第18話 沈丁花

中谷はここのところ、爺さんの区域の集金は脇谷すべて任していた。

爺さんが死んだ後もあの近辺は故意に避けていた。

そして又、春が近づいてきた。


中谷は最後の朝刊を入れ終ると、街灯の下で腕時計をのぞいた。

まだ夜明けまで暫くある。

ちんちょうげの匂いが中谷の鼻をついた。


中谷は、ことのほかこの花の匂いが好きであった。

爺さんの家の前にも、ちんちょうげの花が植えられていたのを想い出した。

中谷の荷台がカラになったバイクは、自然と蕪畑の方へと向かった。



中谷が爺さんに話し終ると、爺さんは、

「よおくわかった。

苦労したねえ。それじゃ、ちょっと後ろを向いて」

と言った。


中谷は爺さんに背中を向けた。


「おお、あの時の龍はもう君の背中から出て行ったよ。

全く、威勢の良いみごとな龍だったね。

あれだけの龍がたったの三百万円で出て行ったんだから、

君は大したもんだよ。

本当に良かった」


爺さんがそういい終えると、中谷は向き直りその皺だらけの顔を見た。


爺さんは、中谷の視線を避けるようにして、元来た道を杖をつきながらよろよろと歩き出した。


中谷は爺さんの後姿が目から少しずつ消えて行くのを待った。


目をつむり、ちんちょうげの匂いを思い切り吸い込んだ。

中谷は軽くなった体をバイクに乗せ、営業所に向かって突っ走った。


先日入ってきた新米二人が朝刊を終えて帰ってくるのを迎える為に。



                   完

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ドラゴン 阿部亮平 @naomi8731

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