第七話 所長マインストン


「規約違反だぜ! 所長!」

「聞こえんな! 先に違反したのは、そちらだろうが!」


 光弾の飛び交う中、お互いの指揮官が怒鳴り合っている。


(ひゃあああああ! なんだよこれ!)

「下がって! もっと後ろに!」

 青い光の盾に守られて頭を抱えてしゃがみこむアキラに、金髪の青年上位兵が叫ぶ。


 最初の両者一斉射撃はアキラの度肝を抜く撃ち合いであった。


 数メートルに対峙した四十数名の集団が。

 同時に光弾を撃ち込んだのだ。


 双方の兵隊が数人吹き飛び、しかし双方が光弾の群れをまともに受け止め、がががあん! と弾き返す。


 帝国兵の武装は外套の中に隠れていた。立て膝で構えた腕から伸びる銃砲は三段繋がって先に行くほど細くなっている。一撃ごとに腕を揺らすと次弾が装填され数秒唸って撃ち出される。

 単射式なのはカーン側も同じであった。盾のついた右腕を身体の前に構えて守り、左手の二本の鉄芯が唸って球を生み出し握って引くと光球が射出される。


 お互いの初弾を耐えた後、息つく暇もなく次々に兵士が発砲する。


 暗い倉庫のあちこちに跳弾した魔法の弾丸が、激しい破裂音を響かせて放電する。床面の粉塵がもうもうと立ち籠めて、周囲は煙ってどんどん視界が悪くなっていく。


 距離は膠着したままで若干帝国側が有利なのは、彼らはどうやら外套そのものが盾の役割をするらしく、すっぽり覆われた身体に被弾しても後ろに衝撃で数歩よろめくだけなのだ。ただ周囲より前に出た兵士には狙撃が一斉に集中するので、なかなか前に進めない。


 対してカーン側は、どうしても盾のみでは全身が守りきれない。数人の兵士はすでに撃たれて後方に吹き飛ばされ、衝撃でなかなか起き上がれずに呻いている。


=しかしおかしい。様子見なのか?=

(え! ええ! 何が!?)


=落ち着け。何もできんのは想定内だったろ?=

(いきなり撃ち合ってんじゃん! 文明的じゃないのかよ!?)

=十分に文明的だ=

(は!?)


=殺傷能が低い。威力を制御している。街で見る殴り合いと一緒だ=

(見ないって! おかしいって!)


=それにしてもあの所長は、とんだ食わせ物だったな——=


 不利なはずのカーン側に対して、帝国兵が今ひとつ前に踏み込んでいけないのは、マインストンの存在もあった。


 素手なのだ。


 素手なのに武装した兵士たちより遥かに強い。集中して向かってくる光弾が見えない力で遮られるように所長の手の動きに合わせ、右に左に軌道を折ってあらぬ方向へと着弾する。

 飛んできた複数の弾に向かってマインストンが「ふッ!!」と右手のひらを素早く円形に振れば、ぐにゃあと光弾が空間上を渦に巻かれてそのまま。音を立てて目の前の床に叩きつけられるのだ。


 味方が避け切れなさそうな軌跡も的確に指を向けて壁に弾いて飛ばす。返す指先を広げて思い切り空に打ち出す。数メートル先の帝国兵が数人、見えない衝撃で後方に吹き飛んで倒れるので、アキラが目を丸くした。


(げええ……ナニこの人)

