第24話『神崎家へようこそ』
鷲尾さんが近くに住んでいることもあって、綾奈先輩と沙奈会長はしばらくの間、彼女に気を付けていくとのこと。
ただ、先輩方から一番気を付けるべきなのは私だと言われたので、私も外にいるときは周りを注意していくことにしよう。
金曜日は何事もなく過ごすことができた。花宮女子にも先輩方をいじめた人が通っているけれど、それらしき人から特に話しかけられたり、変な視線を感じたりすることもなかった。鷲尾さんも諦めてくれるといいんだけどな。
部活が終わった後は明日のお泊まりの準備。
綾奈先輩と2人きりじゃないことにがっかりしているけれど、会長さんもいるからあまり緊張せずに過ごせそうでいいなとも思っている。お泊まりでは先輩との距離を縮めて、会長さんとも仲良くなれたらいいな。
6月16日、土曜日。
今日は一日ずっと曇天で、小雨の降る可能性もあるとか。ジメっとしていてこの時期らしい気候だ。今日は綾奈先輩の家でお泊まりをするので、それでもかまわないけれど。
綾奈先輩が午前中からお昼過ぎまでバイトがあるので、先輩とはバイトの終わる午後2時過ぎに、喫茶ラブソティーの従業員用入り口の前で待ち合わせすることになっている。会長さんとは先輩の家の前で会う予定。
なので、午前中に月曜日に提出する数学の課題をすることに。量が多いけれど、そこまで難しくないのでお昼までには終わった。
――プルルッ。
うん? スマートフォンが鳴っている。綾奈先輩や会長さんからかな。
確認してみると、あかりちゃんから4人へのグループトークにメッセージが送られた通知が。その後も夏実ちゃん、美琴ちゃんと続々とメッセージの通知が届く。
『百合ちゃん、今日はついに神崎先輩のお宅でお泊まりですよね! 少しでも先輩といい関係になれるよう応援します!』
『有栖川会長も一緒だけど、好きな人の家でお泊まりだなんて羨ましいなぁ、あかりん』
『夏実はその気になればいつでも恋人とお泊まりできるじゃないか』
『……そうだね、みこっちゃん。来週末にお泊まりしたいって梓先輩に言おうかなぁ』
『それがいいと思うよ。百合、先輩方と一緒にお泊まりを楽しめるといいな』
『楽しんでこいよ! あかりん!』
『月曜日にはそのお話をたっぷりと聞かせてくださいね!』
『みんな、メッセージありがとう。楽しんでくるよ』
あかりちゃん達に楽しかったって言えるようなお泊まりになるといいな。楽しむのが第一だけれど、あかりちゃんの言うように少しでも綾奈先輩といい関係になれるように頑張ろう。
お昼ご飯を食べて少しゆっくりした後、私は綾奈先輩と会うために待ち合わせ場所である喫茶ラブソティーへと向かう。雨がまだ降ってなくて良かった。
待ち合わせの時間よりも早めに来ちゃったけど、これからお泊まりということもあってか先輩を待っている時間が楽しかったりする。
綾奈先輩の部屋ってどんな雰囲気なんだろう。シンプルなのかな。それとも、可愛いものでいっぱいなのかな。
あと、妹さんがどんな子なのかも楽しみ。香奈ちゃんだっけ。先輩に似たクールな感じなのか、元気で活発な子なのか。考えれば考えるほど、早く先輩の家に行きたくなってきた。
「百合、お待たせ」
パンツルックの綾奈先輩が従業員用の入り口から出てきた。今日も綾奈先輩は素敵だ。あと、雨が降るかもしれないと天気予報で言っていたからか、紺色の長い傘を持っている。
「こんにちは、綾奈先輩。バイトお疲れ様です」
「ありがとう。雨が降るって言っていたけれど、結局降らなかったな。さっそく私の家に行こうか。ここから歩いて10分くらいのところだよ」
「分かりました」
私は綾奈先輩と一緒に先輩の家に向かって歩き始める。
「今日のお泊まり、凄く楽しみにしているんだね。いい笑顔をしているから」
「高校に入ってから、寮の外でお泊まりするのは初めてですからね。もちろん、先輩の家だからっていうのが一番ですけど」
「そっか。私も楽しみだよ。愛花以外の子が泊まりに来るなんて久しぶりだから」
「……そうですか」
綾奈先輩も楽しみにしてくれているなんて。事と次第では、先輩とかなり距離を縮めることもできそうな気がする。
「んっ?」
何か、顔に冷たいものが当たる。触ってみると濡れているのが分かる。
「雨が降ってきたね」
「小雨が降るかもっていう予報が当たっちゃいましたね」
「傘を持ってきて良かった。せっかくだし、一緒の傘に入ろうか」
「い、いいんですか?」
「もちろんだよ。百合は荷物を持っているし、私が傘を持つから」
そう言うと、綾奈先輩は傘を広げて私に寄り添ってくる。こんなにもドキドキする相合い傘は生まれて初めてだ。相合い傘の距離感、結構好きかも。
再び歩き出すけれど、どうしても前方よりも綾奈先輩の方を見てしまう。
「そういえば、ここに来るまではどうだった?」
「特に誰かから見られているようなことはなかったです。先輩の方はどうでした? 鷲尾さんがお店に来たりとか……」
