第22話 手長足長

 試合会場で朱の盆と釣瓶落が激戦を繰り広げていた頃、手長足長は控え室の壁に背を預けるように座っていた。

 胴体部分をすっぽりと覆うように、黒いマントを羽織っている。

 そのマントから伸びる手足は異常に長く、細い。

『名は体を表す』を体現するように、片方の腕の長さは三メートル、股下は二メートルという巨人であった。

 まっすぐ立った際の身長は3メートルをゆうに超える。

 そんな手足を器用に折りたたんで、体育座りのような恰好で座っている。

 セコンドはいないが、ぶつぶつと何やら言葉を発しているようではある。

 その様相の不気味さから、他の妖怪達もある程度距離をとっている。


「気味の悪い野郎だな」


 手長足長に、そう話しかけたのは天邪鬼だ。

 天邪鬼は、控え室に入ってからずっと、出場する妖怪やセコンド達に話しかけ続け、ウザがられている。


「俺も大概だとは思うが、お前さっきから独り言が多いぜ」


 手長足長は呟きを止めた。

 だが、何も応えない。

 ただ、虚空を見つめ、無言となる。


「まあ、いい。勝手に喋らせてもらう」


 天邪鬼が手長足長の横に立ち、壁に背を預けた。


「目的はなんだ?」


 手長足長は応えない。


「誤魔化すのはやめとけよ。俺は嘘つきのプロだぜ?何かを隠しているやつは匂いでわかるんだよ」


 手長足長は応えない。


「さっきから片っ端から声をかけて廻ってるんだが、お前以外にも何かを隠してこの大会に参加している奴らが何人かいる。そいつらとお前の目的が同じなのか、違うのかは分からねぇがな」


 軽い口調は変わらないが、天邪鬼の目が鋭さを増していた。

 手長足長は相変わらず虚空を見つめており、天邪鬼の方を見ようともしない。


「無反応……それがお前の答えか。いつまで貫けるかな」


 天邪鬼は隣に座る手長足長に向けて強い妖気を放った。

 ぐにゃり、と空気が歪んでしまうような錯覚を覚えるほどの殺気を孕んだ妖気だった。

 これほどの妖気をぶつけられれば、通常であれば何らかの臨戦態勢をとってしまうはずである。

 だが、手長足長は応えなかった。


「けっ!大したもんだ!肝が太いんだか、鈍感なんだか」


 妖気を引っ込めた天邪鬼は背を壁から離すと、手長足長の側から離れていく。


 その背中を、手長足長は先程までの呆けたような虚ろな瞳ではなく、明確な鋭さで睨みつけていた。


 天邪鬼も、その刺すような視線には気づいている。

 だが、あえて振り向かない。

「目的はなんだ?」と声をかけた瞬間、ぴくり、と手長足長の肩が動いたのを、天邪鬼は見逃さなかった。

 やはり、手長足長は、ただの参加者ではないのは確かだろう。


(それでいい。何かある、という確信が持てれば……)


 天邪鬼が十分に離れると、手長足長の目は再び焦点が合わないものになり、早口でぶつぶつ、ぶつぶつと念仏のような呟きを再開する。


「どこまで知っている?」

「いや、知るはずがない」

「やるしかないのか?」

「いや、やらねばならぬのだ」

「うまくいくのか?」

「いや、うまくいかせるのだ」

「正しいのか?」

「いや、正すのだ」

「どうしてもか?」

「どうしてもだ」


 虚空を見つめたまま。自問自答のような呟きを繰り返し、繰り返し。

 いつまで続くとも知れぬ疑問と否定の繰り返し。


『百年待ったのだ……もう逃がさんぞ』


 その言葉には、確かな呪詛の力が込められていた。

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ミドル級日本妖怪王座決定戦 骰子十三 @saikoro13

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