第21話 桜の木の下にはね・・・

その日も、いつも通り出勤し、いつも通りの1日だと思っていた。

カラオケの入っている小さな店なので、いつも騒々しいのだが、

この日は一際騒々しかった。


初めて見る顔のお客様だった。

その人を見た瞬間、久美ちゃんが叫んだのだ。

『キャー!ヤマちゃん、来てくれたの~』

まさに、黄色い声とはこの事だろうと思うほどの声だった。

酔っぱらって、ボッタクリの兄さんや、黒服の高橋君に甘えている時とは

また違った、声だった。

久美姉さんからは、『男はいない、捨てられた』と聞いていた。

『ソレなんだろうな』と思った。

何だかイヤな予感がして近づかなかった。


悪い予感は当たるもので、その席に呼ばれた。

断ろうと思ったが、ご丁寧に『場内』ではなく『指名』を入れてくださったので

断る口実がなくなってしまった。

久美ちゃんは、とても嬉しそうだった。

そして私の事を『今、1番可愛がってる子で、今期NO.1なんだよ』と紹介した。

その店は、1ヵ月を2期に分けて、ランキングを決めていて

その頃は、私・あけみちゃん・若い女の子と、

3人でランキング1・2・3の順位を入れ替わってるだけだった。

何を話したのかは覚えていないが『品定めされてるな』と感じた。

余計な事は言わないでおこう、と思った。

有難いことに他にも『指名』の席が、いくつかあったので

当たり障りない程度に長居はしないようにした。

案の定、アフターに誘われたので、先約があると断った。

珍しく高橋君を連れずに、久美ちゃんは、その男と出掛けた。


それから、度々、その男『ヤマさん』は店を訪れた。

基本は久美姉さんか私を『指名』した。

久美ちゃんの売上は、どんどん落ちて行った。

ヤマさんが来ると、他の指名のテーブルに戻らなくなるからだ。

ヤマさんが来ない日は、相変わらず飲みに連れ歩かれた。

ヤマさんは、想像通り『ヤ』のつく商売で、

それを抜きにしても『関わらない方がいいタイプ』な人なんだな、

と、いうのは、久美姉さんの話から容易に想像がついた。

が、何度も席に呼ばれて話しているうちに

『頭のいい人なんだな』とも思った。

同時に『怖い』とも思った。

でも、実際には優しく話は楽しかった。

ただ気になったのは、私が話していない私の事を知っている事だった。

『姉さんがベラベラ喋ってんだろうな』としか、その時は思わなかった。

何か気付いていたとしても、何も変わらなかっただろうと思う。

その頃の私は子供すぎて、何も出来なかったと思う。

今だったとしても、精々できるのは忠告ぐらいだろう。


ヤマさんは、少しづつ私への指名を減らし、

代わりに、あけみちゃんを指名するようになった。


そんな頃、珍しい人から『相談したい事があるのですが』と

仕事後に飲みに誘われた。

黒服の高橋君だった。



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