「奈々実らしき人は来店してなかったな。当時、私をいじめていた人も。相変わらず、ファンクラブの子はたくさん来ているけれどね」
「そうですか。何事もなくて良かったです。今後もそうであってほしいですけど……」
「そうだね。ただ、何かあったときはこの前みたいにすぐに私や愛花に言って」
「はい」
これまで数年以上の間、お互いに関わりを持とうとしなかったから何もなかったんだと思う。
ただ、今になって鷲尾さんの方から先輩方に謝りたいと動き出した。これからも、彼女に気を付けなければいけないだろうな。
そういえば、鷲尾さんっていじめをする前は先輩方と親友で、綾奈先輩ともスキンシップすることもあったんだよね。……私も先輩とスキンシップしてみたい。そう思って、傘を持つ先輩の手をそっと握ってみる。
綾奈先輩の方を見ると、先輩は優しい笑みで私のことを見ていた。
「……いきなりだったから驚いた」
「す、すみません! ただ、その……一緒に持ちたかったので」
「ははっ、そっか。小学生の頃は愛花や香奈とこうして相合い傘をして、手を握ったことがあったな。もうすぐ家に着くよ」
幼なじみの会長さんとはさすがにこういうことをしたことあるか。会長さんに先を越された感じがする。
「おっ、噂をすれば愛花の姿が見えてきた。雨が降っているんだから、家の中にいてくれても良かったのにな。おーい、愛花」
綾奈先輩が大きな声で会長さんの名前を呼ぶと、会長さんは笑顔でこちらに向かって手を振ってきた。そんな彼女は桃色のワンピースを着て、赤い傘を差していて……どこかのお嬢様に見える。
「綾奈、バイトお疲れ様。百合ちゃん、こんにちは」
「こんにちは、会長さん」
「雨も降ってきたし、先に家に入っていても良かったんだよ、愛花」
「……ひさしぶりのお泊まりだし、2人とちゃんと待ち合わせしたかったの」
会長さんは不機嫌そうな表情を見せる。そんな反応をする会長さんの気持ちが分かる気がする。そんな会長さんが可愛らしい。
「そっか。ここで待ってくれてありがとう。さあ、家に入って」
ついに、綾奈先輩の家に足を踏み入れるときがやってきた。先輩の家は一軒家なんだ。それだけで、何だか懐かしい感じがしてくる。
「ただいま~」
「お邪魔します」
「お、お邪魔します!」
ここが綾奈先輩の住まいなんだ。そう思うと空気がとても美味しく感じられる。綺麗なお家だな。
すると、階段から降りてくるTシャツ姿の女の子が。可愛らしい顔立ちだ。黒髪のショートヘアがよく似合っている。
「お姉ちゃん、おかえり。愛花ちゃん、いらっしゃい」
「お邪魔します。今日はひさしぶりに泊まりに来たよ、香奈ちゃん」
この子が先輩の妹さんの香奈ちゃんか。綾奈先輩とは雰囲気が違うけれど、元気そうで笑顔の可愛らしい子だ。
そんな香奈ちゃんと目が合うと、彼女は私の目の前までやってきて、
「もしかして、あなたが白瀬百合さんですか?」
「うん、そうだよ。初めまして、白瀬百合です。花宮女子高校の1年です」
「初めまして、
そう言って、香奈ちゃんは私の手をぎゅっと握り、輝かせた目で私のことを見てくる。綾奈先輩がご家族に私のことを可愛いと言ってくれているなんて照れちゃうな。あと、「百合さん」と呼ばれるのが新鮮で気持ちがいい。
「あら、帰ってきたのね」
「おかえり、綾奈。愛花さんもいらっしゃい。もしかして、そちらの黒髪の女性が例の白瀬さんかな」
奥から、美紀さんと旦那さんらしき男性が一緒に姿を現す。
「はい。初めまして、花宮女子高校1年の白瀬百合といいます」
「初めまして、綾奈の父の
「はい。綾奈先輩が会長さんと知り合ってから、学校生活がより楽しいですし」
「……そうですか」
清司さん、とても安心した笑みを浮かべている。きっと、サキュバス体質のことや小学生時代に遭ったいじめのことがあってのことだろう。穏やかで優しそうなお父さんだな。うちのお父さんに似ている。
「白瀬さんも愛花ちゃんもゆっくりしていってください」
「はい、今夜はお世話になります。よろしくお願いします」
「ふふっ、初めてだからか緊張しているのね、百合ちゃん。大丈夫よ、ここは東京のお母さんが住んでいる家。ということは、ここは百合ちゃんの東京の家ってことだから! もちろん、愛花ちゃんもゆっくりしていってね!」
そう言って、美紀さんは私や会長さんのことをぎゅっと抱きしめてくる。東京のお母さん設定がまだ生きていたとは。ただ、この優しい温もりはお母さんって感じがする。
「お母さんの言うことは大げさだけれど、ゆっくりしてくれると嬉しい」
「はい! お言葉に甘えさせていただきます」
「私は数え切れないほど泊まりに来ているけど、ゆっくりさせてもらうね」
神崎家のみなさんは、会長さんや私のことを温かく迎えてくれているのが伝わってくるので、ゆったりと過ごすことができそうだ。
あと、一軒家に何人もの人がいるという光景が懐かしいので、実家は今、どんな感じなのだろうと思うのであった。
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