第4話 主人ペットペット候補

 教室を出て暫く歩いた後、華凛は振り返った。



 そこはひと気もなく、今の時間はホームルーム中であるために誰かが来るという心配もないのだろう。



 華凛はずんずんと怜兎に迫り一呼吸置いた後、彼女の頬を摘まみジッとその瞳を見つめた。そして大きく息を吸い口を開く。



「ウチの前で辛気臭い顔するのはなしだよ」



 被っていた猫と狐をかなぐり捨て、華凛は年相応のようなどこまでも明るい笑顔で怜兎に言い放った。



「ウサ子、な~んか変な顔ばっかりするし、あんな感じだと喋りにくいっしょ?」



 華凛は自分の評価をよく理解している。その上で普段のあれでは怜兎が喋りにくいと言うのであった。



「一転して軽くなったわね」



「しょうがない! あれが一番楽に学校生活を送れるかんね」



 呆れ顔の怜兎に、華凛は勝気な表情で返すと呆けてどこかを眺めている水玖の肩を掴んだ。



「わぅ――」



「おいコラ、今日は随分と饒舌だったじゃん。燃やされるか風に切り刻まれるか選ぶと言いよ」



「わふっ、あ、え~っとですね。あ、アハハ――わぁごめんなさいです!」



「駄目、許さん」



 逃げようとする水玖を後ろから捕まえ、華凛は彼女の体をくすぐるように弄り回し、キャッキャッと騒いでいた。



 そうしていると華凛が思い出したかのように顔を上げ、怜兎に視線を向けた。



「あ、そうだ。ウサ子さ、ウチのことを周りに話したら家でバイトしてもらうからね」



「え? バイト――」



 あまりにも唐突なペナルティに怜兎は首を傾げた。



 しかし華凛のくすぐりに顔を真っ赤にしながら耐えている水玖は、その言葉に衝撃を受けているようである。



「わ、わぁ……クフ、りょ、ふふ――怜兎ちゃん、わふふに、逃げるわぅわぅ――か、華凛ちゃ、や、やめ――逃げるですよぉ!」



「この場合、逃げるべきは水玖じゃないのかな?」



「何を呑気なことをです! この鬼畜親子と関係を持ったら最後! 一生奴隷――」



 くすぐりを耐え、水玖は怜兎に警告した。



「水玖はウチらのことをなんだと思ってるのかなぁ?」



「ひゃぁっ!」



 激しく水玖の体を弄る華凛と我慢出来ずに笑い転げる水玖。そして、その2人、特に華凛を見つめながら怜兎は「そっか、良かった。今、幸せなんだ」と、呟いた。



「……」



 華凛は水玖のくすぐりを止め、そんな怜兎を見つめ返した。



「ねぇウサ子。ウサ子、ウチと会ったことあるの?」



 華凛の問いに、怜兎は小さく、しかし、もの悲しそうに首を横に振った。



「……ううん、ただ、昔似ている子がいたってだけ。もう私が知らない。そう、知らないのよ」



 どうしても空気が重くなる怜兎の雰囲気と言葉。華凛は頭を掻くと大袈裟にため息を吐き、特に理由を追及することもせず、怜兎の手をまた引っ張る。



「ああもう! 辛気臭い、辛気臭い。ウサ子、水玖、行くよ! 今日はいっぱい騒いじゃる! 良い? ウサ子がそんな雰囲気出せないくらいにめちゃくちゃするからねぇだ」



「はいはい」



 どこか大人らしい笑みの怜兎に華凛は膨れ、捨て台詞ではないが「楽しんでくれなかったらくすぐるぞぉ!」と、だけ言い放ったのである。



 そうして華凛はやっと怜兎への学校案内を開始したのである。



 時間もあまりなく、自然と早足で回らなくてはいけないのだが、華凛が最初に訪れた場所は空き教室。



 華凛曰く、この空き教室は学校の入り口から一番遠くにあるくせに、階段や使用されている教室からも離れている穴場だと言う。



 2つ目は空き教室。ここは使っていない机や椅子が散乱しているため、死角が多く、秘め事にはうってつけとのこと。



 3つ目は空き教室。現在は子どもが少なくなり、教師の数も減ったために、空き教室が大量に余っている。ここは昔、生徒が自殺した。と、いう噂があるようだが、華凛の調べによるとこの学校での死亡事故は通学路での交通事故や自宅での事件だけであり、まずあり得ないとのことである。



 4つ目は空き教室。4つの空き教室を経てついに怜兎が口を開いた。



「ねぇ華凛さ」



「ん~ぅ? 何か文句あるかにゃ?」



「私を案内するってセンセに言った時、学校施設を――って、言っていたよね?」



「そんなもん、授業の度に誰かについて行けばいいでしょぅ? そんなつまんないのより、こう実用的な場所に案内した方が良いでしょ?」



 怜兎はどこが実用的なのか。と、抗議の言葉を放つと華凛の人差し指が唇に添えられた。



 静かにするように。と、小声で指示を出した華凛がカーテンの隙間から覗くように言い、そこから外を見てみる。



 そこにはクラスを持っていない男性の教師と制服を着た女生徒がいじらしく手を繋ぎ、2人の時間を過ごしていた。



 華凛は薄型の携帯電話のカメラ機能で、その光景を連写していた。



「ちょ、何やって――」



 怜兎の口を押え、悪い顔をした華凛。



「猫かぶりにとってこういうことは大事なんだにゃぁ。もし何かあったらこの写真をばら撒くって強請る。水玖が!」



「わぅわ! むぐぐ」



 叫ぼうとする水玖の口を押え、華凛が去った教師たちの背中をホクホク顔で眺めていた。



「華凛、とんでもなく下衆だね?」



「いやいや、状況によるけど渡り上手なだけだよん。ウチだってやりたくてやってるわけでもないし。ただ、猫被ってるのって案外大変なんよ。だから保険をかけとくに越したことはないでしょ?」



