023 『お茶漬けマヨライス』

 車は一定の速度で、交通量が疎らな国道を軽快に走っている。

 姫先輩の軽快なトークと共に。

 ちなみに今の話題はコミュニュケーションについてである。


「コミュニュケーションが大事、コミュニュケーションが大事とどこでも呪文のように言うそうだが、私からみればそんな物は必要ない」


「いや、大事だと思いますけど……」


 就職活動とかでもコミュニュケーション能力は大事と、何かで見た覚えがある。


「天才にコミュニュケーションは必要ない」


「………………」


 この場合『天才=姫先輩』という方程式は容易に想像出来る。

 だが、そんな事はないと思う。複数人で意見を出し合ったりするのは有効な筈だ。ことわざにもあるしね。


「『三人寄れば文殊の知恵』って言うじゃないですか」


「ならば三人で私より優れた知恵を出してみたまえ」


 無理だ。

 間違いなく出せない。だって姫先輩の知識量は一般人三人分より確実に多い。そしてその知識の使い方もおそらく上手い。


「よくある話だよ、何人かで出し合った意見より、一人の天才の閃きの方が優れているなんてのはね。だから、コミュニュケーションなんてものは必要ない」


 確かに天才の閃きのおかげで夜更かしも出来るし、パソコンで『巨乳』と検索出来るし、『ロミオとジュリエット』は未だに世界中で親しまれている。


「永谷園のお茶漬けがあるだろう?」


「えっ、あ、ありますね」


 会話が飛んだ––––ように思えるけど、きっと繋がっているのだろう。

 多分バカの俺でも分かりやすいように、例え話をしてくれるのだろう。


「私はアレと同じくらいの商品のアイデアを毎年出せる」


「……例えばどんな感じの商品ですか?」


 それがもし可能だとするのならば、ご飯周りは一気に活性化するではないか。納豆、ふりかけ、TKG、新しい物が今仲間入りするぞ!


