第10話






 目覚めた先には、幸せが待っている―――



 そんな幻想を、昔、何かの本で読んだ気がした。



 そう、誰に言うでもなくは呟いた。一言喋ると同時に、白い吐息が空に霧散するようにして、視界にチラつく。

 1212


 僕は名前も知らない通りを1人、地面を踏みしめるように歩いていた。理由も無く、感慨深い感情に囚われるように、空を見上げる。

 そこには、変わらずに広がる暗闇。僕はその中を、たった1人で歩いていた。


 誰もいない。街並みは、確かにそこにあって、家々の電気も付いている。

 時折見える窓からは、冬の訪れを歓迎する声が漏れ、まだ早いクリスマスツリーが飾られていた。


…………



――その先の言葉を紡ぐには・・・・・いや、その先の言葉を前に、僕の意識には霞が掛かっていた。

 

(そうですか、まだ、知れないんですね)


 僕の過去と、僕自身について。

 その答えを、いつから追い求めているのかも分からない。けれど、確かに僕はそれを求めるようにして生きている。


 意識を手放した直後、僕は途方も無い闇に覆われたように感じた。

 それは、不吉の予兆か。ただ一つ。


 未来への歯車が、目に見えて動き出したことは、明らかだった。





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「あ、起きた」


 目覚めの声は、僕にとって聞き覚えの無い声だった。どうやら天井を見上げるように寝かされているようで、視界の上に逆さになった顔が見える。


「・・・・・・・どちら様ですか?」

「おっと、自己紹介がまだだったね。2-Cの瀬木音せきね麻奈まなだよ。そういう君は――」

「誠也です」

「そうか。ところで誠也君。君は今、どこにいるかわかるかい?」


 そう言われて、場所を確認するために上体を起こせば、見慣れた壁がすぐ近くにあった。少しだけ茶色っぽくなった白の壁に、完璧に閉ざされたままのカーテン。

 

「保健室ですね」

「へー、よくわかったね」


 その声は、確かに驚きと感嘆が混ざっていた。

 けれど、僕にとってはどうということでもない。僕にとって使用することの多い教室だった、それだけの理由。


 それよりも――


「麻奈さんは、なぜここにいるんですか?」

「私がこの場所に居てはいけないかい?」

「いえ、ただ僕とは初対面のはずですよね?」


 麻奈、と名乗った彼女の顔は、お世辞でなくても可愛らしい。活気そうな顔立ちに、ショートヘアがよく似合っている。

 代わりのように、彼女の含みを持った笑みには背筋が涼しくなる。


「初対面、と思うのは君だけかもしれないよ?」


 ニヤリ、と彼女は笑みを濃くした気がした。その瞳に、僕からは計り知れない何かを宿していることだけは、今の僕でもわかった。

 僕の周りには、重い何かを抱えている人多過ぎな気がする。今度カウンセラー行ってみようかな。いや、きっと無駄だろうけど。


「僕にとっては初対面ですよ。事実として、貴方の名前は初めて聞きました」


 これは事実だ。といっても、言い方に語弊がある。

 僕は、クラスを含めて学年の人の名前はほとんど覚えていない。唯一、彼女とイケメンの名前は覚えられたと思う。


「そっか。なら、これから宜しくね」

「それでは、失礼します」


 退室し――ようとしたところを、麻奈さんにガッチリと掴まれた。わー、まるで連行されてるみたいだ。

 そんな事を考えながら、僕はベッドへと倒された。

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