第7話 エキセントリックな幼女─2

 ♦♦♦ 7─1 ♦♦♦



「空はやっぱり変態さんだった?」


「月ちゃんの中では俺は変態さんで定着し始めているのか……」


 俺の家にこないか、と提案したところゆえちゃんの真顔での返答は変態さんだった。

 またもや踏切前でのすれ違い。

 ああ。

 分かっているさ。

 恋愛チックなすれ違いじゃないのことは。

 行動のすれ違いではなく言動のすれ違い。

 前回の、というか数分前のすれ違いは最初から最後の行動の隅々まで、満場一致の承認を得て貝塚かいづかそらの有罪は明らかで、否はこっちにある。

 俺たちはよくすれ違うなんて、最近の恋愛ドラマでも滅多にお目にかかれないキザな台詞を現在小学2年生の幼女に使うのは間違いで、まず年齢の方が違っている。

 老いを感じる。


「なんでお前はそう、俺がロリコン前提で会話するんだ」


「簡素簡素」


 そこは簡単簡単じゃないのか?


「深夜に汗びっしょりの男の人に声をかけられれば誰でも、ロリっ子なら尚更相手をロリコンだと仮定して対応するのは当たり前だよ。踏切前だよ」


「それはいい心がけだ。だけど安心してくれ。俺は怪しい人でも、変態さんでも、幼女趣味のロリコンでもない。だから、ほら、お兄さんについておいで」


「典型的な誘拐犯の台詞だね。逆に警戒レベルを上げたよ」


「抹茶アイスあげるから」


「そこはアメちゃんじゃないの?」


「そんなこと言ったら俺が幼女を誘拐しようとするロリコンの犯罪者になってしまうだろ?」


「え?違うの?」


「……いい加減、俺をロリコンの誘拐犯に仕立てようとするのはやめてくれ」


 名前とニックネームで呼び合う仲にまで発展したのに中々警戒を解いてくれない。

 ここまでの仲にまでなったら、幼女の抱っこ、幼女のおんぶ、幼女の肩車程度のスキンシップは嬉々として行われても可笑しくはない筈だが……。

 思ったより幼女の接し方は難しいな。

 今どきの幼女にしては高校生(俺は問題児と呼ばれて、今どきの高校生に当てはまるかは微妙なところだが)顔負けの冷静な対応とボケ突っ込みは称賛に値する。

 今どきの幼女も見習ってほしいまであるが、ここまで警戒されるとそう手放しに喜んでもいられない。

 どうにかして家に連れて行かねば。


「その発言が余計なことにいい加減気付けよ」


 ……つい、口に出てしまった。


「ま、どうでもいいけどね」


「……」


 こっちも余計に警戒させてしまったかと思い、ふと月ちゃんの顔を伺うと俺は心底驚いた。

 月ちゃんの表情は犯罪が人込みのように平然と闊歩するこの世界、そんことを丸っきり知らない産まれたばかりの純粋無垢な赤子のような表情をしているにも関わらず、その紺碧の瞳は

 その瞳は小学2年生の幼女がするには余りにも不釣り愛なものに俺は思えてならなかった。

 金髪碧眼──その両方が相成ってブルームーンを連想させるつきがどこか黒ずんでいるように見えたのは、これから起こる悲劇を暗示していたのだと、後日談として語った際に気付いた。

 ただのかわいそうな幼女ではない。

 彼女は今まで出会ってきた人たち同じだ。

 青染あおぞめゆえは────異常だ。



 ♦♦♦ 7─2 ♦♦♦



 人にはそれぞれ、心の中でそっとしまっておきたい秘密や他人には言いはばかれる事情というものがあるのはこの一年間で嫌というほど見た──そして、体感した来た。

 どれだけ自分の内に秘めようと、嘘をついて騙そうとしたとしても、それでも消しきれないものがあることも知っているし、昔俺自身がかたくなに語ろうとしなかった“あの時”の出来事も訊かれて、問われて、最終的には語った──語らされた。

