第7話 盤上の世界

 「さてと、じゃあ、やりますか」


 チェス盤の上に駒を並べながら、圭吾はつぶやいた。指のストレッチをしながら、駒をながめる。

 これは圭吾が考え事をするときにやる方法である。チェス盤の上で現状と, これからの予想をするのである。


 「まずは、白番黒番決めなきゃね」


 普通に考えれば、俺が白番、ブリニアが黒番だよな。あ、白番が先手で、黒番が後手な。

 最初から王女やリリーの表情に気付いて、警戒していたから。けど思ったより、王は計画をしっかり立ててきているらしい。先手は取られてる。


 「客観的に考えたら、俺が後手にまわってるだろうな」


 チェス盤をまわしながら、つぶやく。


 「まず、俺は駒でいうキングみたいに動かせる部下はいないから、ビショップにするか」


 ビショップを黒のポーンの1マス前に置く。続いて、黒のポーンを3つ、同じ横列に置く。


 「コレは一応、クラスメイトの分だが、どうせ明日の朝にはほとんどの奴がだ」


 出した黒のポーンを盤外に出し、新たに白のポーンを向こう側から3つ出す。


 「んで、福沢は一応唯一の教論だから、ルークくらいかな。生徒を動かせるし」


 白のルークを前に出す。


 「向こうは軍隊を持ってる。それにリリーという切り札クイーンがある」


 白のナイトと白のクイーンを向こうから3つ目の、さっきのポーンより1つ後ろに置く。


 「俺にはソフィアというナイトがいる。そして、“ライフル”というクイーンもある」


 使った事ないけど。さっきの頭痛のときに使い方分かったし、大丈夫だろう。この世界で銃というのはチートだ。魔眼の空間認識能力と合わせれば、精度も上がるだろう。

 黒のナイトをビショップと同じ横列に、クイーンはビショップの後ろに置く。


 「あとは、白のキングを前に出しってっと。現状はこんなもんか。あとは、これからどうするかだが」


 まず危険なのは、リリークイーンだろうな。もうすでに活動してるし。けど、簡単に表情を見せてしまうところとかから考えれば、利用はしやすそうだな。


 「次に面倒なのは、これだな」


 そう言って取り上げたのは、白のルーク。


 「こいつの考えがそのまま、こちらの世界での、生徒達の行動に影響する。が、こいつに俺は無害ですよアピールしとけば、動きやすくなるのはたしかか」


 白のルークを盤上にもどして、次に取り上げたのは、黒のナイト。


 これは、面倒とかじゃなくて、本当にどうしたものかな。確かにすばらしい駒になり得るが、それだけに敵になったらまずい。

 まあ、見ていて退屈はしなさそうだし、いっか。


 これから俺はどうしていこうかな。まず、俺がどうしたいか、だな。俺は国のための下僕になるなんて、ごめんだ。

 俺はこの世界が見たい。異世界に来れたんだから、この世界を隅から隅まで見たい。簡単にいうと、観光したい。


 自由になるためには、俺を。そのためには、事故または戦いを起こさなければいけない。

 事故の方は現実的じゃない。チート持ちである勇者が訓練中に死ぬなんて不自然すぎる。ダンジョン的なもので訓練するんだったら、まだいけるけど。

 明日図書室で調べよう。


 次は戦い。これならブリニアを弱められる。そうすれば、逃亡も楽だ。具体的には、阿久津あたりをつついて、国王の悪巧みを教えれば勝手にやってくれるだろう。そのどさくさに紛れて、リリーを消せれば言う事ないな。

 阿久津は将来的にナイトくらいにはなるだろう。


 あらたに、もう1つ出した白のナイトで、白のキングをたおす。そして、つぶやく。


 「誰かが勝てば、戦いは終わる。最初から圧倒的な力があれば、それは希望に、英雄になる。そして、戦場の絶望を覆い隠してくれる。勇者は、英雄は一番だ」


 戦場に、争いに、希望なんてない。あるのは、敗者を踏みにじる勝者の罪悪だけ。しかし、人はそれに気付かない。いつも、いつも英雄が勝って得た、富で、利でそれをごまかす。


 正義が勝つ? ばかばかしい。逆だよ。勝った奴が正義なんだよ。 


 人は自分が、自分たちだけが良ければそれでいい。得をしていれば、戦争を肯定し、負ければ、戦争はいけないことだというように。

 

 自分勝手なくせに人というのは一人では声を上げられない。行動できない。味方がいないと、自分を守ってくれる群れがいないと、何もしない。何かに抗議するのは、抗議に賛同してくれる人がいるとわかっているからだ。


 俺は気付いてしまったのだ。人が群れを作ることで罪を忘れ、さらに罪を重ねていることに。いじめなんてのは、その良い例だ。一人でだれかをいじめるやつなんていないだろう? 

 なら、俺はどうするか。人に絶望し、何もしないか、それとも自覚を持って、群れの中で罪悪感に身を任せるか。


 俺は群れない。周りが群れていても、俺は俺の考えで動く。一人では何にもできないなんていやだ。

 だけど、どんなに頑張ったって、周りは、人の本質は、世界は変えられない。

 だから、利用する。せめて、俺の手が届くに群れることで隠されている罪を自覚させるために。


 こんなにひねくれた俺に英雄は争いを正当化する道化師にしかみえない。けれど、大衆はそれを求めるだろう。特に戦いが身近にあるこの世界では。

 俺はそれを批判はするが、否定はしない。


 黒のビショップをペン回しの要領でいじりながら、つぶやく。


 「だから、分からせる必要がある。幸せは誰かの不幸せの上に成り立っているということを」

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