第8話 絶望、そして激昂

「止まるな! 走れ!」

 はるか遠いゴキターオ山まで、兵装課リュークスの部隊はほぼトップスピードで馬を走らせる。

 おかげで移動だけで一日かかると思われたその場所まで、半日で到着するようだ。

 ヴェルムが馬車から覗き見るのは、戦意を隠そうともせず走り続けているシャムレナだ。

 あの気の昂りを、もう半日も続けているが疲れないのだろうか?

 しかし、少し煽っただけで自分の思う通りに、いや、それ以上に動いてくれた。

 これが部長の言う、人を動かす、という事なのだろうか?

 そういう意味なら確かにシャムレナは十九歳の女の子に過ぎない、というのは理解出来る。

 もちろん彼に、十九歳の女の子が理解出来るわけもないのだが。

 ヴェルムは女の子を知らないし、理解出来ない。

「…………」

 そして、それを象徴するのが目の前の少女だ。

 先ほどからヴェルムを睨んでいる、この十五歳の女の子の事を、彼は全く理解出来ていない。

 同じ馬車に乗り、向かいに座っているメイフィは、先ほどから一言も発しない。

 いつも会いに行くと話し相手に不足していたのか積極的に話していた彼女が、今は終始無言だ。

 そして、時折ヴェルムを見る時は、怒ったように睨んでいる。

 彼女が不機嫌な理由は分かる。

 先ほどのシャムレナを焚き付けた嘘の内容に怒っているのだろう。

 もちろん内容は嘘で、ヴェルムにはそのつもりはない。

 メイフィもそれが嘘と理解している。

 だからこそ分からない。

 嘘を嘘であると知っているメイフィが、何故怒るのだろうか?

 結果、今こうして最高速で盗賊団の拠点に向かっていることが全てではないだろうか?