 秘密も嘘もいつかばれるなんて言葉があるけれど、なるほど、確かにその通りだった。

 完全犯罪なんてこの世にないように完璧な隠蔽などないのだ。

 それは態度や言動が行動に現れ、押しとどめた感情は周囲の空気に違和感として伝わって、そこから噂や怪談などが生まれてくるし、人は良いことにも悪いことにも感がいい。

 奈落叱り、恋ヶ崎叱り、他多数叱り。


 俺や月ちゃんのように口を閉ざし出さずとも案外人は気付くのだ──色々な意味で近しい存在ほど敏感により鮮明に。

 だから、月ちゃんがした表情も意図したものか無意識のものだったか、判断は難しいが、それでも全貌の一部分であり、怪しみ始める切っ掛けをくれたことに変わりはない。

 そいった手順の上でだんだんとぐちゃぐちゃに絡み合った紐はほどかれていくのだろうと、ふと俺は柄にもなくそんな風なことを思った。

 月ちゃんの闇を垣間見たが出来るだけ冷静に、そしてなによりも相手に気付かれないように自分の顔に手を当て、慎重に言葉を作った。


「君を今からお姫様抱っこして誘拐ゆうかいするから。一切抵抗するな」


「それで抵抗しないのはよっぽどの馬鹿かチョロインだけだね」


 遠回しに私はチョロインじゃない宣言をする月ちゃん。


「さっきから話の論点が行方不明になりすぎ」


「その一端をお前もになっているんだぞ?」


「なに言ってるの変態さん。小学生が背負うのはランドセルだけだよ」


「こういう時にだけ小学生ぶるのはどうなんだ?」


 会話をしていくにつれてとても12歳年下の幼女とは思えない発言が多いのは気のせいなのか。

 18歳にもなっても子供じみた発言が多い俺も人のことは言えないか。


「月ちゃんのランドセル姿か……。あれだろ。小学2年生なら可愛らしい用具箱とかピンク色のナフキンとか」


「そうだね。私のランドセルの中に絶望と嫉妬と諦観を入れて、いつも持ち歩いているよ」


「想像以上に重い⁉」


 なんてどろどろとしたものが小学生のランドセルにしまっているんだこの子は。

 小学生特有のキラキラとした子供っぽい用具が一切ないし、男の子らしいかっこいいものも女の子らしい可愛らしいものでもないじゃないか。

 この子ほんとに小学生か?

 俺がこの子ぐらいの年齢の時は窓から公園に遊びに行く同級生を見下ろすインドア派のシャイボーイだったな。

 よく両親に襟首つかまれて外に掘り出されてたっけ。

 ラケットとボールを持って家で壁打ちをして、隣の家にいる年下の双子に陰で笑われていたことは今ではいい思い出だ。

 俺のメンタル強化の一端を担ってたんだと今にして思う。


 この子のように夢溢れる子供の宝箱たるランドセルに人の悪感情を逆に溢れかえんばかりに詰め込む所業は如何なものかと考えなくはないが、まあ、遠足での持ち物とは違うんだからとやかく言うつもりはないが……。

 もう少し年相応の子供っぽさを見せてくれないのが不満だな。

 子供は風の子なんだから、外に出て遊びに出かけるべきだ。

 ……小学校の頃、ほとんど家に閉じこもっていた俺が言えたことじゃないけれど。


「空。脱線するのがまるでお約束ごとになりつつあるけれど、話を戻そう。確か、ロリコンの変態さんの誘拐犯が幼女の下着姿に興奮してたまらないだったけ?」


「だとしたら、お前は今すぐ脳外科にいたった方がいい」


「冗談だよ。幼談だよ」


「しょうもねぇ」


「言葉遊びだからね」


「日本語って面白いな」


「面白いのは空の頭の方だと思うけどね」


「……」


「降参するなら今だよ空。私の渾身のギャグを無視して馬鹿にした罪は大きい」


「……重要なポイントはそこかよ」


 流れるように突っ込んでくる月ちゃんに降参の白旗をかかげる。

 幼女に降参する高校生とは情けなくてとても人には言えないな。

 このまま墓場まで持って行こうと決意したけれど、これまでの経験を考えるに多分ばれるんだよな。

 最後の方辺りで恋ヶ崎にけなされている自分が想像出来てしまう自分も情けない。


「それで空の家に着いてく事案な件だけど」


「勢いに任せてそうは言ったけど無視して、なんなら俺との会話自体忘れてしっまってかまわないぜ」


「どうして?」


「どう考えても犯罪だろ、これ?つい知り合いと同じ扱いで口走ったけど、今日出会ったばかりの初対面で幼女のお前を深夜に一人で危ないから自分の家で一時的にでも保護しよう、なんて自分勝手にもほどがあるだろ?一歩間違えれば犯罪者だよ俺は。家には親御さんもいるだろうに」


「へぇー。保護、ね」


「ああ」


 俺が月ちゃんに話した動機は決して嘘じゃないが、真実でもじゃない。

 奈落の依頼を聞くに理由は分からないがこの子の命を狙っている奴がいるらしいことは確かだ。

 補足するなら、彼女──青染月をその依頼主ではなく俺──貝塚空だ。

 なにがどうなって俺が月ちゃんを殺さなければならない結論に至ったのかは非常に興味がそそられるけれど、それは依頼主か奈落に訊いた方が早い。

 奈落がそう易々と喋ってくれるとは到底思えないが。


 もしかすると、月ちゃん本人に訊いた方が早いのかもしれないが、『お前の命を狙っている悪い奴がいるから。思い当たる奴を知らないか』なんてすぐに言っても混乱させて、事態が余計にややこしくなるのは避けたい。

 それに、こんなにも傷だらけの幼女を他人任せに殺そうとする奴に腹が立たないわけじゃない。


 昔のように目も前に困っている奴がいたから『助ける』なんていう、奈落曰く、吐き気がするような傲慢な行動は慎むが、提案する程度ならまだギリギリグレーゾーンの範囲におさまる筈だ。