「マヨ丼だ」


「土方さんですか⁉︎」


「冗談に決まっているだろう、本命はカレーの代わりにマヨをかけた––––マヨライスだ」


「変わってない⁉︎」


 誰かマヨ丼とマヨライスの違いを教えてくれ。

 皿と名前が違うだけではないか。


「まぁ、私はマヨネーズをご飯にかけたりはしないがね」


「えっ、そうなんですか?」


「マヨネーズは主食なのだから、ご飯と合わせるのはおかしいだろう」


 アレなのかな、お好み焼きは主食とおかずどっちみたいな話なのかな。

 あれ、でも姫先輩動画ではパンにマヨネーズをかけて食べているではないか。


「姫先輩、パンは大丈夫なんですか?」


「流石の私もマヨネーズを直飲みする動画はダメだと分かっているよ」


 変なところで常識がある姫先輩である。いや常識があるいうよりは、自分を三人称の視点で見ている。

 非常識なのを自覚した上で、あえてそう振る舞っている––––みたいな。

 でもおかげで、姫先輩と話すのは楽しかったりするのだ。

 適度に冗談を言いつつ、分かりやすく話してくれる。

 アインシュタインは「六歳の子供に説明出来なければ、理解したとは言えない」と言っていた。

 実際、アインシュタインは相対性理論を六歳の子供にも説明出来たのだろう。

 というか、している。

 現代風にアレンジするなら、同じ十分でも校長先生の話は長くて、新しく買ったゲームをプレイする時間としては短い––––みたいな感じで言っていた。

 聞いた話では本来のニュアンスは違うらしいけれど、『時間の感じ方が違う』という意味では確かに一緒ではある。

 まぁ、アインシュタインも冗談が好きだったのかもしれない。

 笑ってくださいと言われて、あっかんべーしちゃうんだから。


「私は先程、自分は天才なんていい方をしたけれども、自分で自分の事を天才と言う人は冗談好きか、バカのどちらかだ」


「姫先輩の場合は文字通りの冗談好きですね」


「私の場合は周りをバカにしないために天才でいてあげているだけだ。私から––––つまり、私の視点から見れば、君もノ割もバカに見えてしまうからな」


「それは姫先輩が賢いからでしょう?」


「そうだ、君から見たら私は賢いかもしれないが、私から見たら君は賢くない」


 また、この言い回しである。周りではなく、自分が––––って感じのやつだ。


「もしも俺が『ウサイン・ボルト』だったとしたら、みんな足が遅く見える……みたいな感じですか?」


 俺の例え話に姫先輩は、「ニュアンスは合っている」と頷いてくれた。


「人はいつまでたっても一人称でしか物を考えられない。そして、時々その事を忘れてしまうんだ。だから、対立をする、喧嘩をする、戦争をする」


「………………」


 いつの間か、世界平和的な話になっていた。いたのだけれど、なんとも含蓄がんちくのある言葉を言う人である。

 いつだったか姫先輩が言っていた言葉を思い出した。確か、「それは一つの物の見方に過ぎない」だったかな。

 意味合いとしては、『正しいなんてものは存在しない』って事なのかなと、勝手に解釈している。

 昔、お医者さんに『疲れた時はコーラを飲むといい』と言われた覚えがある。

 コーラ、炭酸飲料、砂糖水。体に良いか、体に悪いから聞かれたら、殆どの人は体に悪い飲み物と言うと思う。

 しかし、その体に悪いはずの飲み物を、もっとも健康に詳しいお医者さんが『いい』と言う矛盾。

 きっとどちらも正しくて、どちらも間違っているのだろう。

 まぁ、実際は『疲れた時』という前提付きなのがポイントだと思う。

 コーラが体に悪いと言っても、それは毎日水の様に飲んだ場合の話であり、三日に一本とかなら、アスリートでもない限り何の問題もない。

 だからこの話は『コーラ=体に悪い飲み物』という所から、すでに間違っているって事だ。

『1/2÷1/2』の答えが、『1/4』じゃないようにな(1/2を1/2にするのではなく、1/2の中に1/2がいくつ入っているのかを求めるのが、割り算だ)。前提が間違っている。


「難しい顔をしているな、おっぱいでも揉むか?」


「えっ、いいんですか⁉︎」


 俺が興奮気味にそう聞き返すと、姫先輩は一種だけ目線を俺の鼻元に向けて呟いた。


「出ないか、鼻血」


「出ませんよ!」


 しまった、また鼻血トラップに引っかかってしまった!

 だってさ、車がちょっと揺れるとさ、揺れるんだもん!

 ほら、動くものって目に入るじゃん? 動かない物に比べたら、目に入るじゃん?

 だから、俺が姫先輩の胸を見ちゃうのはそういう理由であって、俺が別におっぱいが好きとか、そういうんじゃないんだからな。いや本当に。

 ………………。

 ここは話を無理矢理変えてしまおう。このままでは、俺は鼻にティッシュを詰めてドライブをする羽目になる。


「姫先輩は、その、本当にお喋りが好きですね」


 不躾ぶしつけな話題ではあったのだが、姫先輩はウインカーを出し、ハンドルを切りながら話を合わせてくれた。


「人は話す生き物だ、犬にとっての散歩であり、猿にとっての木登りみたいなものだ」


 確かに人間という種族の得意技が何かと問われば、多くの人はそう答えると思う。

 ならばこそだ。

 俺はここである一つの疑問を抱いた。


「姫先輩って、こんなにもお喋りが好きなのに、どうして動画では一言も喋らないんですか?」


「実はわたしの動画は海外でも結構再生されているんだ、何故だと思う?」


「それは、姫先輩の可愛さが全世界共通だから––––とかですか?」


「間違ってはいない。確かに海外でも『可愛い』という単語は通用する」


「インスタのタグにも『kawaii』ってありますもんね」


「『kawaii』が、世界共通という発想は間違いではない––––が、それは答えではない」


「なら、どうして海外でも人気が出るんですか?」


「答えはシンプルだ、喋らないからだ」

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