=操術の使い手か? ずいぶんと魔導に長けているな=


「くっそターガの魔導会が! どこにでも首を突っ込みやがって!」


 隊長が悪態を吐くが、マインストンが軽く笑う。

「よくわかってるじゃないか。大人しくクリスタニアに帰ればどうだ?」

「やッかましい!」

 叫んで放った隊長の光弾も。ぐわんと所長の手で軽く曲げ捨てられ、床に着弾する。


「ちっくしょうあの野郎! いっそ威力を上げるか?」

「やめとけ。ひと死には面倒だ——よし。解析出たぞ」

 隣から声をかけるのは運転していた隊長格の兵士である。彼だけは銃撃に参加せず、ひたすら右手で奇妙な形の機械盤を操作していた。


「一般人は八十二人。兵士は十八人。ここにいるのが十六人と、別の区画に二人」


「それだけか?」

「いや。腕輪なしが一人」

「へっ? へっ! よっしゃ運が向いて来たぜ!!」


 隊長がマインストンに振り向いて叫んだ。

「身元不明がいるじゃねえかオラア! 所長ォ!」


 その言葉にアキラがビクッとして身をすくめ、囲む上位兵二人が身構える。マインストンが大げさにため息をつき構えを解いて話を振る。


「やはり探ってたか、嫌らしい奴らだ。彼は犯罪の被害者だ。国に返す」

「いやいやいや所長、所長! 渡せ。渡せよ。こっちが検査してやるよ」

「ダメだな」

「ああ?」


「巡回時期外の調査権はカーン領が持つのが協定だ。保護した人間の処遇に一切口出しはさせん。誰にも会わせんぞ」

「てめえッ!」


 隊長の顔が険しくなる。横から兵士がさらに情報を出した。

「あの後ろで頭を抱えている若い奴だ」

「んっ?……おい。なんだありゃあ」


=見つかったな=

(え?)


 声が知らせた瞬間、光弾がアキラの目の前の盾にがぁん! っと着弾した。

「うわわっ!」

「もっと下がって!」二人の上位兵がさらに前に進んでアキラを守る。


 隊長の目つきが変わっている。撃った右手の銃身でアキラを指す。


「髪が黒いじゃねえか。おい。どこの人間だコイツは? あ?」

「答える必要を認めんな」


「——いい加減にしろよ?」


 単なる収監者とはワケが違う、明らかに目の前に隠れているのは異邦人だった。連れて帰れば、そして爆縮と関係のある人物なら、これはとんでもない大手柄になる。


「所長ッ! どうあっても回収する! 回収するぜ! 威力上げ!」


 そう隊長が叫ぶと一斉に、周囲の帝国兵が右腕の銃を上に向けて左手で支え、がしゃっと音を立てて一回突き上げる。銃口の先端の一段が引っ込み口径が変化する。


「狙え!…………え?」


 帝国兵が銃口を水平に降ろそうとする。が、その目の前で。

 マインストンの右腕が大きく弧を描く。光輪が、空中に浮かぶ。


契印シールだ!」

 隊長が慌てて叫ぶ。



「砂漠へ帰れ、帝国。重圧撃バルクデンシティ=ブレス。」



 光る軌跡の中心に、マインストンが素早く印を切った。

 ぶわっと屋内の温度が上がる。

 空間がぐにゃあっと一瞬波打って、そこから。


 どおおっ! と倉庫の空気が。

 前方に膨れ上がり、真正面から帝国兵を押し潰す。


「しょ、障壁! 障!……ぐおおッ!」


 構えた腕が。

 銃身が。肩が。

 強烈な圧力で押し返される。

 姿勢が、体勢が崩れる。


 呼吸で動く胸すら重い。まともに息ができない。目には見えない、ずしりと重い高粘度の空気の波が押す。耐えきれずに二人、三人、四人と後方に押し戻され、流されて、追いやられる。

 外套に顔を隠して抵抗するも「うううおおおお」と唸りながら、身体を歪め膝をついて崩れ、さらにずずずずとずり下がり、やがて次々に、開いた門へと床の上をざざああと引きずられて放り出されていく。


 重圧撃バルクデンシティ=ブレス特殊級クラス=アンコモン


 空間に指向性の異常圧を生み出す風星エアリア火星イグニス元素星エレメントを持つ共鳴系の操術である。

 圧力による攻撃なので致命的な殺傷能力はない。暴徒鎮圧や拠点制圧用に開発された術式で、収容所の所長が扱う式としては理想的な効果を持っている。そしてさらに——


「くぞおお! 狙ええ!」

 ぎりぎりと銃口を向けようと踏ん張る隊長に、所長が忠告する。

「撃つと味方に飛んでいくぞ」

「てッ!! てめえッ!!」


 ——重圧撃バルクデンシティ=ブレスの圧下空間では、魔法の光弾はまともに飛ばない。この魔法の生み出す圧力は対物理有効、対魔力有効の両極有効ダブルエフェクトであった。


