013 『偏見シュタイン』

 いつからだ?

 いや、いつ部室入ってその椅子に座ったんだ?

 存在感が全く無かった。おかしい、こんなに目立つ人に気が付かないなんて絶対におかしい。

 その人––––というか、その少女の髪は、とても目立つ髪であり、綺麗な、透き通るような、光り輝くような、そんな金髪のショートヘアーだ。

 いわゆるプラチナブロンドと呼ばれるような金髪だ。

 こんなにも目立つ少女が部室に入ってきて、気が付かないわけはない。


 意識しないわけがない。


 俺はノ割と話している時に、別にノ割の可愛い顔に見惚れていたわけでも、意識を完全に持って行かれていたわけでもない。

 普通に話していた。地震が来たら間違いなく気が付いただろうし、チャイムが鳴っても間違いなく気が付いた。

 ドアが開く、人が通る。そんな目立つ行為を、目立つ外見の人が行えば意識なんかしていなくても––––目に入る。視界に入る。


 もう一度、急に現れたその少女の外見を注視する。

 目元は前髪で隠れていてよく見えないが、全体的に華奢であり、肩幅がとても狭いせいか、すごく小さく見える。

 どれくらい小さいかと言うと、俺たちのクラスの先生くらい小さい(先生比較対象にしてゴメン)。

 とりあえず初対面は––––挨拶だ。


「あの、えっと、春日です。春日千草」


「………………」


 その少女に話しかけたつもりなのだが、何も喋らない。

 挨拶失敗通算記録を絶賛更新中である。人見知りなのだろうか? 外見から何となくそんな感じがした。

 いや、喋らないのではなく、喋れないのではないだろうか。

 つまり、ジャパニーズ。日本語的な意味で。


「外国の方ですか?」


「日本産まれの日本人、日本語しか喋らないわ––––見た目で判断するのは日本人の悪い癖よ」


 その質問には代わりにノ割が答えた。彼女を守るように。

 確かにその通りだ、金髪という見た目からそう判断した事に間違いはない(その考えならば、シュークリーム色のノ割もそうなるかもしれないが、ノ割は顔立ちが思いっきり日本人なのだ)。


「じゃあ、ひょっとしてその髪はノ割みたいに染めてるんですか?」


「地毛よ、綺麗でしょ」


 これもノ割が答えた。


「じゃあ、やっぱり外国人なんですか?」


「あのね、さっきも言ったけどね––––日本で産まれたら、見た目が金髪でも日本人なのよ」


 ノ割はちょっと怒ったような口調でそう言った。また、代わりに答えた。

 レーザビームを照射しながら。つまりに睨みながら。怒りそうになりながら。

 まだ、怒っているわけではないのだが、俺の反応次第で、ブチ切れそうな剣幕である。

 とりあえず、『外国人』ってワードに反応しているのは確かだ。

 今分かる事といえば、このままでは喧嘩になりそうということである。とにかく、誤解を解く必要がある。穏便に、賢くだ。


「なぁ、ノ割、俺はノ割の言わんとしている事が分からない。いや、決して意味が分からないというわけではなく、理解出来ないという意味でだ––––だから、順序よく、俺にも分かるように説明してくれ」


「……ハル、あなた結構素直じゃない」


「分からないことを分からないと認めただけだ」


「いい心がけだわ」


 とりあえずは、なんとかなったようだ。


「まずそうね––––親の国籍が日本であり、日本で産まれたら、見た目がいわゆる外国人であっても、日本人なの。実際に彼女の両親は、両方とも日本国籍だしね」


「それは法律上の話か?」


「そうね。でも大事なのは『見た目が外国人であっても』って所よ。あたしは"偏見の話"をしているの」


 あぁ、なるほど––––そういう話か。俺は、というか、ほとんどの日本人にとっては当たり前かもしれないが、見た目が外国人の人を見れば、例えばその人が日本生まれで、日本語しか喋れなくても、"外国人"と思ってしまうだろう。

 しかし、いくら見た目が外国人だからって、日本語しか喋れなくて、日本生まれの人を、『外国人』という言葉で一括りにしてしまうのは、なんだか間違いな気もする。


 ハーフタレントが分かりやすいかもしれない。

 彼らは日本人だ。それは彼らがどんな人なのか、テレビに出ているような有名人だから知っているからであり、言うならば見た目だけではなく中身も知っているからそう判断したに過ぎない。

 ただ、初対面で会うとおそらく、「あっ、外国人だ」って思ってしまうと思う。

 日本人にとっては中身が日本人であっても、見た目が黒髪ではなくて、ちょっと目の色が違って、顔立ちが平たくなければ、日本人だと思わない––––という話だろう。


「解決した」


「そう、物分かりが早くて助かるわ。たまに理解出来ない人がいるから」


 たまに理解出来ない人がいるから––––その言葉の重みで、ノ割が怒りそうになった理由がちょっとだけ分かった気がした。

 アインシュタインは「常識とは、十八までに身に付けた偏見のコレクションのことをいう」と言ったものだが、まさにその通りだと思った。

「見た目が日本人ではないなら=外国人」の方程式は、間違いである。

 ある意味「外国人」というワードが、差別用語のように聞こえてしまう。

 アニメキャラなら、金髪だろうが、青髪だろうが、スッと受け入れられるのにな。


 現実とフィクションは違うという事か。


 とりあえず、悪いことをしたとは思う。謝らなければならない。


「えっと、その、ごめんなさい」


「許すわ」


 またまたノ割が代わりに答えた。というか、俺は目の前の華奢な少女の声すら聞いておらず、彼女は俺とノ割があーだこーだ言っていても、口を挟む事なく、ただ遠慮気味に座っている。

 ノ割は日本語しか話せないと言っていた。

 つまり、言葉が分からないというわけではない––––おっと、これも偏見だ。「日本語お上手ですね」なんて言おうものなら、ノ割にレーザーで眼球を焼かれそうだ。

 それはメッシに「サッカー上手いね」って言ってるようなもんだ。

 ただ、ノ割が勝手に話すのはなんていうか、過保護みたいな気がする。

 お母さんが子供の面倒を見るような、そんな感じだ。

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