エロ魔導師は我が道を往く

しょー

第1話『エロと駆け出し女剣士』




「……う~ん……」






 エルク王国西方、ゼーロック子爵領の外れに位置する地方都市サレン。 そこの冒険者ギルド内の掲示板の前で腕を組んで難しい顔をする少女が居た。




 リスティという名前の彼女は、冒険者と呼ばれる職業になったばかりの娘だ。


 背中まで伸びた赤色の長髪、やや幼さが抜け切らないものの、整った顔立ちにつり目がちで勝ち気な印象を持たせる褐色の瞳。




 腰には一振りの剣が下げられており、服装は革製のジャケットとパンツ、それとブーツといった防御をほとんど考えていない装備だったが、動き易さを追及すれば金属製の装備を嫌う冒険者も多いので特に珍しい訳ではない。


 彼女の場合は単純に金属製の防具を買う金が無いだけだが。




 リスティが冒険者になって今日で五日。 実家である剣術道場を飛び出して、冒険者として身を立ててやると息巻いていた訳だがどうにも上手くいかず、彼女は苛立っていた。




 このサレンの街はリスティの地元の街のひとつ隣街で、あまり大きくないし人も少ない。


 人が少ないという事は冒険者ギルドへの依頼も少ないという事であって、駆け出しの彼女に見合う依頼もあまり無かった……いや、あるにはあるが街の中でのお使いや掃除の依頼などが基本であって、一応ある。


 ……というかたくさんある。 剣士である自分がやるような仕事じゃないと突っぱねているので受けていないけれど。




 つまり、冒険者になったは良いが、拘りを持ちすぎて依頼をまだまともにこなしていないド素人同然の娘だった。






(……むう、やっぱりこんな田舎じゃ大した依頼なんかないよね、討伐依頼なんかひとつもないし!)






 正確には少ないながらも幾つかはあるのだが、リスティの階級は最低の青銅級ブロンズであり、そもそも討伐依頼はほとんどが受領不可だ。


 普通はどんなに血の気の多い奴でも我慢して使い走りをこなして鉄級アイアンまで上げるのを目指す。 それが最短だし青銅級のままだとまともにパーティーも組めない。




 冒険者パーティーに加入出来るなら討伐依頼も受けやすいし、安全性も増す。 しかしリスティのような初心者を受け入れてくれる所は少ない。


 居るには居るのだが、どう考えても下世話で戦力として欲しているとは思えない気持ち悪いおっさんパーティーぐらいしか声を掛けてくれなかったので断った。






「……決めた、やっぱりもっと大きな街にいこう」






 こんな小規模な寂れた街なんか居られないわ!! と鼻息を荒げつつ予定を変更。 駆け出しだが腕っぷしにはそれなりに自信のあるリスティは、典型的な早死にするタイプの娘だった。


 慎重さとか弁える理性とかを持っているなら、そもそも女の身で家出同然な形で実家を飛び出したりしない。




 とにかく、このサレンより大きな街まで行ってそれから考えよう。 そう思いながら掲示板から離れて歩き出そうとしたリスティ。






「ひとりで行くんですか、危ないですよ」






 そこで、いつの間にか隣に立っていた者に、そう声を掛けられた。






「何よあんた、何か用?」




「難しい顔して掲示板を眺めていたと思ったら、もっと大きな街に行くと言い出したので気になって」




「むっ……」






 独り言を聞かれた気恥ずかしさもあるのか、そう言われたリスティは少し苛立つように声を掛けてきた奴を睨む。




 黒髪黒目という珍しい髪と瞳を持っているが、顔立ちはなんともパッとしない。


 道端ですれ違っても視界から外れた瞬間に顔を忘れそうな凡庸としか言えない印象で、声を掛けられなければまず意識すらしなさそうだった。


 年齢はリスティと同じぐらいで、黒いロングコートを着込んでいるが、それ以外の服装は其処らへんに居る街の住人と大差無い。 つまり特徴があんまり無い。


 中肉中背で何処までも普通な男だ。






「ひとりは危ないって注意してくれるのはありがたいけどさ、それが何よ?」




「いえ、宜しければお供しましょうかと思って」




「……はぁ?」






 ひとりは危険なので一緒に行きませんか? そう男は言いたいらしい。 リスティからすれば注意されるのすら大きなお世話だと感じていたので、思わず刺々しい返しをしてしまう。






