がする。綾奈先輩が淹れてくれたコーヒーを綾奈先輩の部屋で飲むからかな。クッキーも美味しいし。すぐ近くにはコーヒーを飲む綾奈先輩がいて。あぁ、幸せだなぁ。


「凄くいい表情をしているね、百合。コーヒーを飲んだり、クッキーを食べたりしてまったりできているのかな?」

「そうです! そうなんですよ! 決して他意はございませんから!」


 幸せな気持ちがさっそく表情に出ちゃったんだ。ううっ、気を付けようと思った矢先に。会長さんと香奈ちゃんがクスクスと笑っている。


「あははっ、そっか。……さてと、何しよっか?」

「そうね……ここに初めて来た百合ちゃんのしたいことをしない?」

「それ賛成!」

「愛花の言う通りだね。……百合、何がしたい?」

「ええと、そうですね……アルバムを見てみたいです。この前、先輩が家に遊びに来たときに見せましたから。みなさんが小さい頃の写真を見てみたいです」

「うん、いいよ。私の写っている写真が中心のアルバムが本棚にあると思うから、ちょっと待っててね」


 先輩方や香奈ちゃんの小さいときの姿がどんな感じなのか楽しみだな。特に綾奈先輩。きっと可愛いんだろうなぁ。


「小さいときの姿を見られると思うと恥ずかしくなってくるね、香奈ちゃん」

「そうですね。小さい頃の自分を知らない人に見られると特に……」


 会長さんと香奈ちゃんは頬を赤くして恥ずかしげに笑っている。以前、私も綾奈先輩にアルバムを見せるときは恥ずかしかったので、2人の気持ちは分かるな。


「あったあった」


 すると、アルバムを持ってきた綾奈先輩は私の隣に座る。あと、写真を見られるのが恥ずかしいのか、会長さんと香奈ちゃんは少し離れたところに座っている。

 アルバムを開くと、赤ちゃんのときの綾奈先輩の写真が。


「赤ちゃんの先輩可愛いですね! 美紀さんも今と変わらず綺麗です」

「サキュバス体質を持っているから老けにくいらしいよ。お母さん曰く、20代の頃の容姿から変わらないとか。もちろん、個人差や生活習慣の影響があるそうだけど」

「そうなんですね」


 じゃあ、綾奈先輩もいつまでも老けにくいってことなんだ。大人になった綾奈先輩は今以上にかっこよくなって、色気とかも増すのかな。そうなったら、より多くの女性から人気が出そうだ。

 どうやら、時系列順に写真が貼ってあるようだ。写真に写る綾奈先輩が成長し、現在に近づいてきているのが分かる。

 先輩が3歳の頃の写真に妹の香奈ちゃんが登場し、小学生に入学した後に会長さんが登場するようになった。妹の香奈ちゃんはもちろんのこと、親友で幼なじみの会長さんとも仲良く楽しそうにしている写真が多い。あと、小さい頃は今のようにサイドで髪をまとめるよりも、ストレートの髪型の方が多かったようだ。


「あっ、この写真……綾奈先輩がフリル付きのワンピースを着て、会長さんがワイシャツに長ズボンを着ていますね。逆のイメージがありますけど」


 それでも、綾奈先輩も会長さんも可愛らしいと思う。


「本当だね、百合。こんな服を持ってたときってあったかな……」

「どれどれ……ああ、このときって、私と綾奈の服を交換したらどんな感じになるのか試したの。それで、綾奈のお父さんが記念に写真を撮ってくれて」

「思い出した! そのきっかけは香奈だよ」

「えっ? あたし?」

「そうだよ。私はパンツルック、愛花はワンピースを着ることが多いから、お互いの服を着たらどんな感じになるのって香奈が言ったんだよ」

「ああ、そうだったわ! それで、実際に服を交換したら、香奈ちゃんは淡泊な反応で、綾奈の御両親の方が楽しそうだったよね」

「うんうん。それでお父さんが記念にこの写真を撮ったんだ」


 綾奈先輩も会長さんも思い出話に花を咲かせて楽しそう。香奈ちゃんは思い出せないのかポカーンとしているけれど。昔から知っている人と一緒にアルバムを見ると、こういうことがあるから面白い。


「今の先輩方が、この写真みたいな感じの服を着たらどうなるか気になりますね」

「制服で慣れているから、スカートにワイシャツやパーカーっていう服装はするけど、ワンピースは全然着たことないから恥ずかしいな……」


 綾奈先輩が恥ずかしそうな表情を見せるのは珍しい。こういう顔をされると一度でいいからワンピース服姿を見たくなるよ。


「そういえば、ワンピースを着るお姉ちゃんって見たことないな」

「私も記憶にあるのはこの写真のときくらいね。まあ、私はパンツルックの服装をするときもあるからいいけれど」

「大きくなってから、愛花は色々な服装をするようになってきたもんね。まあ、私のワンピース姿は後日ってことで」


 綾奈先輩は話題を変えたいのか、さっさとアルバムのページをめくってしまう。本人が後日って言ったんだし、いつかは先輩のワンピース姿を拝ませてもらおう。

 その後もアルバムを見て、たまに綾奈先輩と会長さん、香奈ちゃんが楽しそうに思い出を話してくれた。それがとても羨ましくて。私もいつかはこのアルバムの中に入りたいと思うのであった。

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