 全身を震わせて、首から体から後ろに持っていこうとする高圧に抵抗しながら隊長が吠える。頰も唇も斜めにぐにゃあと歪んで震えて、まともに声が出ない。


「所長オ! 本気でやりぶるぶるぶるぶぶぶ……やりおう腹かよオッ!」

「先に本気で撃とうとしたのは貴様らだろうが」

「ぐううううおおお! ふぞぞぞふぞけんじゃネェ!……」


 その時。


 がああん! と隊長の背後で音がした。帝国兵の一人がようやくのこと前に向けた銃口から弾を撃ったのだ。「!……やめッ」と隊長が叫ぶがすでに遅く、発射された光弾は隊長とマインストンの中間距離でぐんっと速度を落とし、しばし空中でぎゅるぎゅると停止したのち反転して。隊長の胸元に流れ込んで。


 ずどんと命中した。

 三歩踏ん張ったが、無駄であった。


「ぐえっ! が! が! が! あはああああああああああ」


 姿勢を崩してあっという間に後方に仰け反り倒れて開いた門から外へ、ざざざざざざと隊長が滑り出た。


「ち! 後退! 後退!」


 横で踏ん張っていた兵士が号令をかけると、帝国兵が一斉に門外へと後ずさる。


「閉門! 急げ!」マインストンが叫んだ。


 ワアアアアアアンとサイレンが響き鋼鉄の門が閉じていくが、もう広場では四台のビークルのうち二台が全員乗車済みである。

 揚力ダクトに火が入ってぶわあああと浮かび上がり車体の側面をこちらに向けている。屋外で臨戦態勢を取っていた1班と2班である。




 広場まで押し出された隊長が、素早く起き上がり浮いたビークルの荷台に掴まって叫んだ。

「ああああああの! くそったれが! 拡散弾! 狙え!」


「おい! 落ち着け! やり過ぎだ! 後に引けなくなるぞ!」

「構うかよ! アイツを持って帰りゃ大収穫だぜ!」


 続けて走り出してきた運転手の兵士が忠告するが、隊長が聞く耳を持たない。すでに門は半分以上閉まりかかっていた。

 荷台に待機していた兵士が二人がかりで、大口径の魔導器を倉庫に向ける。馬鹿でかいコードが直接車体に繋がった魔導砲ビーキャノンの、その先端にぶわああああと魔法陣が浮き上がる。


「撃てえ!」




「下がれ、まだ終わってないぞ! 障壁上げ!」


 閉じる門の向こうは逆光でよく見えない。睨みながらマインストンが周囲の兵士に檄を飛ばし、やや後方に下がって少し振り向きアキラを見て言った。


「やっぱり、こういうのは初めて見るんだな」

「えっ。そ、そう、そうですね」

「いや。帝国だけではなくて、魔法そのものを、君は——」


 どおん! と前方で衝撃音がする。


 閉まる門の隙間から倉庫の床に、重量感のある光球が打ち込まれ、球体を維持したまま火花を放っている。


 素早くマインストンが振り向き、反応した。

「拡散弾! 防御——」


 瞬間。床に打ち込まれた光球が爆発を起こす。周囲に無数の光跡を撃ち出す。広い倉庫に一斉に光の筋が跳弾となって拡散した。


 壁に床にぶつかって反射した光線の一部は構えた兵士と衝突し、魔法の盾に弾丸のような亀裂を走らせる。兵士の光弾より威力が高い。


 そして数が多く弾が小さいのが。マインストンに災いする。


「く、そッ!…………」

「所長さん!」アキラが叫ぶ。


 防御が間に合わない。アキラの目の前で、猫背にかがんで呻きながら、ゆっくりとその場にマインストンが崩折れた。


「所長!」

「所長! 大丈夫ですか!」


「構えを、解くなッ……」


 うずくまったままマインストンが命令するが、その声は痛々しい。

 上位兵の二人が、さらに前方に回り込み、倒れた所長の身体までアキラごと一緒に庇って、盾を構え直して叫ぶ。

「保護!」

 後方から二人の制服兵が駆け寄って、所長の体に触れようとした。


=とめろ! アキラ!=

「ちょ! ちょっとまって! まってください!」


 倒れるマインストンの横でかがんだアキラが両手を前に上げて二人を制した。駆け寄った兵士がアキラに言う。


「しかし、傷を見なければ」

=右胸部と右太腿の被弾だ、迂闊に動かすな=

「右胸と、太腿に当たっています」

「今のが見えたのか、君は?」


 駆け寄った制服兵も、前で盾を構えている上位兵も、驚いてアキラを見る。が、その時。倉庫前面から強烈な衝突音が響く。痛みをこらえて所長が叫ぶ。


「ぐっ……来るぞッ!」


 けたたましくサイレンを鳴らしながら閉まりかけていた鋼鉄の扉に、無理やり帝国のビークルが突進してきた。凶暴な唸りを上げて甲虫のようなフロントが扉の隙間からねじ込まれ、ついに。


