第6話 天使の記録; 贈り物 

その様子を、そばでずっと天使は見ていた。12月24日、少女は父親にケーキを贈ることはできない。

父親に追い出された猫を追いかける。

この少女も栄養失調と寒さに耐えることはできない。

このまま、この少女と猫は死ぬ。その魂を連れて行くのが今日の仕事だ。

なんということだろう。これだけ深い愛情を持つ少女と猫は、クリスマスを過ごすことはできないのだ。用意したプレゼントも贈ることはできない。つまり、なんの記録にも残らない。これがクリスマスだろうか。天使の少女は悲しい気持ちと悩ましい気持ちがないまぜになった。それでも、仕事をしなくてはいけない…

どんどん寿命が近づく猫は、自分のそばにいる存在にうっすらと気づいていた。

-私はあなたの魂を迎えに来たわ

-まだ、死にたくないよ


-…驚いた。生に執着する猫は今までほとんどいなかったわ。

-僕がもう死ぬのはわかってたよ。でもまだ、この子をひとりにできないんだ

猫は、もうろうとする意識のなか、自分を抱えて泣く女の子を想って訴えた。

ークリスマスだけは、一緒に過ごしたいんだ。

『クリスマスはね、家族と楽しく過ごす日なの。』

父親の代わりにせめて一緒にクリスマスを過ごしてあげたい。ボクは家族だから。このままじゃクリスマスは、女の子にとって悲しいものになってしまう。彼女を笑顔にしてからでないと、まだ死ねない


天使は頷き、リストの12月24日に回収する魂を消した。代わりに贈り物の蘭に付け足す。贈り主と受け取り主に猫と少女の名を書いて、贈り物を記録。 贈り物 笑顔

そして次に天使は自分の翼を掴み、そのままひっぱりだす。痛みに顔をゆがめながら、翼を折り出した。引き出された翼はバラバラの羽になり、猫に降り注ぎ溶けていった。すると猫の傷は消え、見えなくなりかかっていた視力が戻っていく。猫は、はっきりと少女の姿を確認した。

-ごめんね、充分な寿命も与えてあげられない、私の翼を全部あげても数日だけよ。

-充分だよ、ありがとう


にゃぁ、にゃー。はっきりと猫は鳴いた。先ほどまでのようにかぼそくはなかった。自分のことを見据えた猫の目を見て、女の子は安心して笑顔になりながらまた涙を流した。そこで、初めて目の前に女の子がいることに気づいた。いつの間にいたのだろう、真っ白な肌に、真っ白な服、茶色の長い髪、空気のように消えてしまいそうな少女がそこに立っていた。猫を抱いた少女は目の前の少女を見て驚き

「どうして裸足なの?私の靴をあげる。」

猫を抱いた少女は天使の少女にそう言って自分の靴を脱ごうとした。古くて小さい靴だった。目の前の少女は少し目を見開いた後、顔を伏せて首を振った。そして自分の髪を掴み、どこからか出したナイフでばっさりと髪を切り落とした。今度は猫を抱いた少女があっけにとられた。目の前の少女はそのままゆっくりとしゃがみ、猫を抱いた少女のほおに触れ、ゆっくりと束ねた髪に手をおろし、髪留めをほどく。その髪留めで自分の切った髪を束ねた。

「まっすぐ行けば、髪の買い取りをする美容院がある。これを売って、その先の協会へ行きなさい」

猫を抱いた少女は驚き、断ろうとしたが目の前の少女は断固とした態度で髪を持たせた。途方に暮れ、猫を抱いた少女は別のことを思いついた。

「じゃあ、私の靴と交換しよう。」

天使の少女は怪訝な顔をした。

「それでは、あなたが寒くなるわ」

「私は寒くはならないよ。この子を抱いているし。あなたの方が薄着だよ。」

それでもまた目の前の少女は首を振る。

「いいの、もう帰るから」

そう言いながら天使の少女は駆けていってしまった。しかたなく、少女は言われたとおりに美容院へ行った。お金はまた会ったときに返すことにした。



クリスマスにどの家も暖かい時間を過ごしていることを確認しながら、天使の少女は裸足で雪を踏みしめて歩いた。自分のしたことを思い、ふっと自嘲気味に笑う。死ぬはずの魂を、2つも生かした。自分の翼を犠牲にして。もう空まで飛べない。もう、帰るから。というのは嘘だ。もう帰れない、帰れたところでどんな処罰が待っているかわからない。それでも天使は後悔はしていなかった。クリスマスに贈り物をしただけだ。あの少女と猫は、誰よりも素晴らしい贈り物をしていた。本当のクリスマスを過ごしていた。私はそれを守ったんだ。それだけで天使は満足だった。

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天使の少女はクリスマスに街を歩く 露木 天葉 @tsuyuha

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