第16話





 近年、カップルやそういった男女の集合というのは、女子が指定した場所に男子が先に行き、そこで女子を待つ、なんていうパターンが多い、らしい。

 そこで僕も、そうなるのかなぁ、なんて頭の隅で考えていたのだが、やはり彼女は予想を裏切ってきた。


「それじゃあ、行こうか」

「はい、わかりました」


 彼女の声に反応するように、僕も言葉を返して家から出る。鍵を閉めて、一度ドアノブを回し――開かない。

 鍵がしっかりと掛かったのを確認した僕は、その鍵をバックにしまい、今度こそ彼女の方を向く。


「どう?って、二度目だけどね」

「似合っていると思いますよ。綺麗です」


 珍しく少しだけ控えめな声音で聞いてくる彼女に、本心を返す。夏場、という事で白色のワンピースに身を包んだ彼女は――綺麗だ。

 僕にとって、衣装というのはあまり重要性が無いものだけれど、今ばかりはその考えを否定する。


 何だ、驚く程綺麗になるじゃないか。今までが十分美少女だったというのに、それがさらに強調されている。

 白く滑らかな肩がワンピースからはみ出て、その白さがより際立っているように思う。


 本当に、彼女は運動部で外練があるというのに、何故日焼けをしないのか疑問が隠せない。


「君も充分白いけどね」

「……言ってないですよね?」

「さあ、どうでしょうね?」


 したり顔。やはり彼女は彼女のようだ。脱力、と同時に諦め、僕は水族館への道筋を確認する。

 駅で幾つか離れた場所まで行き、そこからは歩きらしい。


 それを彼女に伝え、出発する。


「それじゃあ、行きましょか」

「ええ」


 そう返され、彼女は僕の後ろに。え。


「僕が先導ですか?」

「違うの? 私は道知らないけど」

「……わかりました。行きましょう」


 こんな場所でこんなに時間を使うことになるとは予想外。やはり、彼女といると何だか調子が狂う。

 あまり外に出かけない僕からしてみると、駅に先頭で行くだけで至難の道だ。


 けれどまあ、デートに誘ったのは僕だし、男として頼り甲斐を見せた方が良い――のだと思う。




「目的地は……ありました。四駅ほど先ですね」

「わかった」


 駅を確認して切符を買い、早速電車に乗る。時間帯も時間帯なので、微妙に人の多い電車の中で僕たちは立つ。

 席は空きがあるけれど、どれも一人用。特に相談することも無く、互いに座らないことで合意した。


「あのね」

「はい?」


 ふと。

 彼女は僕にそう話しかけてきた。いつになく、上機嫌で。

 だから僕は、どうしてか恥ずかしいような気分になってくる。


「私、楽しみにしてるわよ」

「え…………?」


 何を――そう聞くことは、僕には出来なかった。それほどまでに、彼女は嬉しそうに、僕の心をわし掴みにするように、微笑んでいた。

 その笑顔に魅せられた愚かなる僕はきっと――


「……頑張りたい、と思います……」


――微笑んでいたと思う。


 意地の悪い、小悪魔な天使は、愚かなる少年を魅せた。彼女の笑みに、まるで熱病に掛けられたかのように、僕は顔が熱くなるのを自覚していた。

 どうして。何で。そんな事を考える余裕も無く、僕の意識は微睡の中へと消えていった。


 

 とある夏の、小悪魔と愚かな少年との、小さな物語。夏の魔法に掛けられたと僕が知るのは、〝あの事件〟が終わってから数ヶ月経った時だった。

 けれどそれを知る由の無い僕は――


(頑張らないと、ですかね……)


 と、不覚にも熱意を燃やしていたのだ。

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