 扉の鉄板が歪んで押し曲がり、内側に向かって吹き飛んだ。

「よーしテメエら! 抵抗すんな!」


 ダクトの轟音を響かせてビークルが屋内に突入した。

 扉を突き破った勢いで底部を斜めに見せた機体が、ゆっくりと水平に姿勢を正しながら、リアを振って転回する。


 荷台ではすでに銃砲と兵士達の銃口がこちらを向いていた。吹き下ろすビークルの排気が倉庫の床から粉塵を舞い上げる。


 カーンの兵士達は、じりじりと後退する。


「逃げたまえ……トーノ君。奥に、逃げて……」

「喋らないで。なあ。どうすればいい?」


「え?」


「俺、どうすればいい?」

=右手をかざせ。私が診る。まずは太腿だ=

「これでいい? どう?」


「?…… ?……」

 痛みで顔を歪めながらも、マインストンが困惑する。


 ごうごうと敵の車体が浮上音を轟かせる中でアキラが所長の太腿に手をかざす。そこに向かって、荷台からまた隊長が叫んだ。


「おーい! てめえだてめえ! こっちに出てこい!」


=衝撃による打撲のみだ、たいしたものだな。内出血はあるが刺傷も熱傷もない、骨にも問題ない。次は胸だ=

「胸……すみません、所長さん」


 患部を押さえる所長の手を、アキラが少し持ち上げる。

「……私の、ことはいいから、早く……」


「あ? なんだ? 所長? 喰らっちまったのか?」


 隊長の言葉を無視してアキラが胸の脇に手をかざして所長に答える。

「調べるだけです、じっとしてて」


=まずいな、肋骨が折れている=

「折れてる? 動かすとまずい?」


「え、え?……」

 またマインストンが聞き返す。もうアキラは声を発するのを隠そうともしない。


「おい、てめえ無視してんじゃねえぞ!」

 があんっ! とアキラの前方で光弾が盾に反射した。上位兵二人がぎりっと踏ん張る。隊長の弾はまともに所長とアキラを狙ってくる。


=内臓に損傷はない。が、強く動かすと胸膜に傷がつくかもしれん=

「なんとか治せないの?」


元素星エレメントぐらいしか材料がない。彼の体表には薄い障壁が張ってある。微細な魔力マナの侵襲は通らないな=


「じゃあせめて固定が必要とか?」

「トーノ君、ト、トーノ君」


「さぁっさと! 出てこねえか! 黒髪ィ! おめえに言ってんだ!」

 があんっ! とまた着弾音がする。


=ちょっとアイツ、やかましくないか?=

「うん。やかましい」

=どうする?=

「……どっか行っててほしいんだけど」


=そうか、じゃあやろう。言う通りに動作しろ。私に任せろ= 


「あの、盾、大丈夫です。よけてください」

 所長の傍にしゃがんだまま顔を上げ、アキラが上位兵二人に声をかけた。


「いかん、トーノ君!……ぐっ」

 マインストンが止めるが、アキラは構わず二人に頷く。

「大丈夫です。本当に」


 上位兵二人が顔を見合わせるが、少しずつ構えを解いて、守っていた盾を除けて数歩だけ下がる。


 倉庫に舞うダクトの排気でアキラの髪が揺れる。


「それでいいんだ。みんな迷惑してんだろうが、あ?」

 荷台のホイールにかんかんかんかんと銃砲を当てて耳障りな音を立てながら、隊長が満足げに声をあげる。

 が、盾を引かせたアキラは一向に出てくる様子がなく、マインストンの傍に立って俯いたままである。


「? おーい、聞こえてんのか? さっさと——」


 腕を振り上げたアキラの、

 左目がコバルト色に光る。



=こうだったな。


  重圧撃バルクデンシティ=ブレス。=



 勢いよく振り下ろす手の前方に一瞬で、

 光の真円と契印シールが描かれ、

 車に乗った隊長の瞳孔が驚きで開き、

 爆発的な空圧が、浮かぶ搬送車ランドビークルに襲い掛かった。


 ——凶悪な熱風と共に。






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