第3話あの子との出会い


 初めて優しくしてもらったのは、あの女の子だった。

生まれたのはどこかの家の庭だった。でも兄弟の中でボクは1番小さくて弱かった。気がつくと1番元気な兄弟以外が外に出されていた。その中でもボクはすぐにおいて行かれた。弱いやつは置いていかれる、切り捨てていかないと強いやつも死んでしまう。そういうものだと、ひとりで生きてるときに野良猫に教わった。灰色の、精悍な猫だった。ボクも本能的に理解していた。けれど、どこかでボクはぬくもりを求めていた。やっぱりボクは猫らしくはないのかもしれない。あるいは、あの女の子の感情を知って、自分の記憶と重ねてそんな気がしてきているだけかもしれない。

それもやっぱり猫らしくはないのだろう。

兄弟たちに置いていかれて独りになったボクは、生き方を教えてくれた精悍な猫につきまとい、一緒に生活した。精悍な猫はうっとうしそうにして何度も独りで生きろと怒っていたけれど、結局諦めた。協力するわけではないと言われた。それからボクは精悍な猫の行くところについていって、エサをとっていたらボクも近くで取って追いかけた。食べ始めたら追いかけていってそばで食べた。眠るときは隣で眠った。ただそれだけを繰り返した。なにがしたいんだと聞かれたことがある。迷惑はかけないと答えたら、ならば独りでいいだろうと言われた。少し迷って、一緒の方が寂しくないと言った。精悍な猫はわけがわからないという顔をした。ボクもよくわからない。自分が何をしたいのか。猫らしくない生き方なのはわかっている。でも、別にいいんだと思っていた。

精悍な猫は車にひかれて死んだ。ボクはもうすぐ息を引き取る精かんな猫にそっと前足を乗せた。なにしてると聞かれたので、少し迷って弔っていると答えた。そんなのは人間のすることだと言われた。死は死だ。それ以上でもそれ以下でもないと。でもボクは人間のようにお墓が欲しいと思ったし、弔われて死にたいと思っていた。数時間後精悍な猫は完全に息を引き取った。ボクでは運ぶことはできなかったので、せめて埋められないかと葉っぱや土をかぶせてみる。3度目に往復して葉っぱを持ってきたときだった。精悍な猫のそばに人間の女の子がいた。その女の子は精悍な猫のまえに座って、周りを見た後、かぶせてあった葉っぱをどかした。

(なにをするんだ!)すぐに飛びかかろうとしたら、その女の子は土だらけなのもかまわず精悍な猫を抱えた。大切に抱えていたのに驚いて、ボクはなにもできなかった。そして土だらけの体を抱え、そのまま公園の中の茂みに入り土を掘って埋めた。そして手を合わせるでもなく盛り上げてお墓にするでもなく、手を払ってかけていった。

ボクはその夜、女の子に感謝しながらその上に葉っぱを乗せて眠った。それからボクはそこを寝床にした。たまに女の子は公園に現れた。他で見たことのある人間の女の子と違い、遊ぶわけでもなく、ただ黙々と猫のように時間を過ごしているようにみえた。


それまではとても暑かったのに、その日は突然寒くなった。季節が変わる頃だ、新しい寝床を探さないといけない。でも、精悍な猫のそばを離れたくはなかった。それに、これから寒くなるのにあの女の子はこの公園に来るのだろうか。人間には毛皮がないのに、寒くて死んでしまわないのだろうか。帰る場所はないのだろうか。それに、あの女の子には精悍な猫を埋めてもらったんだ。

この気持ちはをボクは恩返しというものだと判断した。うん、ボクはあの子に精悍な猫を埋めてもらった恩返しがしたいんだ。それでしばらく公園にいて女の子を待っていたのに、雨が降ってきてしまった。とても寒い夜で、ボクはあっという間に凍えて動けなくなってしまった。


ボクはつくづく弱いんだな…。自分を情けなく思った。きちんと自分で生きていくためには、寝床とごはんを常に確保しろ、そう精悍な猫は教えてくれたのに。自分の愚かさを呪った。

でも、そのおかげであのときボクは女の子に見つけてもらった。家に連れて行かれて、あったかいごはんと寝床をもらった。のちにそのごはんでお腹を壊したけれど。暴れ回っていたのに女の子は全然気づいてくれなくて、公園に行ってなんとか他のごはんを自分で確保しながら休んでなおした。

(そうだ、精悍な猫を埋めてくれたお礼をしないとね)

女の子はいつもお腹を空かせているようなのでごはんを持って行ったのだが、なぜかすごくびっくりしていた。困ったように笑って、その後こっそり埋めようとしていた。

(なんで埋めるの?ごはんだよ。)どうしてなのか見当もつかない。

「ごめんね、私はねずみを食べないんだよ」そうか、ねずみは好みではなかったらしい。それは申し訳ないことをしてしまった。

(じゃあ、どうやっておんをかえしたらいいんだろう)

わからないので、しばらくここにいよう。女の子の欲しいものがわかるかもしれない。ボクはこの子におんをかえしたい、そう思っているはずだから。だから、この子が喜ぶことを見つけないと。喜ぶことを、見つける。なんだかそれはとてもワクワクする響きに感じた。


女の子はしょっちゅうおとうさん、という人に怒鳴られていた。どこも傷はついていなかったけれど、でも、その後はいつも怖い目になってしまう。

(おこってるの?怖いの?)ボクが呼びかけると、女の子ははっとした顔になって、それから笑顔を向けてくれる。そのたびに、ごめんね、ありがとうと言われた。そのたびになんだか嬉しい気持ちになる。

(よくわからないけど、ボクがいれば女の子は喜ぶんだ)

それがとても嬉しい。嬉しい?うんと、だからこれは、恩返しができることが、嬉しい…のかな。

(ボクは、おんをかえせるのが嬉しい。楽しい!)

きっとそうだと思った。だって女の子といると今までとは違う、すごくあったかくなる。

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