「どうでしょう、ひとりよりは安全だと思いますけど」






 ただ、お節介にしても話すら聞かずに邪険にするのも人としてどうなのか。 そんな考えも過るので一応、本当に念のため確認をしてみる。






「あんた、冒険者なの? ランクと、それと役職ジョブは?」




「その前に自己紹介を。 僕はエーロッツォ、宜しければ親しみを籠めてエロと呼んで下さい」




「……ひどい名前」






 なにやらにこやかに自己紹介を始めた男。 エーロッツォという名前らしいが略称が酷い。


 少なくともそんな風に呼ばれて喜ぶ奴は居ない。 いや、目の前の男は妙に誇らしげだが多分頭おかしい奴なんだと思う。






「語源は一応、聖典に記載されている愛の神エウロスかららしいですが、確かにひどいと言えばひどいかもですね、ははっ」




「いやそんなのどうでもいいけど」




「それで、貴女の名前は……」




「リスティよ、宜しくするかは知らないけどね」




「良い名前ですね」




「そ、自己紹介が済んだらさっきの質問答えて欲しいんだけど。 ランクと役職」




「一応冒険者ですね、ランクは青銅級で魔導師やってます」




「……青銅級……でも魔導師か」






 青銅級という事は、自分と同じく初心者の駆け出し冒険者なのだろう。




 それはまあ良い。 自分だって同じ青銅級であり冒険者に成り立てホヤホヤなのだから文句を付ける所では無い。 それよりは魔導師だという話の方が重要だ。






「歳はあたしと同じぐらいよね、魔法はどのくらい使えるわけ? 火球ファイヤーボールぐらいは撃てるんでしょうね」




「ええと、そんなに使わないですけど、一応撃てる……たぶん……」




「……はっきりしないわね」






 魔導師と言うからには誰もが知っている基本的な攻撃魔法である火球ぐらいは扱えないと、同行させてもはっきり言ってお荷物だ。


 この目の前のエロとかいう男、火球を使えるか聞いただけで目が泳ぎ始めてなんとも嘘臭い。 本当に魔導師なのか。






「じゃ、一番得意な魔法は?」




「エロ魔法です」




「は?」




「愛と生命を司る最強の魔法です。 異端魔法アブノーマル・スペルとも言いますが」






 なにいってんだコイツ。






 キリッとすました顔で聞いた事もない変な事を言い出した男に、リスティはますます怪訝な顔を向ける。




 何というか、たぶん関わったらダメな奴だと直感する。






「という訳なので戦力的には自信がありますのでご安心を。貴女の事を身も心も全力全身全霊でご助力致しましょう」




「いや、いらないけど」




「えぇそんな、何故?」




「胡散臭いからに決まってるでしょ……もう良いから向こう行け、シッシッ」




「そんな事言わずに!! 心配なんです、女性がひとりで街道を歩くなんてイエスノー枕を常にイエスにしながら不特定多数を誘うようなものなのに!!」




「いや、何言ってるのかわかんない」






 とりあえず、なんか必死に食らいついてきてちょっと気持ち悪い。


 見ず知らずの人間にここまで迫るってどういう意図があるのか。 やっぱりあれか、名前通りの目的の奴なのか。


 それなら同行なんてお断りだし触ってこようものなら剣を抜いてでも追っ払うけれど。






「あれですか、知らない男と一緒は嫌だとかそんな感じでしょうか。 なら大丈夫、女の子もちゃんと居ます二人きりって訳じゃないです」




「うん? なに、他にも誰か居たの?」




「ええ、義妹いもうとがひとり。 ……パルフェ、おいで!!」






 パルフェという呼び掛けに応じて、少し離れた受付カウンター辺りで何かしていた女の子が振り返り、トコトコと小走りに駆け寄って来る。






「……子供じゃないのよ」






 男の隣に寄り添った女の子は、ふわりとした銀色の髪を後ろで束ねた、今年十六歳になるリスティより、五歳ぐらいは下に見える子だ。


 瞳の色は澄んだ空色で、色素の薄い白い肌も相まって人形のように可愛らしい。


 フリルをあしらった黒を基調としたメイド服のような服装と、背中に大きな真っ赤に染められた革製の鞄を背負っているのも似合っている。




 何というか、部屋に飾っておきたいと一瞬考えてしまう子である。






「にいさま、またなの?」




「うん、ちょっと放って置けないからね」




「……そう、まったくもう」






 溜め息と共にリスティへ向けられたパルフェという女の子の瞳は非常に冷やかで、明らかに迷惑そうである。


 リスティからすれば、そんな目を向けられる筋合いはそもそも存在しない。 だって一緒に行動するつもりは毛頭無いのだし。






「見た通り僕だけ付いて行く訳ではないので問題無いですよ」




「いや大ありだから。子供連れなんか余計一緒に行けないわよ」




「えぇ……」






 何処をどう判断すれば大丈夫なのかわからないが、危険だから同行しますと声を掛けてきて、子供を連れていこうとするとかどういう了見なのか。




 当然だが、そんな連中と一緒に居ても安全に移動なんか出来る訳がないし、逆に危険じゃなかろうか。




 足手まといと変な男。 何処に安心出来る要素があるのか。






「……話聞いて損したわ。残念どころか当然の話だけど同行の話は無かった事でお願いね。それじゃ」




「あっ、リスティさんちょっと!?」




「しつこくするのお断りっ!!」




「そんなー」






 リスティはエーロッツォという変な男に背を向けて、足早にその場を後にした。






「はぁ、また警戒されてしまった」




「にいさま、それじゃいつも通り?」




「そうなるね」




「わかった」






 そんな会話を変な男とその義妹という少女がしていたのだが、街を出る準備の為に冒険者ギルドを後にしたリスティには聞こえる筈も無かった。


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