第19話ようじょ、スパークリングワインの製造現場へ赴く!【後編】
ほの暗く、うっすら寒い
梨東大学の地下にあるスパークリングワイン製造現場のトンネルを、寧子達は佐藤に先導されて進んでいた。
「ここのスパークリングで使ってるブドウは主にシャンパーニュと同じで、シャルドネ・ピノノワール・ピノムニエなんだ」
「ピノノワール? 赤ワイン用のブドウを使ってるんですか?」
ピノノワールは、他の黒ブドウに対して色合いの薄い赤ワインを生み出す。
だからといって、寧子の記憶にあるスパークリングワインが、赤色を呈していた記憶はない。
「ピノの実だけを使うんだよ。白ブドウだけで作ったシャンパーニュを”ブランドブラン”、黒ブドウだけで作ったものを”ブランドノワール”っていう」
「フランス語で、白はブラン、黒はノワール、ネ!」
クロエは誇らしげに洞窟に声を上げた。
そういえばクロエはフランス人だったと思い出す寧子なのだった。
「まずはシャルドネ、ピノ、ムニエをそれぞれワインとして発酵させる。で、そこで得た原酒をバランスよく調合するんだ。そうして調合し終えたワインを瓶へ詰めて、
佐藤が足を止める。
目の前には台座のようなものに据えられているワインボトルがあった。
「栓をされたボトルの中で酵母が蔗糖を餌に発酵をし、炭酸ガスとアルコールが発生する。当然、栓をされているから……石黒さんどうなると思う?」
「瓶の中にたまるしかない、ですか?」
「その通り! 炭酸ガスは外に逃げられず、ワインに溶け込んでゆく。その炭酸ガスこそが、スパークリングワインのきめ細やかな泡の正体なんだ!」
「へ、へぇ……」
「これを【瓶内二次発酵】、別名”伝統方式”や”メトードトラディショナル”なんて言われる、一般的なスパークリングワインの作り方だ!」
熱弁をふるって佐藤は凄く満足そうだった。
とりあえず気持ちよさそうなので、若干気圧され気味というのが顔に出ないよう気を付ける寧子なのだった。
「な、なんか浮かんでますね?」
ふと寧子は寝かされた瓶内に、なにか異物のようなものが見えて指摘する。
すると佐藤は待ってましたと言わんばかりに口元を緩ませる
「それは滓だ」
「滓?」
「発酵が終った酵母の死骸って言えば良いかな?」
「ジーザス……死骸って嫌な表現ネ。佐藤陽太くん、センス最悪ネ」
クロエの遠慮のない指摘にさっきまで自信満々だった佐藤の表情が凍りつく。
「わ、悪い……上手く表現できなくて……」
「じ、事実だから仕方ないよ佐藤君! ドンマイ! うん!」
と、沙都子が凄く一生懸命フォローを入れて、佐藤は元気を取り戻したようだった。
「佐藤さん、クロエなんかのいうことなんて気にしない方が良いのです。ところでこの滓はどうするのですか?」
「
「ルミ、アージュ……? デゴルジュマン……?」
良くわからない、まるで魔法の名前のような用語を反芻する。
寧子は首を傾げつつ、佐藤に続いて更に洞窟の奥へと進んでゆく。
やがて佐藤は三角看板がずらりとならんだスペースで足を止めた。
そこでは沢山のワインが三角看板に突き刺さっていた。
ぶ厚い瓶底を、寧子達の方へ恥ずかしげもなく向けている。
「これが
「どれぐらいで滓が溜まるものなんですか?」
「四週間から四か月くらい? ここでは大体2か月かけて動瓶をやってる。動瓶の工程は滓を集めるってことよりも、滓をワインに馴染ませることに重きを置いるんだ」
「凄く時間をかけてるですねぇ」
「まぁな。後は集まった滓を瓶口こと凍らせて、栓と一緒に抜く。それが
発泡性ワインを造るのは凄く大変そう。
これまでの製造過程を聞いて、寧子は思った。
「なんかめんどくさいネー。もっとこう、ビッグ!な何かで、ぱぱっと作れないネー?」
「やってるよ。【シャルマ式】って方法でな」
佐藤はクロエのふざけた発言を真面目に拾い、次なる専門用語を口にする。
(どんだけスパークリングワインは複雑なんですか!)
そう思いつつも内心では興味津々な寧子は、次はどんな話が聞けるのか楽しみで仕方がない。
「そういえばサッちゃん、さっきから顔赤くて、言葉とっても少ないけど大丈夫ネ? 具合悪いネ?」
「えっ……あ、ううん、な、なんでもない! 佐藤君のお話凄く面白いから遂聞き入っちゃって! 身体は、うん、すっごく元気だから!!」
(沙都子ちゃん、もしかして……?)
そういえばさっきから沙都子は熱弁を振う佐藤をキラキラした目で見ていたような気がする。
なんとなく察する寧子なのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます