〈アンブレイカブル〉 - 10P

 驚くべきことに、〈好う候〉の活動内容や方針についての説明は一切なかった。

「知ってると思うけど、僕らの組織はここしばらくアバターを自殺させる方法を研究しているんだ。早速聞いちゃうけど──なにかある? ええと、たて……帯刀田くん」

 あまりにも唐突に名指しされ、ぼくは一瞬戸惑った。

 少し間を置いて、昨晩パフォーマーと会話しながら頭のなかで考えていたことを話すことにした。

「模倣させる、とか……」

「模倣?」と眞甲斐さん。

 昨日、わざわざ校内でアバター生成していたのはこのためだ。

 分身であるパフォーマーと自死の定義について語ることで、情報体サイドの死生観のようなものを発見したかった。集会に参加する以上、なにか意見を聞かれることもわかっていた。これの答え方次第で〈好う候〉側がぼくに与える情報の質が変わるはずだ。夜中に分身として完成したぼくのパフォーマーとは短い付き合いだったが、それなりにキレのいい返答は用意したつもりだ。


「はい。例えば、パフォーマーの所持者をなんらかのかたちで死んだと思わせるんです。それをパフォーマー自身に追従させるようなかたちで死に誘わせるとか」

 具体的ではないがアイデアとしては間違っていないだろう。

 ブルー・ウェール・チャレンジのとき、マムがプレイヤーを罰したのは、彼が意図的にアバターを自殺に導いたからだ。それはもはや「他殺」であり、人間による情報集合体への殺害行為と判断されても不思議ではない。だから、パフォーマー自身に模倣して死んでもらう。それならばマムは見逃すんじゃないか――それがぼくのプランだった。

「なるほど。面白いアイデアだ。少し前に流行った、〈墓石男〉を思い出すね」

 ぼくは少し間を置いて――ちらりと安藤さんを見る。彼女は視線を落とし、指でストローを弄んでいた。


「どうして〈墓石男〉を?」

 ぼくは訊いた。〈墓石男〉もまた、少し前に流行ったネットロアだ。この伊ヶ出市という街を発祥とする怪人型の都市伝説。それは頭に大きな墓石を乗せた学生服の大男で、伊ヶ出市の寺付近に出現し愛し合うカップルの中を引き裂くという。ネットには〈墓石男〉が市街を走る動画も投稿された。

 そして、ぼくはそれが単なる噂ではなく実在する人物であることを知っていた。

 同様に安藤さんも。なぜならば、その〈墓石男〉の正体を突き止め、犯行を辞めるよう脅しつけた人物こそが彼女だったからだ。


「帯刀田くん。知ってると思うけど、アバターは持ち主の死後も仮想世界に残留する。子アバターであるパフォーマーも。オリジナルである親アバターもだ。例えば本人が不意の事故に遭ったとき、その直近までの持ち主の状況を家族や警察に報告する役割がある。社会人なら、会社の業務内容の引継ぎとか、後任の育成もパフォーマーがする。すべて終わってから、マム認可の下に彼女の腹から親アバターが消える。それを以てはじめて、死亡扱いになるんだ。ここだけの話だけど、〈墓石男〉にはアバターがなかったらしい。だから完全に死んでから蘇った、という基本設定に説得力が生まれていた。だからあの怪人の正体は〈好う候〉のだれかじゃないのか、なんて噂が僕らの組織でもあったほどさ」


「ずいぶん詳しいですね」

「あれほど有名ならね。ただ理由はほかにもあるよ。ほら、あの一件でこの近くのお寺にお参りに来る人が増えただろう。〈好う候〉の反アバター運動に助力してくれてたお寺の住職さん、ずいぶんと機嫌がよくなってね」

 眞甲斐さんは少し下衆な笑みを浮かべた。「感謝しなくちゃ」

 ぼくはなにも答えず愛想笑いをしておいた。

 眞甲斐さんはそれ以上ぼくのアイデアになにか云う素振りも見せず「じゃあ次、安藤さんね」と云った。


「わたしですか」と安藤さん。

 彼女は手を止め、少しだけ指先で口元を撫でた。まるで淑女のような仕草だった。

「その前に質問いいですか」

「何かな?」

「もしかして――わたしとタテワキくんのアイデアを聞くのが目的でしょうか」

 ぼくは思わず「えっ」と呟いた。一瞬、彼女がなにを云っているのかわからなかった。眞甲斐さんは口元に笑みを浮かべて黙っている。

 安藤さんは淡々と続けた。

「ふたりのアイデアのうち、採用できそうなほうを選んで実行する……とか」

「はは――まさか。そうじゃないよ」

 眞甲斐さんの眼は笑っていなかった。


「優秀なほうをスカウトするつもりさ」

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