第41話 Fuck 荒々しく攻め立てる(10)


 思考の糸でつながった俺たちの意思の伝達には、遅滞がない。

 ノータイムで行われる完全な連携。


 前衛を巨体のタンクであるレイラと、遊撃隊のミーシャとシンシャのボルゾイ姉妹に任せる。


 後方からはフィルニールに砲台役になってもらい、ブレスを封じる。クタラグにはマップの把握と誘導をしてもらう。


 俺は彼ら全員の手綱を握り、思考と行動を中継する。


 ここでは誰が欠けるわけにもいかない。

 まあ超絶天才イケメンエスパーの俺が最も重要であり世界の至宝なのは言うまでもないが、次点で重要になるのはクタラグだ。


 ダンジョンは神の力が作用しているため、こんなに大きいフロアでも定期的に内部の構造が変化する。

 迷宮がより複雑化し、トラップの位置はシャッフルされる。

 そのために常にダンジョンには斥候役が必要になるのだ。


 俺が白虎の谷を探していたこの一週間の間に、大地震があった(ここで言う大地震とは、定期的に起こるダンジョン内部の構造の変化であり、より大きなものを指す)。

 ここ、焦熱回廊の構造も、元々生息していたであろうイースメラルダスですら把握しきれないほど変化しているはずだ。彼女はずっと死んでしまった愛しい方のそばにいたから。


 外ならどうだかわからないが、ダンジョン内での戦いならば、俺たち冒険者の方が圧倒的に上だ。それを見せてやる。


「撤退だ!」


 俺は言わなくていいことをわざわざ声に出して言った。つまり、イースメラルダスに聞かせてやるということだ。


 本当に、言葉は不思議で便利で、図々しく他者の領分を侵害する。


 その間にも俺は抜かりなく、クタラグの罠感知の結果をパーティメンバーに共有する。

 カードをシャッフルして一枚ずつ丁寧に配り分ける、よどみないカジノ・ディーラーのような手管。


 トラップの位置や種類を、レイラの階層の記憶と照らし合わせる。

 すると、この世界で最新にして最も詳細なマップがホログラムめいて俺たちの脳内に組みあがる。

 ファンタジーとSFはほんのすぐ隣にあるのだ。


 先頭をクタラグ、しんがりをレイラにしてなるべく細い道をたどる。

 イースメラルダスがギリギリ通れて、かつ飛んで追い越すことができず、ブレス一息で終わりにしてしまえないような曲がりくねった道を慎重に選ぶ。


 誘導であるとわかっていても、イースメラルダスは俺たちを追うしかない。それだけの暴力的な獣になっている。


 角を曲がるたびに、薄暗い洞窟の陰から爛々らんらんと黄色い宝玉のような眼球から殺意の視線がこっちにこぼれてくる。


 たまらない。

 俺たちは今この世界で、他の誰よりも冒険をしているのだ。

 ダンジョンでドラゴンに追いかけられて、ドラゴンを狩ろうとしている奴がこの世に何人いる?


 俺は笑った。

 笑うついでに、足元のパネルをわざと踏みつける。

 すると、カチリ、と音を立ててトラップの機構が動き始めた。


 背後、無理やり狭い通路に身をねじ込んでくるイースメラルダスの更に後ろから、巨大な何かが動く音が聞こえる。


 レイラが巨大な甲殻の盾で、追ってくるイースメラルダスの鼻面を跳ね返した。

 立ち止まったところに、丸い巨岩が転がってきて、イースメラルダスを打ちのめした。


 イースメラルダスの羽根の被膜越しに、岩の表面に浮かび上がった人面が見えた。

 ボムロックと言われるモンスターの一種だが、こんなに大きいのは初めて見る。


「チックタック、チックタック♪」


 ボムロックが不吉なメロディーを口ずさんだ。


「走れ走れ!」


 今までも充分走っていたが、それに輪をかけて全力ダッシュでとにかくイースメラルダスから遠ざかる。


 耳をふさぎ、口を開ける。メンバー全員も俺にならった。


 ひとつ、ふたつ、角を曲がったところで、ものすごい爆音が響いた。

 爆発の圧力がこちらにも及び、俺たちは団子になって吹き飛ばされ、壁にぶち当たった。


 目がちかちかする。だが、ここで止まってはいられない。


「ヴォロロロロォオオオ!!!」


 声帯が傷つけられてよりおどろおどろしい声になったイースメラルダスは、まだちっとも死ぬ気配を見せない。


 爆破で洞窟の直径が広がり、翼が千切れたせいでより通路を通りやすくなったようだ。

 これは誤算。


 まずいな。また走らなきゃならない。

 もうちょい足止めができると思ったが、早くに行かないと――。

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