022 『姫花ドライブ』

 ノ割の言う、「気分転換」の詳細は明らかにされないまま次の日。

 ノ割曰く、


「日曜日の十時に駅前、遅刻したら死刑」


 との事なので、どこかに拉致される事だけは分かった。


 まぁ、それはさておき。


 今日は日曜日でもなければ、土曜日でも祝日でもないので、俺は今日も元気に学校に行かないといけないのだけれど、まずは言い訳からしよう。


 そう、まただ。

 また、なんだよ。

 また、やっちゃった。


 ––––遅刻しちゃった。


 いや、先程も言ったがまずは言い訳を聞いて欲しい。

 朝、目が覚めたらもう本当に体調が悪くて、熱もあったからさ、学校休もうと思って、それで母親も「体調不良なので、休みます」と学校に電話してくれた(仮病じゃないぞ)。


 でも、二時間くらい仮眠をとったら元気になっちゃったんだよね。

 俺は今月に入ってからもう三回も遅刻しているわけで、その上休んでしまったら、授業に遅れてしまうどころではない。


 だから、元気になったから、休みから遅刻に変更になったわけだ。

 ほらね、正当な理由での遅刻だろ?


 まぁ、そんなわけで。


 俺は駅前のロータリーで駅と学校を結ぶスクールバスを待っているわけだけれど、後三十分は待たないと来ないらしい。

 そりゃそうだ、バスは遅刻する生徒の為のものではない。

 もし、俺がお金持ちならタクシーを利用したかもしれないが、俺の財布の中には日本銀行券なんて一枚も入っていなかった。

 いや、本当は一枚だけあるのだけれど、先日無くした学生証を再発行してもらうためのお金なので、使えるお札は一枚も無いが正しい。

 まるで気分は、一人暮らしの光熱費を払う前って感じだ(した事ないから分からないけど)。


 俺は溜息をつきながら、なけなしの小銭でジュースでも買おうかと自販機を探していると、一台の車がロータリーに入ってくるのが見てた。

 なんでその車に注目して––––意識して、目で追ってしまったかというと、黒のレクサスだったのである。

 その車は俺の眼前で停車し、ゆっくりと助手席側の窓が開いた––––姫先輩だ。


「乗っていくかい?」


「いいんですか?」


「行き先は一緒だろう?」


 俺はその言葉に甘え、以前と同じように「失礼します」と言ってから、助手席に滑り込んだ。

 そして、素早くシートベルトを締める。

 しかし、なぜ直接学校に向かわなかったのだろうか?


「あの、どうして駅の方に来たんですか?」


「君が居ると思ったからだ」


「……テレパシーとかですかね」


「やっぱり君は冗談のセンスがないな」


 いや、だって本当にそう思わざるを得ない。姫先輩の言う事が本当なら。

 あえてこじ付けた理由を考えるのなら、たまたま駅の近くに用事があって(銀行とか郵便局とか市役所とかあるし)、それでUターンする為にロータリーに入ったら俺がいたとかだと思う。というかこれだ。


 姫先輩は俺がシートベルトを締めているのを確認すると、ゆっくりと車を発進された。

 相変わらずスムーズな発進である。

 車はロータリーを出て、真っ直ぐに学校に向かうのかと思いきや、左折した。


「あれっ、真っ直ぐ行かないんですか?」


「ドライブは嫌いか?」


「嫌いじゃないですけど……」


「なら、付き合いたまえ」


 嫌いじゃないけど、学校に行かないといけない。

 越谷家の人は、どうやら俺の遅刻なんてのは気にしない性分らしい。

 まぁ、いいさ。

 姫先輩とドライブが出来るなんて、はっきり言って願ってもない機会である。


「時に君は私のダーリンになったらしいな」


「………………えっと」


 テルさんだ。絶対テルさんが姫先輩に変な事言ったに違いない。

 俺も悪いとは思うけど、テルさんが勘違いをするのが悪い。

 俺は、姫先輩がその事に腹を立てているのかと思い、運転中の姫先輩の顔を覗き込むが––––その表情は怒っているようには見えなかった。

 むしろ、楽しそうであった。新しいおもちゃを買ってもらったみたいな顔だ––––嫌な予感。


「ダーリンを助手席に乗せてドライブなのだからランデブーだな。ちなみにティッシュは後ろだ」


「鼻血ブーなんてしませんからね」


 姫先輩はそれを聞いて、含みを持たせた笑みを浮かべながらウインカーを出して、左折する。

 こっちは、俺の家がある方向だ。まぁ、関係のない情報だろうけど。

 窓の外を見ていると、姫先輩に太ももを小突かれ、そちらに視線を向けると、姫先輩は左手でドリンクボックスを指差した。


「飲んでもいいぞ」


 左手が指差しているのは、もちろんマヨネーズである。


「遠慮しておきます」


「遠慮なんかしなくていい、自分の家だと思ってくれ」


「俺は家でもマヨネーズは飲みませんよ!」


「では、風呂にでも入ってる気分でリラックスしてくれ」


「ここで裸になれと⁉︎」


「じゃあ、裸になれる場所に行くかい?」


 えっと、それは、あそこか?

 なんで?


「………………」


 からかわれているのだろう。そのくらいもう分かるようになった。


「冗談はやめてください」


「冗談ではない、一緒に服を脱いで楽しもうじゃないか」


「俺は未成年ですよ」


 そういう所は、十八歳未満ダメなんじゃなかったけ確か。それに姫先輩は今日も制服ではないが、俺は制服だ。

 これで論破だ。


「スーパー銭湯が未成年禁止なわけがないだろう」


「………………ですよねー」


 知ってた。

 いや、スーパー銭湯は知らなかったけど、こういう引っ掛けなぞなぞみたいな感じだとは思った。

 俺も前回から学んだからな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る