第40話 Fuck 荒々しく攻め立てる(9)


 俺は転移パネルの上に乗った。


 ダンジョン直通、迷宮までひとっ飛び。


 一瞬視界が真っ白になったかと思うと、今度はむっとするような熱気が身体全体を叩いた。


 見れば辺り一帯はマグマ溜まりと噴出する蒸気、そして粗削りな岩石ばかりがある。

 アスフォガルのダンジョン第十五階層、焦熱回廊だ。


 スラムがあった第二階層や、竜の死体が発見された第八階層の森林ゾーンとはまるで違う様相だが、この通常の自然法則をまるで無視したメチャクチャな環境こそがダンジョンをダンジョンたらしめているのだ。


 焦熱回廊はうっかり現役の活火山の中に迷い込んだような構造をした階層で、熱を操る竜であるイースメラルダスがいるのにふさわしい場所だった。


 もしかしたら、イースメラルダスとそのつがいは元々ここに住んでいたのかもしれない。

 自分の半身ともいうべき相手が、脳を損傷して追放されるまでは。


 彼女らの蜜月を思うと同情心が生じないわけでもないが、それでもレイラがさっき言った通り彼らは人喰いの化け物だ。

 殺しを楽しむ知性と悪意まである。

 ひ弱な人間族ヒュームとしては早めに駆除したい。


 俺とレイラを追って、白虎の谷の連中が転移パネルを通ってきた。

 ふーん。さっきの流れからして、ミーシャとシンシャは最悪来ないまで考えてたのにな。


 いけないな、俺はどうも他人を低く見積もる癖があるようだ。


 今度こそ、フィルニールが杖で転移パネルを砕いた。

 これで俺たちはもう、イースメラルダスを討伐するまで帰れない。


 さて、お目当てのトカゲ女は……と思っていると、カンカンに熱したフライパンに水を垂らしたような音がした。

 俺たちの後背にあった岩の壁が砕け、ねじれた骨の山のような巨人――レイラが吹き飛ばされてきた。


「ごぅおぉおおお」


 俺たちにはレイラをおもんぱかる余裕がなかった。

 レイラを吹き飛ばした、壁の向こうの不吉な音に意識が釘付けだったからだ。


 竜だ。


 全身を真っ赤な鱗で覆った竜がいる。


 強靭な四足で地面を踏みしめ、レイラをえぐった爪は赤熱し、ぶすぶすと岩を焼いている。


 コウモリを千倍凶悪にしたような羽根は、わずかに広がっただけで洞窟の天井をガリガリ削った。


 背や頭部には、その一本一本が大槍の穂先になりそうな角がびっしりと生えていた。


 耳まで裂けた口をわずかに開けば、そこからは火の呼気が漏れた。密集した牙と相まって、地獄へと続く凶悪な死の穴のようだった。


 眼は、憎しみに燃え立つ眼は、人の頭ほどもある宝石のようにキラキラとして、同時に獣の禍々しさをたたえていた。


 イースメラルダスが俺たちを見た。


 それは死の視線だった。


 眼を見ただけで、生き物としての性能や存在級位が人間なんかとは比べ物にならないのがわかった。


「もう、やめだ。人間の真似事などすべきでなかった。我は竜だ。この世のすべての命の上をゆくものだ。虎は猫にはなれぬのだ」


 擬態を解いて真の姿を現したイースメラルダスの吐く息には、火と、血のにおいが入り混じっていた。まごうことなき怪物の存在証明だった。


「へ、へ」


 恐ろしい。

 あまりに恐ろしくて、俺は笑った。


『逃げることは許さぬぞ』


 アリザラが俺の手首に鎖を巻き付けた。

 もとより逃げるつもりはない。

 っていうか、逃げる場所がない。

 元の世界から追い出されて、次に行くあてなんかない。

 たとえ勘違いでも、俺がここにいていいと思えたのはこのアスフォガルだけだ。


「うわあああっ」


 恐怖に耐えられず、クタラグがナイフを投げた。

 強靭な鱗にあっけなく弾かれるかと思ったが、それより悪かった。


 イースメラルダスが飛んでくるナイフをひと睨みすると、ナイフは空中で溶けて、夏場のチョコレートみたいに地面にへばりついた。


 それが合図だったかのように、そこにいた俺とレイラ以外の全員がイースメラルダスに攻撃を始めた。

 誰もが皆、自分が羽虫のようにくびり殺されるビジョンをぬぐい去ろうと必死だったのだ。


 俺は暴れる狂牛めいた彼らの恐怖を乗りこなすのに必死になった。

 化け物を殺すのに必要なのは制動されたチームワークであり、精密に計算された一撃であるからだ。


「レイラ、いけるか」


「この程度は傷の内に入らない」


 彼女が言う通り、とっくに血は止まって再構築された鎧が傷口をふさいでいた。


 そうとも、怪物は一匹じゃあない。

 お前らだって、俺の頭の中をのぞいたら腰を抜かすぞ。


 俺は必死にドラゴンに斬りかかる白虎の谷の連中に、テレパシーを送った。


 まずは、なまじっか斥候役で相手の力量が見えるせいで心が折れそうになっているクタラグに安心を与えてやろう。


『クタラグ、お前が前衛に混じっても何の意味もない。それよりも罠感知のスキルを使え』


 罠感知とは、シーフやスカウトに必須のスキルで、魔力をソナーのように飛ばし、そのダンジョンにあるトラップの位置や種類を知る効果がある。

 当然、優れた使い手ほどより広い範囲のトラップを、より詳細に知ることができる。


 Aランクのシーフであるクタラグに期待しているのは戦闘面なんかではなく、この手のサポートのスキルだ。ビビって余計なことしてる場合じゃねえっての(←もちろん俺は優しいのでこの台詞は伝えていない)。

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