「う、う~ん? なんか適当に言い包められているような」



 矢継ぎ早な華凛の言葉に怜兎は思案顔を浮かべたが、結局特に気にしないまま「まぁ良いか」と、結論付けた。



「良くないです!」



 すると水玖が怜兎のスカートを引っ張り、首をブンブンと振り、半目で華凛を睨みながら抗議した。



「華凛ちゃんは別に良いですよ、だって僕に全部やらせるですし、バレたら怒られるのは僕ですもん。それで何気ない顔して、ウフフ、水玖さんには私から言っておきますから。って、優等生を続けているような悪魔なんで――い~た~い~で~す!」



 水玖の太ももを抓りながら、華凛は怜兎に強気な表情で口を開く。



「こういう人は嫌いかにゃ?」



「……私に害が及ばなければ気にならないかな。むしろ、恩恵を受けておいた方が良いのかしら?」



「うんうん、ウサ子は良い子だね」



「それに――」



 怜兎は膨れている水玖の頭を撫でると椅子に腰を下ろし、彼女を抱き上げて膝に乗せた。



「水玖が慌てている姿はちょっと楽しいから、気持ちがわかるっていうのが本音かな」



「なんですとぉ!」



 怜兎の膝に乗って両腕を広げた水玖が華凛の腕を引っ張り近づけ、2人の腰に抱き着いたまま、可愛らしく見上げていた。



 そんな水玖を華凛も怜兎も撫でている。

 すると、と怜兎が華凛の右腕を見た後、左手を思案顔で見つめた。



「おぅ? ああ、さっき言ったのは本当だよん、傷があって――」



「あ、ごめん、そうじゃなくてね。華凛って左手から炎出すの?」



「え? ああうん」



「そっか。ううん、気にしないで。でもそれって危なくない?」



 怜兎が先ほど炎を入れられた水玖の背中を撫でて尋ねた。



「危なくないよ――」



「危ないですよ! 危うく火だるまです!」



「水玖なら消せるだろぅ」



「発火すること前提で言わないでくださいです!」



 頬を大きく膨らませリスのような水玖。彼女はどこか遠い目をしながら「風と火が苦手なの知ってるですよね?」と、華凛に尋ねていた。



 まだ小学生の時であるのだが、水玖は詩姫と華凛と一緒に生活をしていた頃、2人の力である風と炎で散々な目にあっていたのである。それが今でもトラウマで、発狂こそしないものの苦手意識を持っている。



「……狂犬病?」



「ワン子だからねぇ」



「ち~が~い~ま~す~」



 怜兎の膝の上で騒ぐ水玖を華凛は宥め、どこか優し気な、慈愛に満ち溢れているような目を浮かべた。



「水玖さんが苦手だと言っていらしたので、私(わたくし)は心を鬼にして貴女に慣れてもらおうと――」



「本末転倒って言葉知ってるですか? それとそれ気持ち悪いです」



「あ? ウチに言葉の意味を解く気かにゃ? 良いぜ、相手になってやる。勝者は敗者に色々命令――」



「勝てるわけないですよぉ」



 華凛は成績も良く、伊達に中学から高校2年の5年間、猫を被ってきたわけではないのである。



 すると怜兎が気難しく表情を固めた。



「天は二物を与えず。か――すっごい皮肉」



「う~ん? ウチがこれ以上凄いと誰も寄り付かないってこと?」



「私、華凛のそういう自信過剰なところ、わりと好きよ」



「おぅ。でもウチ百合でもレズでもないからなぁ……しょうがない、冬になったら水玖を貸してあげるよ、すっごく暖かいから抱き枕としては最高だよ」



「僕の貞操が絶滅危惧種!」



 華凛と怜兎から距離を取ろうとする水玖なのだが、結局2人に捕まってしまい、涙目でぶうたれる。



「まぁ、そう意味で言ったんじゃないんだけれどね」



 怜兎はそう呟くと首を横に振り、笑みを浮かべて水玖を抱っこした。そしてどこか懐かしがるように「昔、近所の子どもを抱っこしたことがあるのよ」と、小学校に上がる前の児童と遊んだ時のことを話した。



「うん、冬になったら借りたいかも。今でも温くて気持ち良いわ」



「こ~う~こ~う~せ~い~で~す~」



 水玖はいやいや。と、やって怜兎の腕の中で暴れる。しかしがっちりと抱きしめられているためにそれが解けず、結局諦めて赤子のように頭を撫でられるだけの存在へと変わった。



「さてと――」



 華凛が携帯電話で時間を確認すると怜兎の手を取った。



「まだ時間はあるし、とっておきの場所に連れてってあげるよ」

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神々の奇跡と魔神の蔓延る世界の中で 筆々 @koropenn

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