〈アンブレイカブル〉 - 12P

「〈大型情報集合体〉に見つからずに殺す方法……というものでいいなら、ひとつあります」

 安藤さんの口調には緊張感が漂っていたが、その表情には余裕があった。口元をほんの少し釣り上げて微笑みながら殺人のプランを口にする彼女は、正直云ってほかの女子生徒にはない魅力があった。眞甲斐さんは――それとはまた違った表情の笑みを返していた。お手並み拝見、という顔つきで。大学生が高校生に張り合っているようにも見えたけれど、不思議とこの状況を大人げないとは思わなかった。安藤さんの空気に、ぼくらは飲まれつつあった。

「死亡時刻をこちらで設定することです」

 安藤さんは云った。

「例えば、持病などでいつ死んでもおかしくない人がいるとします。そういう人は大抵、医療用の体調管理アプリケーションを常時オンにしているのです。救急が予測して出動できるように。そしてもうひとつ、アプリストアには自分がどういう行動をとれば体調を悪化させることになるかをシミュレートするアプリもあります。実はこれ、自分の〈パフォーマー〉に対しても使えまして……あくまで想定として、アバターだけをガンガン体調不良にすることも可能です。場合によってはそれで死なせることも」

「アプリに搭載された機能の範囲内での自殺か。〈大型情報集合体〉は止めに入らないのか?」

「健常者であれば止められるかもしれません。ですが病人ならばどうでしょう。自分が死に至る病を抱えているわけですから。そのイメージとして分身である〈パフォーマー〉を死に導くのは矛盾してはいませんよ。実際、これは情報集合体の側からも特例処置として認められてるそうです。もっとも、短期間の間に死なせまくれば、なにか別の意図でやったと認識されて罪になるかもしれませんが……たしかメンタルケアを受けた回数とか、薬を受け取った回数も参照されたはず。だから精神病を患ってる人が分身を殺した場合も不問です」

「いいアイデアだ。けど、そういう病気の人を見つけるのは難しいね。それに、その人が協力してくれるかっていうのも……」

「わたしでよければ協力しますよ」

 手に取ったコップを口元に近づける寸前、ぼくは「えっ」と零した。


「わたしも病気を抱えていましてね。詳しいことは話せませんが、自分が意識不明になる日付や時間があらかじめ予測されてます。わたしの〈パフォーマー〉はそれを回避するためにどうすればいいかを教えてくれて、おかげでこのとおり健康です」

 そんなことは知らなかった。校内でも聞いたことがない。

 安藤さんはまるで他人事のように淡々と語った。その間、彼女はだれとも視線を合わせなかった。

「いいのか?」と眞甲斐さん。

「はい。わたし自身、さっき云った方法で何度か死をシミュレーションしてます」

「結果はどうだった」

「死にましたね。なんなら記録もありますよ。一応断りを入れますが、〈パフォーマー〉を可視化してもいいですか」

「もちろん」

 安藤さんが自身の〈パフォーマー〉を可視化する。一瞬だけ、透明度の高い青の粒子が集合する。知覚するよりも早く、安藤すずなのかたちをした情報集合体が構築される。間もなく安藤さんは分身にこう訊いた。

「死んだよね?」

《はい。死にました。でも問題はありません。また代わりの分身を生成するだけ。それにしても自分が死んだことを公にするのは、少し恥ずかしいですね》

 彼女の〈パフォーマー〉は答えた。

「わたしも同感です」

 安藤さんは冷静だった。


「いや待て。安藤さん。分身はダメだ。プラウダーに感知される。きみがパフォーマーを使えば、ここでの話もバレるだろ」

「ああ、そういえば。タテワキくんも、ここにいる皆さんも、普段から分身と会話をする習慣がないんでしたね」

 くすくすと笑って、安藤さんは続ける。

「聞いてみればいいじゃないですか。わたしの分身に」

「なにを」

 彼女が唇に人差し指をあてる。すると分身がわざとらしく両手をあげて、

《まったくタテワキくんは物わかりが悪いですねえ》と云った。

 ほかの参加者がそれを聞いて笑ったことで、少しばかりこの胸のうちに宿る誇りと尊厳が踏みにじられたような惨めな気持ちになった。同時に下腹部をさらに下ったところにあるジョニーは人知れずムクムクと警戒態勢に移行した。云うまでもなくジョニーとは男根のメタファーだ。

「自分の姿をした人工知性に級友をなじらせるのが趣味なのか?」

 平静を装いながら心の声でジョニーをなだめつつも、かろうじてそれだけ口にする。


「ごめんなさいタテワキくん」《ごめんなさいタテワキくん》

 まったく悪びれた素振りもない。そして――なるほど。声をそろえて謝られると白々しさが増す。

《今云った方法を試しても罪にはなりません。それははっきりしましたよね。さて、そこにいる〈わたし〉は、これから分身であるわたしにみなさんのパフォーマーをリンクさせようとしています。体調を共有する。そしてわたしが死ぬと同時に、リンクしてるみなさんの分身も死ぬ。この方法で集団自殺が出来ないかというのが、わたしのプランです》

「だから――プラウダーに気づかれない理由を話してくれよ」

 やたらともったいぶる彼女にうんざりしてきた。

《それですが》

 分身は肩をすくめた。

《もう気づかれてますよ。けれど、こうしてプランニングするだけなら大型情報集合体はなにも云って来ない。それにどうせこれを実行してもプラウダーはあなたたちを嫌いにはならないでしょう。したがって罪に問われることもない》

「その根拠は?」

《やってみればわかりますよ》

 安藤さんたちは決して余裕を崩さず、そして最後まで肝心なところを話さなかった。

「面白いじゃないか」

 眞甲斐さんの言葉にほかの参加者も頷いた。

「もしこれで集団自殺が成功すれば、トリックは明かしてもらえるのかな?」

「もちろん」《もちろん》

 ふたりは声をそろえて答えた。

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