第18話ようじょ、スパークリングワインの製造現場へ赴く!【前編】
ひゃっほーい! ひゃっはー! かっとばすネー!」
ハンドルを握るクロエはご機嫌に叫んでアクセルを踏みつける。
速度はきっちり、法定速度40km毎時。
ハンドルを切っても体は一切傾かず、ブレーキもいつ止まったのか分からい程ソフトで穏やか。
叫びとは裏腹に、とても丁寧な運転をするクロエは、真っ黒なミニクーパークラブマンで二車線の県道をひた走る。
後部座席の沙都子はうつらうつらと眠そうに体を揺らし、助手席の寧子は車窓に流れる師走の街を茫然と眺めていた。
佐藤が通う醸造学科のある梨東大学は、寧子達の通う大学からは大体駅二つ分の距離にあった。
校舎も元短大で学科も少ない寧子達の大学に対して、敷地内にビルのような建物が整然と並んでいる。
偏差値ランキングでも、この地域の中では高い位置にあり、大学全体からどことなく頭がよさそうな雰囲気が醸し出されている。
その上、佐藤の所属する”工学部醸造学科”の敷地内は、男子学生ばかり。
男子学生たちはまるで珍しい何かを見るように寧子達へちらりと視線を送る。
沙都子は恥ずかしそうに寧子の後ろに隠れるが、寧子よりも身長が遥かに高いため、盛大に上半身があふれ出ていた。
クロエは男子学生が寧子へ視線を合わすや否や”しゃー!”と威嚇するネコのような声を上げ、
「落ち着くです、クロエ。どーどーです」
「にゅふー……しゃーッ! ネコちゃんは渡さないネぇ!」
クロエが威嚇するたびに、寧子は背中をさすって気持ちを落ち着けていた。
そんなことを梨東大学工学部の広い敷地で暫くしていると、
「佐藤君!」
真っ先に沙都子が声を上げて、駆けて来る佐藤へ手招きをしていた。
「わ、悪い遅くなった! ちょっと教授に捕まってて」
「急に押しかけたのはこっちたのでごめんなさいなのです。本当に良かったんですか?」
寧子が申し訳なさそうにそう聞くと、
「だ、大丈夫! たまたまだから! 気にしないでくれ! ホントっ!」
「そうですか? じゃあ、今日はお言葉に甘えて宜しくなのです」
「お、おう!つっても、俺未だゼミ生じゃないからあんまし詳しく説明できないぞ?」
「なに言ってるですか! 期待してますですよ、佐藤さん!」
寧子は八重歯を覗かせながら微笑んだ。
恥ずかしがり屋の佐藤らしく、彼は顔を真っ赤に染めて、
「ああ! 任せて……ひいぃっ!」
「しゃーッ! しゃー! しゃーー!!」」
眉間に皺を寄せたクロエが、何故か佐藤を威嚇していた。
「クロエ、どーどーです。佐藤さんはワインのことを教えてくれるだけだから大丈夫なのです」
「にゅふ~……佐藤陽太くん、ダメネ! ネコちゃんの半径一メートル以内に入っちゃだめなのネ! じゃないと首筋に噛みつくネ!!」
沙都子の乾いた笑いが、師走の寒さの中へ溶けて消えていった。
●●●
「WOW! ダンジョンネー!」
クロエの甲高い声が響き、
「ちょっと、寒いね……」
少し薄着の沙都子は肩を震わせる。
「石黒さん、寒くない?」
と、佐藤は言いながらジャケットを脱ごうとするが、
「大丈夫なのです! それよりも沙都子ちゃんに着せてあげて欲しいのです」
佐藤は寧子の代わりに沙都子の方へ、ジャケットを掛けた。
沙都子は耳を赤くして礼をいうのだった。
今、寧子達が居るのは、クロエの云う通りまるで洞窟か、RPGのダンジョンを思わせる、薄暗く天井の高い地下空間だった。
「ゴブリン、オークに、スライム、リビングアーマーだろうがなんだろうがかかってくるネ! ネコちゃんはワタシが守るネ! さっ、ネコちゃん! ワタシに愛の強化魔法を! アナタのラブを!」
「何がラブですか。しかもなんでお前がパーティーリーダー風で、わたしが魔法使いですか? っていうか、騒がないです。子供じゃなし……」
そういう寧子も本当にダンジョンのような、梨東大学にある、洞窟のような地下施設に内心ではむちゃくちゃ興奮していたのだった。
「凄いですね。大学の地下にこんな施設があるだなんて驚きなのです」
「この辺りの土壌が石灰質だから、シャンパーニュと同じようなこんな施設を作ったそうだ。今はとある大手のワインメーカーと共同で、スパークリングワインの製造実験をしている」
「へぇ! じゃあシャンパーニュ地方の地下にはこんなダンジョ……じゃなかった、こういう施設が沢山あるですか?」
「そうらしい。行ったことないから、教授に話を聞いただけだけどな」
さすがはヨーロッパ。ファンタジーの原風景。
いつかはワインの本場であるフランスへ行ってみたい。
そう思う寧子なのだった。
「じゃあ、佐藤さん、早速お願いしますなのです!」
「あいよ。スパークリングワインの作り方を端的に言えば、”まずはワインを醸造して、栓をしてもう一回発酵させる”これを【瓶内二次発酵】っていうんだ」
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