第2話 恋ヶ崎火恋は断言する

 ♦♦♦ 2─1 ♦♦♦


「全く、こんな時間に遅刻するなんてこのグズ野郎は時間感覚が狂ってるのかしら?一般高校生には常時、体内時計が設置されているのよ?貴方の体内時計は海外製なのかしら。世界標準なんて、この日本産のノミはいつからグローバル化なんてし始めたのよ」


 時刻は午後12時30分。

 一週間後には卒業式を控え、一週間後には受験結果が発表され、豪華イベントを二重で被さった日を間近に緊張で気分が害し、つい二度寝をしてまい遅刻しまった2月24日の今日。

 高校生活を最初から最後まで問題視として卒業することが九分九厘定まったことを思い返し、回想してしまうのが日課になってしまった日。

 俺は現在、何故か学校の螺旋階段らせんかいだんでクラスの同級生に罵倒されおとしめられていた。


 ……何でだよ。


 額に人差し指を当て考える。

 因なみに、同級生が上で俺を見下ろしているが、俺は下で先輩を見上げる立ち位置になっている。

 これが力関係を表しているのなら、さぞかし彼女は愉悦ゆえつの笑みを堂々と浮かべるだろう。


「あら?聞こえているの?耳が悪いのかしら。あー、ごめんなさい。耳が悪いんじゃなくて、こ•こ」


 そう言って、左手を腰に当てた。

「あ・た・ま・が・わ・る・い・ん・だ・っ・た・わ・ね」と声を発せず、口だけを動かし、自分の頭をコツコツと右の人差し指で数回ノックした。


「恋ヶ崎。せめて、声を出せよ」


「何を言っているの?声を出すのは貴方の方よ。さぁ、私が言ったことを復唱しなさい。この日本の恥野郎!」


「ノミから国家規模になってる……」


 黒いブレザーの俺と同様、黒いセーラー服を着用した彼女の名前は「恋ヶ崎こいがさき火恋かれん」。

 同じ三年C組の同級生。

 腰まである大和撫子な長い黒髪に紫水晶アメジストの瞳からは想像出来ない攻撃的な視線を周囲にばら撒く。

 三年間クラスの美化委員を続けていて、いつの間にか《美化委員 OF 美化委員》の称号を持つことになった毒舌キャラが特徴の女子。


 正直苦手デアル。


「勘違いしてるわよ貝塚かいづか君。悪化してるんじゃないの」


「じゃあ、何だ?」と恋ヶ崎に訊くと、


「劣化していっているのよ」


 ……同じ意味だと思うが。

 突っ込みたい衝動に駆られるが、そこは優しい心でグッと我慢する。

 恋ヶ崎が胸辺りにある二つの大きな山といえば山な実に柔らかそうなものを両手を組んで持ち上げる。

 言い忘れていたけれど、恋ヶ崎の胸はデカイ(推定でもEカップはあると思われる)。


「いえ、退化していってるわ」


「結局変わらないだろ」


 意味合い的には劣化よりも悪化している。

 自分という種が退化しているような物言いに心に刺さるものがあったが耐える。


「恋ヶ崎。俺は退化してなんかいない。むしろ、日々進化し続けている」


 最初は料理が苦手で、一生懸命作った料理も別段美味しくもなく、好んで食べたいとも思わない腹を満たすだけの料理だった。

 だが、作った際に味見じっけんだいしてくれるオッサンのお陰で、上達はしてないが完成させることは出来るようになったのだ。


「いいえ。貝塚君は退化した劣等種れっとうしゅよ」


「……恋ヶ崎、その心は」


「だって、人間は種を残してなんぼよ?種を残さずに朽ち果てる人は生物としての責務を放棄しているの。チャックの下にしまったロクに使う予定も機会もない貝塚君のクソッタレなアームストロング砲は既に錆びれているからよ。分かった?」


 童貞どうてい君、と。

 ──酷すぎるぞ、この女。

 俺は苦笑いを浮かべた。

 感情表現が上手くない俺でもここまで言われると流石に感情が表に出る。

 無表情むひょうじょうといっても無感情むかんじょうではないのだから。

 本当に無感情な人間がいるのかも怪しいところだけど。

 そこでふと気付いた。


「そういえば恋ヶ崎。何でお前は授業中なのにここにいるんだ?」


「え?」


「いや、俺は寝坊かまして遅刻したけど、恋ヶ崎は一限目から来てんるんだろ?だったら何で昼休みでもないのにここ螺旋階段にいるんだって疑問に思って……」


 学校を適当な理由で欠席するのはお手もので、俺は不良生徒として教師達に伝わっているが、恋ヶ崎は勉強と運動神経は抜群で校内とわず全国でも上位にくい込むぐらい成績がいい。

 所謂、優等生ゆうとうせいだ。

 スタイル抜群で胸はしかることながら、出るとこはキッチリと出ていて、締まるところ締まっているのでモデルをやっていても驚きはしない。


 男性に特化した、あの視線が吸い寄せられてしまう魅力的な大きな胸は一種の兵器だ。

 それもまだ成長途中なのだ。

 まだまだ大きくなるらしい。

 一人の男として夢が溢れるな。

 これからも観察していかなければ。

 個人的にはセーラー服で出来た谷間たにまのラインが非常に好みです。


「……何か邪気を感じたのだけど」


「気のせいだ」


「主に胸のライン辺り……から」


「冗談はよせよ恋ヶ崎。俺が見据えていたのはこの日本の未来だ」


「本当?」


「ああ。この純粋で慈愛に満ちた目を見てくれ」


「残念だけど、私には欲望と色欲に満ちたように映っているのだけれど?」


「そんな筈ないだろ。ほら、俺って感情表現が苦手だろ。そんな俺が天下の恋ヶ崎火恋に欲情したとしても顔に出るわけがない」


「貴方と付き合いが短い人からしたらそうかもしれないけど。ねぇ、知ってる?長く貝塚君といると顔じゃなくて心の動きで判断出来るようになるのよ」


 え?そうなの?

 長い付き合いの人だとメンタリストもびっくりのテレパシーが使えるようになるのか?

 何それエスパーか?

 超能力者育成機か俺は。


「ハハハ。またご冗談を」


「なら、貝塚君当ててみましょうか?」


「……え?」


「貝塚君が本当に絶世の美女の私に邪な感情を向けていないか心理チェックしてあげようってのよ」


 と、恋ヶ崎は親指と人差し指で輪っか(OKのサインである)作り、それを目にもって行った。

 子供が「メガネ!」と軽くはしゃぐ際にするあれである。

 女子で花の女子高校生でもある恋ヶ崎がするとそれは酷く反応に困るものであり、ダサすぎて目を逸らしたくなってしまう。


「(無表情のドキドキ)」


「ふむふむ」


「(無表情のドキドキ)」


「なるなる」


「(無表情ドキドキ)」


「ほどほど」


 と、恋ヶ崎はぼそぼそとひとり言を呟く。

 俺の顔をというより表情を観察しているようだが、美人な顔を擬似メガネで瞳孔どうこうを開きながら男子生徒を凝視するこの状況は奇妙なものだった。


 ……女子がしちゃいけない顔だと思うが。


 数秒後、恋ヶ崎は擬似メガネを解くと、


「──で、私が遅刻した理由だったわね」


「何故やめた」


 自分でここまで引き延ばしておいて自分で勝手にやめたぞ。

 例えるなら、「行くぞ行くぞ!押すなよ!絶対押すなよ!」と周りに言いきかせておいて押される側の人は絶対に押せという前振りなのだと思いきや、押す側が本当に押さなかった時の脱落感に似ている。

 俺のドキドキを返せ。


「なに、簡単なことよ。私も今来たところなんだから。職員室に行くために螺旋階段にいるのは当たり前でしょ。、貝塚君とバッタリ、エンカウントしてしまうのも不自然ではないでしょ。そんなことも分からないの?この朴念仁ぼくねんじん