 それでは、物語だと分かっていても泣いたり怒ったりすると言うのは子供と同じではないか。

 到底、理解しがたい。

 だが、もはや利害関係もない、ただの元人質のご機嫌を窺う必要もないだろう。

「到着するぞ! おい! 襲撃していいのか?」

 シャムレナが馬車の前に来て、怒鳴るように訊く。

「襲ってくるようなら容赦なく蹴散らしていい。あと、親分は一応客であるから捕えて欲しい。こいつが訊きたいことがあるみたいだからな」

「面倒癖えなあ! だが、そいつがってんならやってやる。そいつに感謝しな?」

 そう言うとまた、先頭に戻っていく。

 シャムレナがヴェルムを嫌いで言うことに従わないのは分かっている。

 だから、よく部長を利用することは多いが、今はこのメイフィが最適だろう。

 どうもシャムレナはヴェルムへの憎悪の対称の存在として、メイフィを気に入っているようだ。

 メイフィをヴェルムの被害者と位置付けることで、より彼を憎むための触媒としているのだ。

「よーしお前ら、行くぜ! 私に続け!」

 怒鳴るシャムレナは騎乗のまま最高速度で盗賊団のキャンプ地へ走る。

 向こうでは何人かが襲撃に気づき、わらわらと武器を手に出て来る。

 そこに最高速のまま、槍を持って突っ込むシャムレナ。

 そのままその第一陣を突破して近くのテントを槍で薙ぐ。

 頑丈なはずのテントは、まるで張りぼてで出来ているかのように吹き飛ぶ。

 中にいたであろう盗賊が慌てて逃げ惑う。

 シャムレナは槍を馬に預け、背中のミドルソードを手に馬を降り、走り回る。

「親分はどこだぁぁぁぁぁっ!」

 その声は、遠く離れたヴェルムのいる場所まで響く。

「さて、もう収束しそうだな」

「…………え?」

 険悪なムードを作っていたメイフィすら驚いて聞く。

 ほんの先ほど、兵装課リュークスが襲撃を始めたばかりなのだ。

 だが、その圧倒的な戦力差によって、もはや片が付くのも時間の問題だと、ヴェルムは理解している。

「親分に会いに行くぞ、交渉が終わるまでお前は姿を見せるな」

 そう言い残して、ヴェルムは馬を降りる。

 ちょうど親分が捕らえられ、シャムレナが首に刃を向け、他の団員に抵抗するなど怒鳴っていたところだったので、そちらに向かう。

「親分、困りますね。返済期限は守って頂かないと」

 ヴェルムが言うと、親分を捕らえているシャムレナが多少不機嫌そうに顔をしかめる。

 これから彼女の見せ場だったのに、その前にさっさと次の話に移行したからだ。

「人質を置いて行っただろうが! 担保ならそいつをどうにかしろ!」

「残念ながら、親分の娘でもない彼女には、そこまでの価値はないのです。どうしますか? 本当の娘様をいただきますか? ちなみに我々の売却先は赤の胡狼レッドジャッカルを予定しております。彼らなら高く買ってくれるでしょう」

 ヴェルムは顔色一つ変えず、いや、薄く微笑みを浮かべながら、慇懃に告げる。

「赤の胡狼レッドジャッカルだと……この前そこの団員を、五人ばかし殺したばかりだ! あそこだけはやめてくれ!」

「私は担保を高く売れるお客様を探しているだけでございます。彼らなら有効利用していただけるでしょう」

「有効利用、だと……?」

 その意味を、あるいは理解しているのだろうが、親分は訊く。

「私どもは売却した担保がどうなるかは関知いたしません。ですから想像となりますが、彼らはまず、娘様を性的にご利用なさることでしょう。毎晩寝る間もなく彼らのお相手をするだけです。移動は手や足を馬に縛って引きずられ、移動先でも毎晩お相手をされることでしょう。酔った勢いで酒瓶で殴ったり、瓶を娘様のあらぬところに挿入されることもあるかも知れません。そして、妊娠してお腹が大きくなったころに、手足を切断され、荒野に放置され──」

「やめろ! やめてくれっ!」

 大規模盗賊団の親分が、部下の前で恥も外聞もなく叫ぶ。

「ひ……ひぃっ!」

「おや、娘様にも聞かれてしまったようですね」

 兵装課リュークスに捕らえられた親分の娘が連れて来られる。

「や、やめて……!」

「アイミ! やめろ! 分かった! 金は払う!」

 親分は、半ば泣きながら叫ぶ。

「…………!」

 シャムレナが何か言おうとするのを、ヴェルムが制する。

「親分さん、あなたは人の娘であるメイフィさんは平気で同じようなことをさせようとしたのに、ご自分の娘様では絶対に嫌だと思われるのですね?」

「当然だろう! あいつは俺の大切な娘なんだよ!」

「……てめ……っ!」

 キレて怒鳴りかけたシャムレナを、やはりヴェルムが制する。

 ここは私の喧嘩場だ。

 お前の出る幕ではない。

 普段なら無視するはずのヴェルムに、シャムレナは従う。

 客先で仲の悪いところを見せるのはやめろという、部長の厳命を守っているのだ。

「ま、いいでしょう。ではご返済いただきましょうか。元金と利息、追徴分に遅延徴収費用コスト分、つまり彼らの出張費も含まれますが」

「くっ……分かった。払うから帰ってくれ!」

「かしこまりました。またのご利用、お待ちしております」

 それでも慇懃に礼をしてその場を後にしようとするヴェルムの背後。

「お父さん……お母さんは!? サクヤはどこ?」

 いつの間にか馬車を出て来ていたメイフィが親分に向かって聞く。

「おい、やめておけ」

 この場にいないことで理解すればいいだろう、とヴェルムは心の中で思った。

「……殺した。証拠隠滅のためにな」

「っ……!」

「やめろ!」

 いつの間にか持っていたナイフで、親分に襲いかかるメイフィ。

 そうすると予測していたヴェルムは、直前に後ろから羽交い絞めにする。

「殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「落ち着け、そんな事をしても何の利益にもならないだろう」