 助はしないが、相手に他の選択の余地を与えることは決して悪ではない。

 そして、善でもない。

 奈落ならくかなえのように。


「そういえば犯罪だね。犯罪も犯罪。犯罪から性犯罪に発展しちゃうところだったね空」


「俺がそうとられる言動をしたことは反省しているけれど、お前の行き過ぎた妄想を俺は反省してほしいよ」


 反省すべきなのは俺だけじゃなく月ちゃんもだ。

 月ちゃんの場合はわざとだろうけれど、そこは深く突っ込まない。

 お約束だからな。


「じゃあ訊くけど、空は私にどうしほしいの?」


「え?」


「だって空の目的は私の保護でしょ。誘拐と言われても言い逃れ出来ない犯行現場を作ったにも関わらず、その理由が見知らぬ私のためだったよね。普通、出会ったばかりの私のために家に連れて行こうと提案するのは異常だよ」


「……」


「一般の模範的な思考じゃない。通常ならここは警察に連れていくか一時的な保護が妥当だ。なんなら見て見ぬふりをしても可笑しくない。いや、一般常識に囚われている人ならこの選択が妥当。正解。模範的な解答例だ」


「……」


「もし、空が極度のお人好しで、目の前で助けを求めているなら誰にでも手を差しのべることの出来る主人公気質のなら例外だけどね。空の行動も納得できる。だって」


 ──ソレハ、モウ、人ノ皮ヲ被ッタナニカダ。


 だから人間じゃないと、月ちゃんは締めくくった。

 月ちゃんはさながら子供に言い聞かせる母親のようで愚か者を説き伏せる聖母のようであった。


「……」


 眩暈めまいがする。

 夜空を見上げ、天を仰ぎ、少しの間だけ茫然自失とした。

 信念とか自信とか信条とか、貝塚空のことなどなにも知らない筈の一人の幼女に自分がつちかってきた理が間違いであると、異常なのだと、人間ではないのだと、どうしようもない愚か者だと太鼓判を押されたのだ。

 もっと正確に断定するなら過去の自分──愚行に愚行を積み上げていた積木細工な愚か者であり続けた高校生で子供でもあった貝塚空だ。

 まったく……嫌なことを思い出しぜ。


「──とまあ、私の方からはこんな感じ。空の方も色々と問題を抱えているようだから、深く訊いたりはしないよ」


 なんだか見透かされている気もしなくはないが、さてさて、この後どうするべきか。

 月ちゃんと話していると俺がなんのためにここに来たのかを忘れてしまいそうになるが、そこは真面目に考えてきちっとしなければ本題に進めない。

 月ちゃんにも説明したが俺がやろうとしていることは犯罪だ。

 親御さんの了解を得ずに小学2年生(本人はそう見えないが)の幼女を自宅へ連れて行くのは社会的にも白い目で見られるだろうし、絵面が完全に情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地なしに誘拐犯のそれだ。

 彼女の身が危険だからといった理由があるが、それで仕方ないから家で匿おうという自分勝手過ぎる行為を正当化出来る筈はなく、親からしてみれば娘が知らない男の人に誘拐されたと不安に駆られるだろう。


 そうなれば、警察の出番だ。

 警察が『青染月を誘拐したロリコンの犯罪者』として本格的な捜査を行う状況になってしまえばほんの数日で手首に金属のお縄がかかることになる。

 今じゃ手の甲の静脈パターンの調合だけで固有パターンの割り出しまで出来ると聞くしな。

 日本の警察は優秀だな。

 俺なんかじゃあっという間にブタ箱入りだ。

 そうならないためにもここからは慎重に行動しなければ。

 もう遅すぎる気がするが、これで月ちゃんが家に帰って警察に通報でもされたら終わりだからな。

 詳しい事情を言わず、誘拐もせず、親に不安がられることもなく、警察沙汰になることもなく、そして月ちゃんに危険が及ばない都合の良すぎる方法はないか……?。

 口止めして月ちゃんをこのまま帰すことも考えたが、ボロボロの服装や身体の傷、こんな時間帯に下着姿で出歩いていること、なによりも純白の下着に付着した赤い染み。


 月ちゃんの親がいい親かはともかくとして、世間一般の普通の親御さんかは怪しいけれど、これは俺の想像で月ちゃんのこの姿には親御さん関与していない可能性もあるし、そもそも証拠がない。

 だが、安易に帰すのも危険な気がする。

 これはこの約一年間で培ってきた予感だ。

 この予感に助けられたことも何度もあるし、無視することは出来ないのもまた事実。

 かと言って警察に受け渡すと、俺や奈落が関与している異常な現象に巻き込む恐れもある。

 はあー。

 なんとかならないだろうか……?

 と、ため息を一回。


「じゃあ、行こうか」


 すると、黙っていた月ちゃんが口を開いた。


「どこに?」


 俺はそう尋ねた。

 待っていた子供が痺れを切らしたかのようで『こいつなに言ってるんだ?』と呆れて言葉も出ないと言わんばかりのやや乱暴な口調でやや無表情でややキメ顔で月ちゃんが言った。

 加えて、


「空の家に決まってるだろ」


「ポージングもありかよ」


自作のポーズをしながら。

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