「無理矢理、話を変えやがった」


「″超″優等生な私でも寝不足で遅刻してしまうことはあるのよ」


 あー、はいはい。

 そのまま話を続けるのね。

 恋ヶ崎は恥ずかしがらず、その逆、両手を腰に当て、自信満々に威張った風に言い放った。

 恋愛作品に出てくる『頬を赤らめながら』という表現を恋ヶ崎には使えないようだ。


「恋ヶ崎が俺と一緒で寝坊助なのはよく分かったけど、寝不足気味って夜更かししたのか?夜更かしは女の天敵だと言っていたのは恋ヶ崎なのに」


「ええ。少し野暮用をね」


「そうなのか」


 野暮用の内容が気になるが朝っぱらから、今は昼だから、昼っぱらから詮索するのはする方もされる方も疲れるだろうし。

 今度それとなく訊いてみるか。


「そうだ。貝塚君、今朝のニュース知っ」


 恋ヶ崎が何か言おうとした瞬間、四限目の授業終了と昼休み開始を告げるチャイムが校内に鳴り響いた。

 それと同時に教室の戸が大きな音をたてて開かれると何十人もの足音が俺と恋ヶ崎の隣りを通り過ぎ、螺旋階段を下って行った。

 彼らの目的は一階の購買のパンで、【旨いと評判】とうわさされていることからほぼ毎日生徒が昼休みのチャイムをゴング音に例え、そさくさと駆け出すのだ。

 実際に旨いのかは知らいけど。


「そういえば、恋ヶ崎。今、何か言おうとしなかったか?」


「……何でもないわ。貝塚君の気のせいよ」


「そうだったか?」


「そうよ。気のせい気のせい。……さ、早く職員室に行きましょ。私、あそこ嫌いだから早くすませたいのよ」


 と、恋ヶ崎が言う。

 相対していた体を翻して、先程下って行った生徒達とは逆。

 そさくさと階段を上り始めた。


「……」


 恋ヶ崎はあの時、何か言おうとしていた。

 けど、話す雰囲気じゃなかったというのもあるだろうが、それよりもどこか言い淀んでいたようにも見えた。

 大した用事でもないからなのか、言いにくい内容からなのか、はたまた本当に何も言っていなかったのか。

 その辺りは分からないし、恋ヶ崎が気を遣ったような印象を受け取ってしまう俺は些か自意識過剰な気がするが。


 ……まぁ、どっちでもいいか。


 詮索せんさくするつもりは最初からないし、訊かれたら困るようなことなら俺は訊くつもりはない。

 俺に被害が飛んでこないならそれで構わない。

 恋ヶ崎も無理矢理尋ねられるのはいい顔しないだろうから。


「──あ、そういえば。貝塚君。私が何故、心理チェックをやめてあげたのか教えてあげる」


 恋ヶ崎が不意ふいに背後、俺の方へと振り向くと、棘のある毒舌キャラな彼女とは打って変わって。

 元々あった大和撫子の素養と日差しの加減と二人っきりの螺旋階段というシチュエーションの相乗効果でどこか清楚な雰囲気を醸し出した恋ヶ崎は『頬を赤らめながら』言った。


「貝塚君の心は、既に私で独占どくせんされちゃってるからよ」


 人差し指を向けて、傲岸不遜に威風堂々と断言した恋ヶ崎を見て俺はしばらくその場で動けなくなった。

 もっと正確に言うなら俺は気圧されていたのだ。

 恋ヶ崎が放つその眩しいまでの自信と勇気が満ち溢れていたからに違いない。

 簡潔言うと、俺は見惚れていたのだろう。


「……俺にはれっきとした『彼女かのじょ』がいるぞ」


「知ってるわ。だから、これは宣言せんげんであり予言よげんよ」


 昔、恋ヶ崎と出会ってまもない頃に言われた台詞だ。

 歯を食いしばって、無表情のその顔を屈辱に塗れ、苦悶に満ちた表情をしながら、その瞬間まで精々神様にでも懇願してなさいな。

 と、言い残すと未だ、螺旋階段の中央で立ち往生している俺を置いてけぼりにして一人、今度こそ階段を上って行った。





















 





















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