第4話 諜報課の評価

「さて、感想を聞こうか」

 メイフィが諜報課ラクシルに来て二週間後、ヴェルムは衝立の前に立つ。

 兵装課リュークスと違い、この場でいい。

 何しろこの部屋は、他のどの部屋よりも機密性が高い。

 課員が普通に働いているが、彼らは拷問されても機密を漏らさないよう教育されているのだ。

 更に言えば、リーナを談話室に連れて行くのは非常に難しい。

 まず、彼女の気を良くさせるために、いつもの面倒な会話を全て返す必要があり、時々ユーモアを交える必要もあるだろう。

 そして、場所移動を提案し、拒否するであろう彼女を根気よく説得して、彼女が折れるまで粘り強く話し続ける必要がある。

 そんなに費用コストをかけてやる必要はない。

 要は聞かれたくない者をこの部屋から排除すればいいのだ。

『ボクの方も聞こうか。君は、部長の事をどう思っているんだい? ラブ? ライク?』

「私の質問に答えろ」

 リーナはいつものように、軽口から入ろうとし、ヴェルムがそれを遮る。

 毎度の事ではあるが、リーナが諦めることはない。

『キミのそういうところ、直した方がいいと思う。別にさ、ボクも毎回付き合えって言ってるわけじゃないんだよ。たださ、たまにはこういう遊び心がないと──』

「さっさとしないと、お前が書いた、シャムレナを男化させて私を襲わせた本の事をあいつに言うぞ?」

『やめて! そんなことしたらどうなると思ってんの! 君は吠え犬チワワ神狼フェンリルをけしかけるつもりかい?』

 リーナが声を荒げる、というよりも悲鳴を上げた。

「だったら早く言え。私も今日は外に営業に出る。時間はそんなにないのだ」

『分かったよ……ていうか、君は自分がボクの本に出て来ることは全然気にしないんだね?』

「怒ればやめるのならいくらでも怒る。そうでないなら費用コストの無駄だ」

 あっさりそう言われた。

 やめろと言ってもやめないなら、言うだけ無駄だ、という事だろう。

『で、何の話だっけ?』

「先にシャムレナと話をしてくるか」

『待って! やめて! 言うから!』

 再び、リーナの悲鳴。

「本当に時間がない。早く言え」

 ヴェルムは表情を変えないまま急かす。

 若干イラついているのは本当だろう。

『分かったよ、全く……あの子はうちで引き取ってもいいよ。ううん、あの子、うちに欲しい。潜入工作員としてはかなり優秀だよ、彼女』

「分析の方はどうだ?」

『そっちは全然。根本から教えないとだめだろうね。一年二年じゃ結果は出ないだろうね。だけど、それを補って余りあるくらい、潜入工作は凄いよ』

 ちなみに、リーナ自身は潜入どころか、一般的な聞き込みすら出来ない。

 彼女は分析能力だけでここまで来たのだ。

 確かに、彼女が持っていない部分をメイフィが補完するとすれば、二人で最高のパフォーマンスを発揮することだろう。

「だが、潜入工作にはリスクがある。捕まった時、場合によっては拷問にかけられるだろう。あいつはそれに対処が出来るのか?」

 潜入工作というのは、大まかな手法はあっても完全なマニュアルはない。

 その場その場の対応が求められ、間違えると死ぬこともあるし、捕らえられ、拷問されて情報を洗いざらい吐かされる事もある。

 それを回避し、また拷問に耐えることが出来るのか、という事だ。

『そこまではまだ分からないよ、捕まったことないし。だけど、そういう事は教えればいいんだし、最後には逃げたり戦ったりで、運動能力が物を言うとは思うんだ。だから、彼女は潜入工作には最適な人材だと思う』

「そうか、分かった」

 諜報課ラクシルでも評価が高く、喜んで受け入れてくれるようだ。

 彼女は、本当にいい人材のようだ。

「それではまた来る」

『え? あの子、どうなるの?』

 立ち去ろうとしていたヴェルムの背後に、リーナが訊く。

「最終的に全課を回ってから決める方針だ」

『そっか、で、次の課はどこなの?』

 それに振り返ることなく、ヴェルムが答える。

「今日からは、窓口課カスタマーだ」

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