「放せっ! 放せぇぇぇぇぇっ!」

 殺意のみの生き物。

 もはや今のメイフィには何の説得も通用しない。

「邪魔だぁぁぁっ!」

「ぐ……っ!」

 振り解こうとするメイフィの肘がヴェルムに当たり、弾き飛ばされる。

「くそっ、シャムレナ!」

 ヴェルムが言うまでもなく、シャムレナは動いていた。

「やめな! そんな奴のためにお前の人生終わらせんじゃねえよ」

「放してっ! 私の人生なんて、あいつのせいでもう終わってんのよ! 家族全員あいつに殺されたのよ! 私がどんな気持ちで人質になったと思ってるのよ! 死んでやる! あいつと、あいつの家族全員殺してから私も死んでやる!」

「終わってねえよ、お前の人生はまだこれからだろ」

 シャムレナの羽交い絞めは、がっちりと絞められているため、解けそうにはない。

「殺す! あいつは殺す! あぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「落ち着けって! 人生何とかなるって!」

 シャムレナが説得しているが、ボキャブラリーのない彼女のことだ、こんな複雑な状況を治められるとは思えない。

「放せっ! 殺すっ! 絶対に許さない!」

 やれやれ、何の利益にもならないが、ここは私が行くか。

 そう思って、ヴェルムが立ち上がった時。

「放……ん……ぐっ……!」

 シャムレナがメイフィの叫んでいたその唇に、自らの唇を重ねた。

 あまりのことに、半狂乱だったメイフィも、目を見開いて白黒させながら、今、何が起こっているのかの理解をしようとし始める。

 そして、状況を理解し、引き離そうとするが、シャムレナの力に敵わず、やがて諦める。

「ふう……落ち着いたか?」

「…………」

 端から見ると、先ほどの狂乱状態からは落ち着いているようには見えるが、それと同時にシャムレナに対する警戒が見える。

 当然のことだ、女の子にとってキスは重要なものであるし、それがいくら同性だからと言って気を許すわけにはいかない。

 もしかすると、同性を愛する人なのだろうか、と警戒するのは仕方がない。

「自棄になるんじゃねえ。そりゃ、家族を殺されたら恨むのも分かるさ、だがな、だからと言って自分もあいつを殺しちゃ、相手と同じになるんだぜ?」

 空気も人の機微も微塵も読めないシャムレナが、そのまま彼女の説得に入る。

 メイフィの方は「え? この人、今のキスの説明もなく、そんなこと言うの?」という表情で、ほぼ聞いていないような状態だ。

「なあ、メイフィ、だったか? ちょっと俺の話を聞けるか?」

「え? あ、う、うん……」

 これでは話にならないと、ヴェルムは話に割り込むことにした。

 シャムレナはむっとしているが、自分もこのままでは説得出来そうにないことを理解したのか、口を挟まなかった。

「お前がその男に復讐したいというのは理解できる。だが、それは殺す以外にもいろいろあるのではないのか? 人を殺すというのは、次の悲しみと恨みを生む。お前がその男を殺したら、今度はそこの娘さんが悲しむだろう。そして、次にお前を恨むだろうし、いつか敵をとろうと思うかも知れない。お前が殺した後、死ぬというのなら、お前の親類を探し出して殺すかもしれないし、お前の墓を暴くかもしれない。結局何も生み出さない」

 ヴェルムの説得はシャムレナと異なり、完全な理詰めだ。

 普段、非合理で感情の塊だと思っている女に向けてだ。

「だから、人殺しはその女に任せておけ。お前は別のやり方で復讐を考えろ」

 具体的なことは何一つ言わない。

 復讐するなとも言わない。

 それがヴェルムの説得だ。

「てめえ、この子に弾き飛ばされるくらい弱えくせに何偉そうにしてんだよ?」

「私の仕事は人殺しではない。金を貸して、返させることだ」

「だったら弱くてもいいってのかよ?」

 シャムレナは嘲笑交じりに言う。

「強くなるために費用コストをかける必要がない。仕事に支障がないからな」

「てめえの身も守れねえ奴が偉そうにしてんじゃねえ」

 だが、そんな罵声も聞き慣れたと、応えずに馬車に戻るヴェルム。

「元金利息に手数料、あと、そいつの当面の生活費程度、賠償金としてもらっておけ」

 そう一言だけ、言い残して。

「何だよあいつ、もう上司のつもりかよ? 来月まで次長じゃねえだろうが」

 シャムレナは悪態をつきながらも、部下に徴収を命じて騎乗する。

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